2.わっはー
『魔術師の杖②ネリアと王都の錬金術師たち』でユーリはメインヒーローというかほぼ主役です。
ネリアとはイチャイチャというよりわちゃわちゃしてるだけですが。
魔術師団長のレオポルド・アルバーンはまっすぐにスタスタと歩いて中庭を横切ってきた。
光を反射してきらめく青みがかった銀髪を黒いローブの背に流し、黄昏時の空を思わせる薄紫の瞳は鋭い光をはなつ。
威圧感のあるその姿は、身にまとう魔力の圧だけではなくその長身もあるのだろう。ネリアの前にたった彼は、無表情に彼女をみおろし薄い唇をひらいた。
「これは錬金術師団長、錬金術師たちを連れて散歩か?」
「そのとおりよ、いまわたしたちは栄光の一歩を踏みだしたところなの!」
ネリアは腰に手をあてて胸を張って答えた。たぶん本人はいばってるつもりだが、やっぱり迫力はない。
「栄光の一歩?」
いぶかしげに眉をあげたレオポルドは、説明しろとでも言うようにユーリの顔をみる。
「あ、ええと……ないすばでぃを手にいれるために」
「ちょっとユーリ!」
「ないすばでぃ?」
ネリアはあわてたけれど、レオポルドはさらに眉をひそめて聞きかえしてきた。
彼の声は低くてもよく通り、ユーリはまだアルトといった感じの少年っぽい自分の声が気になってしまう。
(ちがう、そりゃ僕は小さいけど!)
レオポルド・アルバーンという男はそこにいるだけで、いちいちユーリのコンプレックスを刺激してくる。
なんだかわからないが、長身の彼からみおろされることにもカチンときた。
きっとネリアも同じように感じている。横に立つ彼女を意識しながらユーリはずいっと前にでた。
「ネリアとヌーメリアがワッハーなナイスバディを手にいれて、マウナカイアでリゾートライフを満喫できるように僕も協力してるんですよっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶように言いかえせば、ヌーメリアが「ひぃっ」と小さく悲鳴をあげた。
白衣の錬金術師三人と黒衣の魔術師団長……いつのまにか中庭ではかなり注目を集めている。
わっはーなないすばでぃ……いった自分が超恥ずかしい。
「そうか」
赤くなったユーリに対し、まばたきをしたレオポルドが発したのはひと言だけ、それがまた恥ずかしさを加速させる。
こういうときオドゥだったら「ぶひゃひゃひゃっ」と下品なまでに笑いころげて、そのまま流してくれるのに。
行き場がなくなった「わっはーなないすばでぃ」が自分のまわりをぐるぐると回る。
だいたい自分が「わっはー」などという言葉を覚えたのも、オドゥ・イグネルが研究の合間にしてくれる、ちょっと刺激的かつ大人な話のせいだ。
テルジオだったらぜったいそんな話はしない。
そしてテルジオの話よりもオドゥがする話のほうが、断然おもしろかった。
つい聞いてしまう自分もいけない。
ちょっと反省しつつユーリがオドゥの同級生だった男をにらみつければ、相手は気にするようすもなくネリアへと視線をむけた。
どこか超然としたところがある彼も、彼女を見るときだけ瞳の色が変わる気がする。
ヌーメリアは青くなってぶるぶる震えているし、彼女にローブの袖を握りしめられたネリアも困っているようだ。
何しろこれは栄光への第一歩なのだから、ここでひき返すわけにはいかない。
(ここは僕がおさめなければ!)
ユーリはぐっと腹に力をこめ、レオポルドとネリアのあいだに割ってはいった。
「そうです、それでいい機会ですし僕が彼女たちに王城を案内します。通していただけますか?」
レオポルドは目をみはって少しおどろいたようだった。
研究棟の錬金術師ユーリ・ドラビス、彼の顔を知らない者はこの王城にいない。
だからこそ彼はここ数年、研究棟からでることはなかった。竜王神事に参加したときも話題になったぐらいだ。
ネリアがいる。ただそれだけでユーリはレオポルドに向かっていく気になったし、王城を歩いてみようとさえ思えた。
「さ、いきましょうかネリア」
「うん、いこう」
彼女がユーリの差しだした手をとったとき、ユーリはちょっとだけ得意な気持ちになった。
(だからといって見ているだけの男にこれでリードできたわけじゃないけれど)
レオポルドの横をすり抜けるようにして歩きだせば、彼は無言で三人を見送った。
その視線を痛いほど意識しながら中庭から本城にはいり、ようやく肩の力を抜いたユーリにネリアがそっとささやいた。
「さっきはありがとね、ユーリ。あいつ……前にわたしのこと『色気はない』っていったのよ」
ネリアの神経を逆なでするようなことを、あいつは平気で言ったらしい。
(僕だったらぜったいそんなこと言わないのに)
ネリアに色気があるかといわれると、たしかに彼女からそういったことは感じない。それよりもユーリは笑顔のほうにドキリとしてしまう。
「ネリアってよく彼のことを見ていますよね。やっぱり気になるんですか?」
あいつもネリアを見ているけれど。それは言わずにたずねれば、彼女からは思いがけない答えが返ってくる。
「ちがうよユーリ、わたしが見ているのはね、あいつの髪!」
「髪?あの銀髪ですか?」
無機質な仮面をつけた錬金術師はぐっとこぶしを握りしめる。こぶしは小さくまるっとしている。
この仮面をつけることで彼女は師匠グレンばりの威厳と迫力を手にいれたつもりらしいが、こうして見るかぎり仕草でだいなしだ。
「そうよ、キューティクルキラッキラでサラサラのツヤツヤじゃないの。どんなお手いれしてるのかしら。すっごく気になるわ!」
「そうですか……」
その答えに脱力すると同時にどこかホッとした。
「でもユーリ、どこに向かってるの?」
手の中で彼女の小さな手が、居心地悪そうにもぞりと動いた。手をとられたままなのが気になったらしい。
その手を逃がさないようにして、ユーリは優しくニッコリとほほえむ。
「すぐに着きますよ。僕のとっておきの場所にふたりをご案内します」
(そうだ、しばらく行ってなかったあの場所にいってみよう)
何度か思いだしては行くのをやめていたあの場所に。
その場所に連れていったらネリアもきっと笑顔になる。
すれちがうひとびとが驚いたようにユーリをみる。
王城で働くひとびとはみんなユーリの顔も、彼が研究棟にひきこもっている理由も知っている。
だけど手の中にある小さな手を意識するだけで、ユーリはそういったことが何も気にならなかった。