1.王城探検
「2巻のユーリが可愛かった!」というご意見で『魔術師の杖⑥』発売記念SSとして書きました。
『魔術師の杖短編集①』に収載されています。
『魔術師の杖』なろう版3章(書籍2巻)『78.懸念事項をかたづけろ!』の直後、門外不出の魔道具でダイエットを決意したネリアとヌーメリアの様子です。
赤の錬金術師:ユーリ・ドラビス
魔導国家エクグラシアの王都シャングリラ、その中心にそびえたつ王城の裏手にある錬金術師団の研究棟で、錬金術師ユーリ・ドラビスは伸びをした。
首に赤い魔石のついた特徴のあるチョーカーをした彼は、見た目は十四~五歳にしかみえないが、今年十八で成人したばかりだ。
「休憩しようかな。師団長室に顔をだせばネリアがオヤツをくれるかもしれないし」
先代の錬金術師団長グレンの死により、デーダス荒野から突然ネリア・ネリスと名乗る娘がやってきた。
ユーリとふたつぐらいしか年も違わないのに、彼女はあっというまに錬金術師団を掌握するとほかの師団長たちとも対等に渡りあっている。
やたら元気がよくて食べるのも好きな彼女は、師団長室の守護精霊にせっせとお菓子作りを教えはじめた。
それまでもグレンのために食事の用意をしていた守護精霊は、新しい主人の命令を忠実に実行する。
「きょうはね、グミを作ってみたの!ペクチンと果糖に濃縮したピュラルの果汁を……」
日替わりででてくるオヤツは見た目も味も面白くて、ユーリは師団長室に顔をだすのが楽しみになった。
彼の師であるウブルグ・ラビルも師団長室にいっては、しょっちゅうオヤツをねだっているらしい。
(べつに胃袋をつかまれたわけじゃないけど……)
ひとりで何か食べるよりはにぎやかなほうがいい。
ユーリが自分に与えられた三階の研究室をでて、一階におりていくと研究棟の入り口のほうから女性の話し声がする。
「まずは一歩からだよ!ヌーメリアもいっしょにがんばろう!」
「そ、そうですね……」
白い仮面をかぶった小柄な錬金術師と、灰色の髪と瞳を持つ錬金術師がパタパタのそのそと研究棟の外にでて王城へと歩いていく。
仮面をかぶっているほうはキョロキョロしているし、灰色のほうはコソコソしている。
「ネリアもヌーメリアも何してるんです?」
あまりに不審なそのようすに、ユーリは思わず声をかけた。
「ひゃあ!」
「ひっ!」
ふたりとも飛びあがってからビクビクとユーリをふりかえり、ほっとしたように胸をなでおろす。
「なんだユーリかぁ」
「よかった……」
ネリアから王子様扱いされても困るけれど、人の顔をみるなり「なんだ」はないだろう。
「なんだじゃないですよ、何でそんなにビクビクしてるんですか」
ちょっと口をとがらせてユーリがいえば、赤茶の髪を指先でくるくるといじりながらネリアがとぼけた感じで答えた。
「や~黒いローブの魔術師じゃなくてよかったなって」
「そ、そうですね!魔術師じゃなくて……本当によかった……です」
コクコクと必死な顔でうなずく灰色の魔女を見るかぎり、彼女が研究棟の地下にひきこもっているのは魔術師たちが原因というのは本当らしい。
「王城に何か用事が?」
たずねればネリアはふるふると首をふった。いちいちしぐさが可愛らしいが、これで錬金術師団長だというのだから世の中不思議すぎる。
「用事があるわけじゃないの、しいていえば王城探検かな。だからあいつに見つかりたくないのよね」
あいつというのがだれのことかすぐに予想がついたユーリは、ヌーメリアにもたずねた。
「王城探検ってヌーメリアもいっしょに?」
ヌーメリアはぶるぶる震えながら、ネリアの白いローブの袖をギュッと握りしめている。
「は、はい……アレクがマウナカイアに行くのを楽しみにしていて」
「えっと、それが王城探検にどんなつながりが?」
アレクがマウナカイアに行くのを楽しみにしているのと、ふたりの王城探検がつながらなくてユーリは首をひねった。
「もうっ、ユーリってばそのぐらい察しなさいよ!」
ネリアがローブの腰に手をあてて胸を張る。たぶん本人は偉そうなつもりだろうが迫力はない。
「マウナカイアといえばサンゴ礁がひろがるリゾートで有名でしょ。アレクは海で泳ぐのを楽しみにしているし、当然わたしたちも海に行くわよね?」
「ええ、まぁそうですね」
「とにかく、わたしたちはそれまでにナイスバディを手にいれるのよ!」
ぐっとこぶしを握ったネリアの横で、ヌーメリアまでネリアが着ているローブの袖をつまみ、いっしょに必死な顔でコクコクとうなずいている。
「ネ……ネリアの魔道具が示した数字に……私もやらなきゃって」
「王城は広いし探検がてら歩きまわるのもいい運動になるでしょ」
どうやらふたりとも自分のスタイルが気になるようだ。
「それなら僕が案内しましょうか?」
「えっ、いいの?」
「だってネリアは王城のことなんか知らないし。ヌーメリアも最後に王城へちゃんと顔をだしたのっていつです?」
ヌーメリアはおずおずとネリアのローブを握ってないほうの左手で、指を折って数えはじめた。
「れ、錬金術師のローブを……作るために服飾部門へ採寸に……」
指を全部折りおわったところで彼女は沈黙した。
何年前だよ!……というツッコミは置いといて。
ユーリはため息をつくと髪をかきあげた。もちろん彼なりにカッコつけたつもりだが、ネリアには効いていない。
(やっぱ背かなぁ)
たった数年のことだと思っていた首元のチョーカーが邪魔に感じた。
「僕はこの王城で生まれ育ってますから、抜け道なんかも教えてあげますよ。まずはどこに行きたいんです?」
「うーん、王城の図書室とかにも行ってみたいけど、まずは中庭かな!」
「中庭ですね、今は水路脇に植えられたバーデリヤが花盛りできれいですよ」
中庭は王城で働くひとびとが休憩する場でもあり、塔や竜舎なども面しているから王都三師団に所属する魔術師や竜騎士もよく行き交う。
王城の裏手にある研究棟前の広場をぬけて通路を進めば中庭にでるが、はいる前にふたりは深呼吸まではじめた。
「深呼吸よヌーメリア、過呼吸を起こして倒れないようにね。空気を吸うよりもまずは息を吐きだしてから深く自然に肺へと風を送るのよ」
「は、はひ……ひふっ、ふすぅー」
「そうそう、じょうずー。すぅーはぁー」
(だいじょうぶかなぁ)
見ているこっちまでなんだか心配になる。ネリアの白い仮面がこちらをむいた。
「ユーリもやりなさいよ」
「あ、はい」
すぅー……。はぁー……。
(僕、何やってるんだっけ)
ユーリがちょっとそんな気分になったところで、ふたりの準備は整ったらしい。
「さあ、まずはこの一歩を踏みだすのよ。マウナカイアへと続く栄光の道よ!」
「は、はい……!」
王城の中庭に足を踏みいれるだけだ。
それだけなのにふたりのまわりには、キラキラオーラが漂っている。
そしてヌーメリアとユーリを従えて栄光の一歩を踏みだし……ネリアは「うげ」とカエルが潰れたような声をだした。
その視線の先には黒いローブの魔術師、それも彼らの長たる師団長をつとめる男が立ちどまり、長い銀髪をなびかせてネリアを見ている。
見つかりたくないあいつがそこにいた。