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死の死。

 無機質な空間。一体ここに何日間、閉じ込められているのだろう。

白い壁に、白い天井。一人用のベッドに机と椅子。そして僅かばかりの本が並べてある本棚。使えるものはそれだけで後は何もない。排泄用の仮説のトイレが部屋の隅にあり、ペット用の砂のタイプだ。7日くらいに一度、取り替えるだけなので部屋の中は酷い匂いが立ち込めている。

 記憶が曖昧で、常にまどろっこしい感覚。きっと、定期的に部屋に入ってくるアイツが、僕に妙な注射を打ってくる。あれが、恐らく覚せい剤か何かの類。

 僕の脳細胞を破壊しているのではないか。一日に僅かばかりの固形食品と、変な味のするこれも僅かな水が与えられるだけ。まともでいられる訳がない。

 小学校に通っていた頃までの記憶はあるのだけれど、今僕はいくつで、ママとパパはどういう人だったけ、思いだせない。

 ここから、脱出する方法は一つ。アイツが入ってきた時に、アイツを殺すことだ。何百回と想像し、何十回と試したがうまく行かない。僕はまだ幼く、アイツは大人で強い。朝一度っきりのチャンスを逃すと以後一日、何もない。

 音のない世界が続く。何百回と読み返した本、を手に取り、ぱらぱらとめくり壁に叩き付ける。いらいらする。最近はいつもこうだ。

 何時間かぼうっとして、それから腕立てふせをしてみる。腹筋、背筋、スクワット。何セットも繰り返す。倒れるまで…繰り返す。こんな所で死にたくない。死ぬのが怖い。恐怖を怒りに変えて、鍛錬を続ける。武器になるものが何一つないんだ。だから体を鍛える。小学生の頃は少しぽっちゃりとしていた筈だけれど、今は余分な脂肪がいっさいない体だ。鏡がないから分からないけれど、きっと僕はするどい顔付きをしているに違いない。そんなことを考えている間に一日が終わり、また、全く同じ日が始まる。

 アイツは部屋に入って何も云わずに淡々と事務的に動く。アイツはいつも、マスクのようなもので顔を覆っており、素顔は分からない。

抵抗しようとすると、強く押さえつけられて、注射を何本も打たれる。それで、眠くなってしまい、抵抗は出来ない。まだ足りない。もっと力が欲しい。もっと食べ物が欲しい。新鮮な空気が吸いたい。ママやパパに会いたい。思いは虚しく、この生活は何日も続いていく。ママやパパは、探してくれているのだろうか。警察は、

何を探しているんだ。もう、とっくに死んだとみなされているのではないか。

悔しい。僕は体を鍛えることで、平静を保とうとする。来る日も来る日も、孤独に狂いそうになりながらも鍛錬を続けながら、さらに何日も過ぎていく。

 朝、アイツがやってくる。もう、毎日のように抵抗してやる。その度に注射を打たれる。ダメだ体がどんどん弱っていく。けれども続けよう。明日も明後日も明々後日も。アイツに勝つまでだ。

 ある日、部屋の隅でアイツが入ってくるのを睨む。アイツは僕を掴み、部屋の真ん中まで引き摺ろうとするから、激しく抵抗する。無茶苦茶に暴れてやる。

 すると、ぐらぐらと本棚が倒れてくる。アイツは僕を強く押し、僕は隅の壁に叩きつけられる。ドスンと大きな音がして、本棚が倒れてしまっている。

 僕は壁に頭を打ち付けてしまい、痛みに悶絶してしまう。

 しばらくして、落ち着きを戻し、部屋の中を見渡してみる。

 すると、アイツは本棚の下でうつ伏せになって倒れている。

僕は必死に起き上がり、よろめきながら、初めて部屋の外に出る。

薄暗く、長い廊下になっている。ふらふらと壁を伝って歩いていく。

すると、となりの部屋だろうか、扉があり、中に入ってみる。

ここは手術室?妙な、物が一杯置いてあるけれど、どれも散らかっていて、

誇りっぽい。部屋の隅にハンガーを掛ける、金属性のスタンドが置いてあり、

それを掴む。少し重くって、引き摺りながら自分がいた部屋に戻ってみる。

 アイツは、本棚をから這い出ていて、部屋の中央まで、這っている。

服に血が付いている。僕はなんの躊躇いもなく、持っているスタンドを持ち上げ、そして、力強く振り下ろす。鈍い音とともに、何かが潰れる感触を感じる。スタンドを投げ捨て、その場にへたり込む。

 とうとうやった。アイツは完全に沈黙している。息がしていないか確認してみる。大丈夫だ。僕はやったんだ。起き上がり、一度見下ろす。

「クソ野郎」頭を蹴っ飛ばす。

 僕は、部屋を出ていき、さっきの部屋も通り越し、廊下を進む。

突当たりまで来ると、そこにはまた扉があり、開けてみる。

 自分がいた部屋と同じような部屋だけれど、何やら、コンピューターだの、本だの、

乱雑に散らかっている。部屋の片隅に、いつも僕が与えられていた固形食品が

ダンボールに入っているのを見つける。僕は飛びつき、乱暴に袋を開けて貪る。

 横にペットボトルの水を見つけて、喉に詰まった物を胃に流し込む。

お腹が一杯になるということは生まれて初めてな気がした。

 満足して、その場にへたり込む。しばらく、興奮しているのが落ち着くまで、

その体勢でいる。

 やがて、体を起こし部屋の外に出る。そして、出口を探そうと、反対側まで歩いてみる。途中、自分がいた部屋まで戻ってみて、アイツがちゃんといるか確認してみる。アイツはまだそこにいる。

 僕は、さっきとは反対側廊下へと向かう。すると、大きな鉄の扉を見つける。

扉は、ずっしりと重そうに黒く、佇んでいる。

 僕は扉を押してみるが、開かない。引いてみても開かない。

力いっぱい色々試すが開かない。鍵だ、鍵がいる。

 僕は鍵を探そうとあっちこっちと彷徨う。見つからない。

全ての部屋を汲まなく探すも、ない。アイツの身につけているものの中にもない。

 何故だ。

冷静になるまで考えて、ふと黒く開かない扉の前まで行ってみる。

自分の目線より上の方、よく見ると、いくつかのボタンが付いているのを見つける。0と1から9までの数字を並べてあり、横に画面がある。

 手を伸ばしていくつかボタンを押してみる。画面には、アナログで押した数字が並ぶ。

 暗証番号。それが合ってないと表示してある。

適当に何度試してみてもダメだ。

 一度、食料があった部屋まで戻ってみる。どっかにメモ書きがあるかもしれない。

僕は机の上や棚の上を探す。本や書類には難しい、理解出来ないような、

計算式だとか、グラフだらけ。それらしいものは見当たらないのだけれど、

数字の羅列を見つけては試しに扉のボタンを押してみた。開かない。

 次の日、その作業を延々と繰り返す。お腹が減ったら、ダンボールの

固形食品をお腹一杯に貪る。よく見ると、ダンボールは、この一箱だけで、

ボトルの水も、あと、数本だけだ。ここを出なければならない。

 今日も数字の羅列を探す。その次の日も、そのまた次の日も。

見つからない。怒りに狂い、辺り構わず暴れだす。そこら辺の物を投げ、

ガラス張りの棚の扉が音を立てて崩れる。構わず僕は暴れる。

 アイツがいる部屋からスタンドを持って来て、破壊を続ける。

コンピューターに対して、振りかぶった時、はっと手を止める。

 ありったけのボタンを弄ってみる。すると、画面がパッと点いた。

僕は喉をゴクリと鳴らし、つばを飲み込む。

 コンピューターはいくつかの文字の羅列を映し出し、そして、トップ画面へと移った。

 読めそうな文字を必死に探す。適当にボタンを押し続ける。

幾つかの項目の中に、『記録』という項目を見つける。なんとか、開けないか試す。

 すると、開かれる文字の羅列。今は2027年!?日記のように文章が綴られていて、アイツが打ったものだと気付く。

 


少年はゆっくりだが、その全てに目を通していく。

そして、少年は全てを理解する。暗証番号も途中で見つけ、それを控える。


 少年は全てを読み終え、黒い扉へと向かい、数字を押す。

 そして、扉を開ける。

そこは、荒廃とした世界。砂漠の中、ビルが崩れ、車がひっくり返り、

瓦礫以外のちゃんとした建物などはない。自分が居た建物を振り返り見る。

 


「シェルター!?」これが、そうか。

全ては滅んだんだ。僕以外。そして、僕もここにいるということで、

放射能に体を蝕まれるらしい。

 アイツの体を蝕んだように。そう、アイツは限界だったんだ。

アイツは軍人らしい。

僕と唯一の生き残りだったという。

僕は荒廃として大地を歩いて見て廻る。

 

そして、そのまま砂漠の世界に消えていった。


世界は滅び、軍人は希望を未来に残そうとした。

それが、少年だ。

自分の髪が全て抜け落ち、血反吐を毎晩吐くようになり、

先が長くないことを知る。自分が何に蝕まれているかは分からない。

極力少年との接触は避ける。蝕んでいく可能性は無限にあり、どれがどれだか。

 ただ、少年には一時、大流行してしまった極めて特殊なウィルスの抗体を持つ、ワクチンを打ち続ける。それが、効果があるかどうかは分からない。

 少年は耐えられるだろうか、この世に自分しかいないという事実を。

軍人はもう、とっくに耐えられなくなっていた。

 何回か、自殺を試したが死ぬ勇気すら持てなかった。

軍人の生きがいは、気休め程度のそのワクチンを大量に作るということだけだった。来る日も来る日も。

 もうすぐ、食料と水がなくなる。死が近づいている。

それでも、最後まで少年への投与は続けよう。ここまで、来たのだから。

 

 コンピューターの中の『記録』の中には、軍人の後悔が綴られていた。


軍人の希望の、少年はもういない。少年はそれでも、外界に希望を探し、

彷徨い続けたのだから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 構成はよくできていると思います。 その反面、言葉の細部への詰めがやや甘いことを残念におもいました。
[一言] この手の設定条件の物語は他にもあるような気がするが、書き手の想像力がかなり前面に押しやすく、千差万別なストーリーがあるテーマであろう。 この物語は描写がしっかりしていて、頭の中でイメージが…
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