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あるじ推しシリーズ

あるじを推して生きていく

作者: tomatoma


『――これまでそなたを蔑ろにしたこと、心から悔いる。ありがとう、フリード』


 彼は一瞬驚いたように固まり、それからゆっくりと表情をゆるめた。

 死の呪いなど感じさせないような穏やかな微笑みだった。


『私のために泣いてくれるのですね。姉上の役に立てたのであれば、これほど嬉しいことはありません』


 私は、彼のその最期の笑顔に、衝撃を受けたんだ。



 ***



 殴られたような衝撃だった。

 目の前の彼は、フリード様だ。私を魅了し、気高く散ったフリード様だ。

 知っているビジュアルよりは少し幼いけど、ほんものだ……え!? え!!??


「どうした」

「――お初にお目にかかります。ランヴェルダー子爵家が長子、ジーンと申します」


 大混乱の内心をよそに、私は無表情を貫く。

 いくら目の前にいる少年――フリード・フォウ・カヴァリア様が、生前私がのめり込んでいたRPGの最推しだったとしても、この世界で生きた二十年という年月は動揺を隠すには十分だった。


 私の名はジーン・ランヴェルダー。

 カヴァリア王国騎士隊に入隊して三年。魔獣の群れを撃退した功績から、この度王位継承権第六位のフリード様の護衛騎士となった。


 その任命式の時に前世を思い出したのである。




 前世の私は短命だった。ベッドの上で過ごすことが多い病弱な私に兄が貸してくれたゲーム。その中にフリードはいた。


 カヴァリア・クロニクルという冒険RPGは、魔王討伐を目指しつつ魔王軍とも戦う、バトルファンタジーに戦略的要素も詰め込んだゲームだった。


 その主人公パーティに一時的に加入するキャラクター、カヴァリア王国の王女ルビー。ストーリーに王位継承のゴタゴタもあり、最終的にルビーが王となるのだが、その一助となったのがフリードである。


 フリードの王位継承権は末の六位。二位のルビーの異母弟で、一位のシビックに体よく使われていた脇役だ。

 シビックは自分より優秀なルビーに王位を奪われるのではないかと恐れ、嫌がらせから始まり、ついには命を狙うまでになる。


 暗く病弱な彼はシビックの忠実な犬と思われ、私も嫌悪感を抱いていた。同族嫌悪に近いものだと思う。


 しかしクライマックスで、民を心から想い知略をもって勇猛に魔王軍に立ち向かうルビーを王にするため、フリードはシビックの悪行を公の元に晒し、自らの命を犠牲にしてまでルビーを助けた。

 さらに、シビックに逆らえば死ぬ従僕の呪いをかけられていたことも明らかになる。


 卑屈な内面を現すようにいつも暗い表情で描かれていたフリードは、憧れてやまないルビーに認められたささやかな喜びで、最初で最期の笑顔を浮かべた。


 そのあまりにも美しい微笑みに、前世の私は心を奪われた。


 簡単に言えばギャップにやられたのだが、兄が大好きで病弱な自分と重ねた部分もあったのだろう。

 他人にしてもらうことが多かった我が身を省みて、自分にできることをしようと前向きに生きれた。

 私の体は力尽きたが、幸せだったと断言できる。




 そんな私の前世の大恩人であり人生の指針であり公式グッズから二次創作まで集めまくった最推しのフリード様。

 まさかそんな実物に仕えることができるなんて神様ありがとうっ!!!!


 任命式からの私は幸福に満ち溢れていた。


 たとえ、私が愛嬌もなく裁縫やおしゃべりも不器用で女として生きるのが難しいんじゃ?と考えた父が剣術体術もろもろを私に叩き込み男のように育てたせいでランヴェルダー家に娘はいないと思われていたりだとか、結婚は端から望まれることなく騎士隊に入隊させられ私以外の女はいないきつい・汚い・つらい魔獣退治の最前線に配置され仲の良い仲間以外には男と思われていたとしても。


 たとえ、本来はルビー様の護衛騎士になるところだったのを、シビック(様)に引き抜かれて女性ばかりのシビック親衛隊(仮)に加えられようとしたところを、私の表情が鉄壁&胸も絶壁だったため護衛騎士がいなかったフリード様にあてがわれた経緯があったとしても。


 今なら、父にもシビック(様)にも感謝できる! 許さないけど感謝はできる!


 フリード様は一切笑顔を見せることはなく、いつも不機嫌そうな仏頂面であったけれど、そんなの関係なく最高に美しい。

 全身全霊を捧げて生きます。

 同じ空気を吸えている幸せ。風に揺れた御髪さえ尊い。抜け毛だ持ち帰って宝物にしよう。


 しかし舞い上がっていた私は、ふと気付く。


 そういえば現世ルビー様いるじゃん。シビック(略)もいるじゃん。魔王軍とは今休戦中だけど……あれこれもしかしてゲームと同じならフリード様死んじゃう? 推しが死んじゃう??


 お花畑だった頭がすんっと冷えた。

 絶対阻止。二次創作のifで散々夢見た生存ルートをつかみ取らねば。

 脱・死亡エンド!


 そんなわけで、回避には当然、憎きシビックの攻略が重要だ。


 まだ魔王軍とは長い休戦期間中。物語が動くのは魔王軍が突如王国の端に攻め込み、ルビー様がその優秀な手腕でもって撃退するところからだ。その功績に自身の立ち位置が揺らぐことを恐れたシビックが嫌がらせを始める。

 その時点ではまだフリード様は呪われておらず、王城でも空気のように扱われていた。


 私はフリード様の護衛騎士として尊き御身を常に舐め回s御守りしつつ調査を開始した。


 王立図書館の魔法関連蔵書を読み漁り、城下の情報屋ひいては別の都市まで人脈を広げやっとのことで判明したのは――カヴァリア王国に従僕の呪いは存在しないということだった。

 つまりシビックは他国からその技術(のろい)を手に入れたということ。


 しかしそれからがとん挫。

 どうやって入手したのかどこからの伝手なのかわからない。私個人の力では限界を感じ、やむなく実家を頼る。


 商家上がりの我がランヴェルダー家は、予想外に広い情報網を持っており、それは現王の実兄にあたるミスビス公爵にまで及んだ。

 地方子爵の(一応)娘である私が王室の護衛騎士になれたことを、父上は殊の外喜んでいたらしく全力で協力してくれたようだ。

 さすがにミスビス公爵と私が直接話すことになるとは思わなかったが。


 そして苦労の甲斐あって従僕の呪いの出所を突き止めた。

 隣国ルタリス公国が魔王軍の魔獣を従える術を研究した結果、人にも応用できることが判明し人道的観点から秘匿に至った。


 その禁術を盗み出した某宗教団体がいたのだ。

 ルルドというその宗教団体は、いずれシビックと繋がりを持つのだろうが、そんな未来は潰した。徹底的に潰した。


 公爵の力を借りつつ、信者たちを捕らえ、シビックのもとに従僕の呪いが渡ることを防いだ。関係者も把握でき、ルタリスとの繋がりを完全に絶つ。

 やったぜこれでフリード様は従僕の呪いで死ぬことはない。一安心。


 と思いきや、新たな不安の種が。


 実は従僕の呪いにたどり着くまでに一年近く費やしており、気付けば魔王軍との戦いの幕は切って落とされていた。

 そして困ったことに開戦の場はランヴェルダー家の近く。私は前世の記憶を総動員し実家に情報を伝達。


 ひやひやしていた私をよそに、(うち)は撃退に向かったルビー様の隊に多大なる貢献を果たしたらしい。

 ルビー様の評判と共にランヴェルダー家の爵位も一つ上がったそう。

 ついでにシビックの嫉妬も増幅し、もうね、ルビー様への嫌がらせがひどい。

 そしてこの頃からやたらとフリード様に声をかけるようになってきた。

 フリード様は恭しく対応しているが、どう見ても外面だけ。私にはわかる。


 不安だ。ゲームの本筋からはずれてしまったせいでシビックが何を起こすか予測できない。困ったなぁ……この際――ヤっちゃう?



 ……おや?


「フリード殿下。お体が優れないのではありませんか? 一度お休みになられてはいかがです?」


 自室の椅子で支出報告書を読まれているフリード様は、普段より呼吸の間隔が0.5秒程速い。瞳も水分量が僅かに多い。いつからだろう。主君の体調変化に気づけなかったなんて不甲斐ない。


 しかしフリード様は私の言葉に返事どころか一瞥もくれない。


 いつものように。


「殿下」

「黙れ」


 (´・ω・`)しゅん。

 このように、私に対するフリード様の対応は何故かとても冷たいのだ。侍従とか他の人に対しては普通に言葉を交わしているのに。どうして。


 ともかく休んでもらわなくては。

 執事やメイド達に、密かに食事に口出しし(偏食よくない!)夜更かしをやめるよう助言し(勉強もほどほどに!)適度な運動を提案していた(まずは散歩から!)おかげか、フリード様は昔より寝込むことが減り体力もついてきた。

 常に快適な室温に保つようにもしている。体調を崩される要因には何があるだろう。ストレス? え私?


「いや、そんなまさか……そういえば先程メイドが運んできた見慣れぬ丸薬……」

「伯父上に伝えるつもりか」


 漏れていた独り言に返事をしてくれた嬉しい。


「公爵閣下に? 何をでしょう?」

「……白々しい」


 フリード様はそれ以上おっしゃられない。私の表情筋は死んでいるが内心大慌てだぞ。

 なんのことなの? 白々しいってなに!?


 落ち着いて考えろ私。ミスビス公爵に伝えるような内容とは。

 公爵は私の味方、つまりフリード様の味方。フリード様の不利益になるようなことが今の会話で何かあったかな?

(注釈)長年私的にやりとりを続けていたせいで、私がフリード様至上主義だということをミスビス公爵は把握済みである。

 うーんわからん。


「お心当たりがあられるのですか?」

「…………」


 だんまりです。いくら私でも無視され続けちゃうと怒っちゃいま……せん。


 まあいい、それよりフリード様の体調優先。ひとまず丸薬について分かる者を連れてこさせるようメイドに伝える。

 フリード様は数種の薬を服用されているが、今日は初めて見る薬が混じっていた。新薬がお体に合わなかったのだろうかと考えていると、テーブルにパサッと書類が置かれる音がした。


 足を組み私を睨みつけるフリード様。そんな視線も素敵です。


「あれは兄上が私の体を気遣い取り寄せられた薬だ」


……それだ! あいつ呪いの次は毒か!?


「シビック殿下が? 失礼ですが効能の調べはとれているのでしょうか」

「おまえはシビック兄様が私に害をなすと思っているのか?」


 しまったフリード様にはあと三人兄がいらっしゃったし、遠回しに薬を疑った発言になっていた。

 だって私の中では犯人確定(まっくろ)なんだもの。


「いえそのようなことは。お体に合わない薬もございますし、よくお調べになってからがよろしいかと」

「これは死ぬ類のものではない。調べたところで何も出ぬ」

「死ぬ類のものではない……ですか? まさか、障りになる作用をご存知で飲まれたと……?」

「だったらなんだ。イヌは黙っていろ。私は叔父上の駒にはならぬ」


 あなたの下僕(イヌ)ですが何故また公爵!?

 私が二の句を次ぐ前にフリード様は部屋を出ていってしまう。シビックからの飲食物は二度と出さないようメイドに徹底させておき慌てて追いかけた。



「ははあ、やはり聡いねフリードは」

「はい聡明でいらっしゃいます…………つまり、どういうことでしょうか?」


 丸薬はやはり憎きシビックから渡されたものだったが、あれ以上はなく調べることはできなかった。

 そんな経緯とフリード様の発言の意図をミスビス公爵に相談中です。護衛任務は日中なので今は夜です。


「分からないのに同意するのだね……まあいい。フリードはね、僕がフリードを王に担ぎ上げて執政を操ろうとしている、と考えているのだろうね」

「公爵様はそのようなお考えなのですか?」

「ははは、僕はゲームが好きなんだよ。手に余るものは要らない。

 つまりね、フリードはそれを拒むために、王位継承争いからはずれようとしているのではないかな? あえて愚かなふりをする。あえて、病弱になる、とかね」


 そんな、王たる資格がないと周知させるために自身を傷付けるなんて……すぐにやめていただかなくては!

 あれ?


「……待ってください、では、もしや……私が公爵様のイヌと思われているから、あんなに冷たいのでしょうか?」

「だろうねぇ。あんなに尽くしてきたのに、幻滅したかな? 僕の騎士になってくれてもいいんだよ」

「フリード様は存在されてるだけで尊いので幻滅などあり得ません」


 ミスビス公爵の十八番の冗談だ。いつものようにふふふと笑って流す。表情は変わらないけど。


「けれど公爵様もそのような思惑はないのに、フリード様はどうしてそのような勘違いを」

「相変わらずフリード以外には無頓着だね。自分の噂も知らないのかい?」

「フリード様が私にふさわしくないなどという訳のわからない噂なら潰していますが。逆ならともかく、理解できかねます」

「そこまで知っているのに、君は本当に優秀なポンコツだね。……裏で動きすぎたんだよ、大事な主に内緒でね」


 ミスビス公爵が言うには、宗教団体ルルドの捕縛やランヴェルダー領地での魔王軍の撃退について、裏?では私の功績との噂が広まっているらしい。事実私も関わっているのでそんな噂があったのだろう。


 最近やけに誘いの声をかけられるのも社交辞令ではなかったのか。実はシビック陣営からもあったが、あいつ絶対前断ったこと忘れているな。私の胸元を見て馬鹿にした笑みを浮かべたのは忘れてないからな。

 私はフリード様のお側以外興味ないから!


 要は、ミスビス公爵と懇意=実は公爵の指示で色々動き、その功績をフリード様のものとするために仕えていると傍からは見えなくもない、というわけだ。

 フリード様もそんな噂を鵜呑みにしてしまっているのだろうという。切ない。


 当然ながらそんな噂はデマですとお伝えしたのに、弁明すればするほど疑いの眼差しが強くなるのはどうしてなの。



 誤解も溶けぬまま問題が起こった。というよりストーリーが進んでしまった。


「姉上が行方不明!?」


 辺境に魔王軍の動きあり。シビックの策略により、ルビー様は視察に向かわれた先で行方不明になった。

 ゲームでは主人公一行と出会い、身分を隠して行動を共にするイベントだ。

 知っている私はやっぱり物語通りに進むのか~なんて呑気に構えていたが、フリード様はそんなことご存知のはずもなく。

 初めて見る狼狽したフリード様かわいい。


「ジーン」

「はい」


 わあああ名前初めて呼ばれた! なんでも言うこと聞いちゃう!


「姉上を探してこい。おまえならできるだろう?」


 場所知ってるからね! いや命令を聞きたいのはやまやまなんだけど……


「できません」

「……何故だ?」

「第一に、私はあなた様の御身を守ることが最優先です。第二に、国王陛下の命なしにその責務から離れられません」


 陛下に直々に命じられるわけではないけど一応形式上はそうなっている。

 でもフリード様の側を離れるわけにはいかない理由は、ルビー様よりフリード様の方がシビックに近くて危ないからだ。目を離した隙に何をしでかすか分かったもんじゃない。


 フリード様は一瞬私を睨みつけたが、すぐに無力な自分を責めるように視線を逸らした。


「――ルビー様は大丈夫でしょう」

「!」


 私は思わず口走ってしまっていた。

 疑いの目を向けられ、すぐに失態を察知。


「なにを、知っている?」

「…………なにも。ルビー様は強かでいらっしゃいますから、ご無事であると……信じております」

「はっ――()()か」


 ああああ安心させたかっただけなの!

 どうしてこう意味深な台詞を選んだ私。間も失敗。


 フリード様はふっと笑い、私に近付いてきた。出会った頃よりだいぶ成長され、目線が近、あちょっと急にこんな近いのは心の準備が。


 鎧の胸部を強く押され、私はそれに逆らうこともせずソファの背に体重を預ける。フリード様の目線が上になり、私の腰の剣が抜かれた。

 と同時に左頬に衝撃。剣の柄で殴られた。そして喉元に刃の冷えた感触。


「姉上の身に何かあれば……おまえを殺してやる」


 殴られた頬に熱を感じる。完全に勘違いさせてしまっているが説明もできない。つらい。


 けど――はいぞくぞくしました。私Mだったのかな。



 それから数日間は痛々しいほど耐えながらきちんと公務をされていたが、ルビー様捜索隊からも吉報はなく、やがて限界がきたようだった。


 国王陛下に直談判してルビー様を捜す許しを得てしまった。何故許す陛下よ。


 ゲームの中より健康体なフリード様は、呪いの縛りも無いせいか、ゲームの中より行動的だと思う。でもさすがに馬に乗って飛び出すのは無謀すぎませんか?

 フリード様は、おそらく王城で一番の良馬を選び最速でルビー様捜しに出立。姉に発信機でも付けてるのと疑いたくなるほどゲームのイベント地へ正確に向かっているのがおそろしい。


 私はというと、追いかけています。

 馬に乗る姿も素敵ですが王城を出てずっと走りっぱなし。そろそろフリード様の体力が心配です。


「フリード様。夜半の森は危険です。近くに街がありますので宿をとりましょう」

「……うるさい」

「馬も限界です。このままではルビー様の元へ辿り着く前に走れなくなってしまいます」

「ッ…………わかった」


 素直かわいい。

 スピードを緩めたフリード様と馬を並べたところで、複数の気配。


「獲物が自ら飛び込んで来るたぁ、今夜は運がいい」


 わらわらと木の陰から野蛮そうな男達が現れた。

 この聞き覚えのある台詞は、サブイベントの山賊退治か。十人弱。確か魔法士もいた気がする。


 フリード様に傷ひとつ負わせるわけにはいかないが、今少し不安もある。

 対複数人の戦闘経験はほぼないし、王城内では魔法の使用が禁止されているので使うのは久しぶりだったりする。

 まあ、倒さずとも逃げ切れば街中までは追ってこない連中だからなんとかなるかな。


「フリ……(あるじ)、私の側から離れませんよう。すぐに安全な場所にお連れしますのでご安心ください」

「おお~口だけは格好いいなぁ? んなひょろい男のとこより俺達の方が楽しい場所に連れってってやれるぜぇお嬢ちゃん?」


 イラッ。

 私を男だと勘違いしていることよりも、フリード様を女だと勘違いしてゲスい言葉を吐く山賊に虫唾が走る。愛らしく美しいフリード様のお耳が汚れてしまう前に――


「よく見りゃあ上玉じゃねえか。いいねぇ、俺はその整った顔が快楽に歪むのが好きなんだ。俺の○○を△△して□□させてやるよ」




――――は?






…………

……




「……――ジーン! もういい!」

「……はい?」


 あれ、私はいったい何を。


 なぎ倒された木々で開けた視界。あたりに散らばる山賊達の呻き声。左手で顔が膨れ上がった男の胸倉を掴み、右手は握りこぶし。涙と鼻血を垂らしながら「すいませんすいません」と呟いているのでギリ殺していないみたいセーフセーフ。

 神聖なるフリード様に対し下卑た妄想を撒き散らした輩に我を忘れてしまっていたかしら。


……私変なこと口走ってないよね?


「お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません。お怪我はございませんか?」

「ああ、ない…………おまえは?」

「! はい、かすり傷ひとつありません」

「そうか……強いのだな」


 私のこと心配もされて褒めてもくださるなんて! ちょっとだけ山賊に感謝……はしないな、万死に値する。


 いつの間にか馬が逃げてしまったので私は歩いてフリード様の馬を引き街に入場。山賊のことは街の警邏に伝え、私達は宿に泊まる。


 とんでもないことに安宿の一室しか空きがなく、借りた湯で背を拭いてやるだの、同じベッドで休んでいいだの、フリード様の私当たりが優しくなっていた謎。(鼻血が出そうだったので丁重にお断りさせていただく)

 あとそこはかとなく私の性別を誤認識されてる気がしないでもないけど幸せだからどうでもいっか!


 フリード様はご自分でできると言われたが、貴きお方にそれはいかんと私はメイドの仕事を買って出た。

 緊張と元来の不器用さで上手く整えられなかった有様でもフリード様は笑って許してくれたり、人の足では遅いからと馬のない私の同乗を許してくれたり、そろそろ私幸せ過ぎて死んじゃう? もしかして白昼夢だったりする?



 相変わらずフリード様の姉様レーダーは正確最短で、翌日にはゲームの主人公一行の野営地を発見してしまった。


 見つけたと同時に馬から飛び降り、駆け寄ろうとされるフリード様の体と口を慌てて押さえる。

 あわわ不敬ですみませんでもこの場面はルビー様と主人公側の信頼度アップの大事なところなんです!


 一時暴れていたフリード様は、ルビー様の笑顔を見た瞬間抵抗をやめた。驚いたように、何かの感情を堪えるように、両手を握りしめていた。

 私は何と声をかければいいのかわからずその様子を見つめるしかない。あー私のバカ役立たず!


「――俺の仲間に御用かな?」

「!?」


 耳元の声に驚き、振り返ると同時に剣を抜こうとした。

 だが柄が押さえられ抜けない。誰かが完全な間合いに入っている。咄嗟に魔法の発動を――


「それはお互いにとって悪手だぜ? ま、驚かせたのは俺の方か、悪かったな」

「…………ぁ」


 敵意を感じない声に発動を止めた私は、その声の主の顔をやっと見た。

 前世で一番多く見た、パッケージでもOPでもセンターにいるキャラクター。物語の軸にいる、いずれ勇者の名を冠する男。


 主人公だ!?


「なんだ? 俺のこと知ってるのか?」

「い、え……いえ、初対面です。知人に、似ていたもので」

「へぇ、見間違えるほど似てるのか。それは是非とも会ってみたい……存在するんならな」


 私を見てにやりと笑う。


 はあああ美形!!!!


 間近で見る主人公はすごかった。私の嘘が普通に見抜かれているが、圧倒的主人公感に気圧されて何も言えない。ていうかさっきまで向こうにいたよねいつ背後に。


 ゲームでは主人公=プレイヤーで名前もボイスもなく、性格もないに等しかったが、ビジュアルは非常に評判が良かった。

 前世の私がゲームを始めるきっかけの一つも、主人公がかっこよかったからだ。

 声と性格がつくとこんなんなるのズルい。


「刺客、ではないな。そっちの、ルゥの家族……弟か? 覗き見は趣味悪ぃが、どっちも訳アリってことか」


 ルゥとは、主人公パーティに加わっている時のルビー様の偽名だ。異母で顔も似ていないのに姉弟と見抜くとは千里眼でも持っているのか。


 主人公に問われたフリード様は困惑していたが、やがて意を決したように口を開いた。


「姉上は、本当にあなた方の……仲間、なのか?」

「当然だ。ルゥは望んでここにいるし、俺もそれを望んでいる。もし……連れ帰りたいんなら相応の理由を言ってもらいたいところだな」

「そうか…………ならば、よい」


 かすれそうなほど小さな声で、フリード様は決められたようだった。


「よろしいのですか……?」

「ああ。それが姉上の望みなら」


 つらそうだけどフリード様がそうおっしゃるなら従うしかない。

 けどフリード様のこの落ち込みようはどうにかして差し上げたいなあ……


「今はその時じゃねぇってことだろ。心配すんな、俺は仲間を絶対守るから」


 確かに、物語上ルビー様をここで連れ帰るのは良くない。この主人公単独でドラゴン撃破可能だから強いし身の安全も問題ない。

 主人公の言葉に慰められたのは私だけではなかったようだ。フリード様の握りしめた手から力が抜けた。やはり主人公は台詞も主人公だな見倣いたい。


 主人公にわざわざ礼を言って馬に戻るフリード様。帰られるようなのでついていく。


「なあ、そっちのあんた、名前は?」

「……私ですか? 申し訳ありませんが身の上を明かすわけには参りませんので偽名でよろしければ」

「は、潔いねぇ……いいぜ。俺はラウル。覚えておいてくれ」

「はぁ」


 体よく断ったつもりが予想外に乗ってきた。フリード様でなく何故私と思いつつも聞かれても困るし適当に身近にいない名前で……


「私は……えーと…………ミコト、と申します」

「ははっ思いついたのがそれか。不思議な響きだが悪くねえ。じゃあな、ミコト、また会おうぜ」


 お、おぅ。

 木に肩を預け、ヒラヒラと手を振る軽薄な様子すらさまになっていてとても主人公。

 考えていなくて前世の本名を偽名としたのも破壊力があった。こっちには持ち越していなかったはずの私の乙女部分が刺激される。

 良いものを見た。アイドルを生で見た気分。


 フリード様? 神です。



 帰りはゆっくりのペースで馬を走らせる。ずっと無言の空気が苦しい。いや行きもおしゃべりしたわけじゃないけども。


 今度は別の街で一泊。

 信頼できる宿できちんと別室です。眠らないけどね。というか王城出てから一睡もしてないけどね。フリード様に何かあったら私が死ぬから精神的に。

 お食事も口をつけられなかったし心配で部屋に戻れない。


「フリード様……」


 こういう時さえ上手い言葉が出てこない。

 また下手なこと言って余計傷つけてしまわないよう一所懸命慰めの言葉を考えていると、フリード様は私に目を向けふっと笑った。


「大丈夫だ。今までのこと、振り返っていただけだから」

「さよう、ですか……」

「私は私のなすべきことをせねばならない。都合が良いと思うだろうが、手を貸してくれるか?」


 え? え!? なんか雰囲気違くない!!?

 柔らかくなったというか、大人になったというか、色気やば!


「主命とあらば……」


 光に誘われる蛾のようにふら~っと跪いてしまう私。

 フリード様は微笑んで手を伸ばし、あろうことか私の左頬を軽くなぞった。


「以前、おまえを殴ってしまったこと……浅慮だった、本当にすまない」

「――――」

「ジーン?」

「は」


 昇天しかけてた。こんなご褒美あるなら何度でも殴ってほしい。

 動きの鈍くなった私を見て、フリード様はくすくすと笑う天使か。


「あぁ、ジーンにとっては私の手は神なんだったな」


 はい…………いや待って、やっぱり私変なこと口走ってたの?



 王城に戻ってからのフリード様はすごかった。


 私なんかが失礼にも思うが、王族としての自覚に目覚められたのではないかというほど。立ち振舞いから言動、行動力まで、なんかもう、キラキラして見えた。


 まず早々にミスビス公爵と面会の場を設けられた。単刀直入に王になるつもりはないと告げ、けれどこの国をまとめ魔王軍に立ち向かうためには公爵の力が必要だと協力を仰いだ。

 ミスビス公爵は一筋縄ではいかないお方だから、公爵家の後ろ楯に値するか試練(本来はルビー様に与えられるサブイベント)を課したが、尽くクリア。それでも色々御託を並べたが、私と長年の付き合いもあり最終的に降伏。

 やっぱり公爵様は頼りがいがあります。


 子沢山な現王のせいで、◯◯王子派と分裂が起こっていたカヴァリア王室。

 フリード様は、公爵の力を借りつつ、戦争という名目の力を借りつつ王室内勢力を同じ方向にまとめあげていった。我があるじ、優秀すぎ。


 一方、現カヴァリア国王は愚王というほどではないが、考えが足りないところがある。

 女好きで新たにフリード様に妹ができたりしたし、年功序列な王位継承順位を撤廃したりした。フリード様がせっかくまとめていたのにそこでまた一難だった。

 ほんとは王様のお仕事ですよ?


 ああシビック? フリード様の実力を思えば雑魚でしたね。

 今までの嫌がらせが可愛く思えるほどの行いが白日の下にさらされた。

 私もまさかルタリス公国との繋がりを絶ったら魔王軍と繋がるとは思わない。敵国に自国を売るなんて、権力に囚われるとコワイわ~。

 ちなみにフリード様の手腕で有益な情報を引き出せたので、シビックは極刑を免れ幽閉中。


 また、当然ながら国内に敵も増えたので、護衛騎士を増やそうという話に。

 増えるのは増えたけど、側に置くのは私だけでいいとおっしゃってくれた。ガチ泣きした。一生お仕えします。



 そしていよいよルビー様のご帰還。


 壊滅的だった主要都市を護りきり、さらに魔王軍の四天王を撃破。

 主人公一行引き連れた凱旋に、シビックのせいで急落した王室の国民人気V字回復。次期国王にとの声、圧倒的多数。


 フリード様の功績は素晴らしいが、縁の下的に国民には伝わらないものである。元より、フリード様はルビー様の王位継承を磐石なものにするために尽力されたのだ。

 本気を出せばフリード様は王になれると思うのだが、それが主の望みなら一騎士は気持ちを飲み込みます。フリード様が幸せならOKです。



 華々しく凱旋されたルビー様と初めての面会の場。


 主人公一行と私も同席(立ってるけど)し、緊張感の中でフリード様は姉を支えたい本心を吐露。

 眉をひそめ、困惑しながら主人公ラウルに目配せするルビー様。あらあらそういう関係かな?


 それからはなんとも歯痒い時間だった。

 姉弟は現実的な話をしたかと思えば、ぎくしゃくととりとめのない話をする。数年ぶりに会ういとこと歳が近いからと二人きりにされるような気まずいやつである。けれど溝は時間が解決してくれるはず。


 私と主人公一行は水入らずの空気を読んで部屋のすみに退散。

 するとラウルが寄ってきた。相変わらず主人公な圧迫感。


「よぉ、久しぶりだなミコト」

「お久しぶりです。覚えてらしたんですね」

「当たり前だろ。まさかあの噂の騎士殿とは思わなかったがな」


 さっき名乗ったジーン・ランヴェルダーという名は覚えていないのだろうか。前世の名で呼ばれるのはなんか恥ずかしいからやめてほしいんだ。

 あと最近は色々な噂がありすぎてどのことを言っているのか。良い噂も悪い噂も正直辟易している。


「噂は好きではありません」

「俺も、実物の方が好きだな」


 笑顔を向けられても「さようですか」としか。私に談笑を求めるならそれは間違った選択だぞ。


 フリード様とルビー様はしばらく話されて切り上げたようだった。徐々に徐々に、である。

 ルビー様を見送り、主人公一行もそれぞれフリード様に挨拶し続いて出ていく。

 最後にラウルが残った。胸に手を当て、ぴしりと腰を曲げる。


「無礼な物言いをしたこと、王族と知らず追い返したこと、申し訳なかった」

「構わない。あなたが姉上を護ってくれたことに感謝こそすれ、責めるつもりは微塵もない」


 美形と神がカチッとした会話をしているだけで目の保養である。この世界には何故カメラがないのだろう。

 二言三言済ますと、ラウルはこちらに目を向けた。


「しばらく王城に置いてもらえることになったから、今度茶でも飲もう」


 寛大なフリード様に許されたラウルは、急に馴れ馴れしくなった。

 なんだその古いナンパみたいな誘い文句。それにこの世界でお茶会というのは高度な話術の絡み合う戦場だ。それを私にを求められても困る。


「申し訳ありませんが私は護衛任務がございます」

「ん? 貴族の女はこう言うと断れないんじゃないのか? ルゥ、ルビー様はそう言ってたが」

「……ご令嬢方はそうかもしれませんが、私は近衛騎士ですのでそちらが優先されます。褒章式後にパーティーがありますので貴族の女性とお茶を飲まれたいのなら誘ってみられては? 勇者様であればどなたでも喜ばれると思いますよ」

「どなたに喜ばれてもな。そういうところのは、自分の身も守れないだろ? か弱いのは苦手なんだよ」


 ルビー様と熱い視線を交わしておいて女漁りか?とトゲのある言い方になってしまったが、意外な返答。

 もしや私と同じ脳筋系か。それならすまんかった。


「お茶はご一緒できませんが……早朝か夜半であれば御用があれば伺いますよ」

「そうか。なら用を考えておく。じゃあまた近々、楽しみにしてる」


 そう言ってラウルは去っていった。

 私ほど会話がつまらないやつもいないと思うが、楽しみだと?……よく掴めない人だ。主人公(プレイヤー)なので性格が未知数だわ。


 この後はミスビス公爵に報告にいく予定である。お待たせしたことを詫びたが、何故かフリード様は私をじっと見て動かない。


「フリード様? どうかされました?」

「……いや――――っ!?」

「どうされました!?」

「なっ……んでもない」


 なんでもないことないのは見るも明らかなので、慌てて周囲を警戒。安全は確保されている。ならばお体に異常か。ハッ!


「お顔が赤いです。熱があられるかもしれません、公爵閣下との面会は中止してすぐにお休みに――」

「なんでもない! いいから……寄るな!」


 フリード様は後退り、私を手で制した。

 主従関係は変わらないが、最近は親しみを込めて応じてくださっていたのに、突然の拒絶。泣きそう。


「私は何か失態を犯してしまったのでしょうか……」

「違う、少し、落ち着く時間がほしいんだ。別の護衛を連れてきてくれ。きみは……しばらくここにいろ」


 悲しみにうち震えていると、新たな護衛騎士がフリード様についた。

 いよいよ泣きそうな状態の私だったが、ソファに座るよう命じられ、さらに目の前に菓子と茶を準備され困惑。


「叔父上と話が終わったら戻る。ひとまずそれを食べて……休んでいろ」

「……! 承知しました」


 もしかして、ラウルの茶飲みを断った理由に気を遣ってくださったのか。お茶すら飲む時間もないと、このように休憩時間を与えてくれたと。

 私の主が優しすぎて逆に泣きそう。


 フリード様は大人しく待機命令に従う私を一瞥し、部屋から出ていこうとされたところでUターン。


「ジーン……ラウルと会うのなら、必ず早朝にするんだ。いいか、夜は、絶対に、会ってはならない」

「仰せのままに」


 やけに強調しての命令。様子がいつもと違う、レアなフリード様もまた良き。

 きっと深い意図があるのだろう。

 一瞬拒絶されたなんて疑ってしまった軽率な私をお許しください。


 一生フリード様を推して生きていきますね!



補足。

ジーン:フリードの尊さを無表情で語り続け山賊を壊滅させた。

フリード:山賊壊滅まで誰も信用していなかった。少ない女騎士はシビックが独り占めするのでジーンを男と思い込む。

ラウル:真偽を見抜く瞳を持つ。

ミスビス公爵:フリードがもう少し馬鹿なら王政やってみたかった。

ルビー:身分を鼻にかけないので部下からの信頼が厚い。

シビック:女好きは父に似た。



読了感謝。

続き(短編)書きました。

シリーズに入れてます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです(*´・ω・`)b。 フリードはやっとこジーンの性別がわかったようで何より(笑) ジーンがマイペースでフリード押し強火で途中笑わせてもらいました。 [一言] はい。 …
[良い点] さっくり倒した山賊壊滅の場面にそんな重要な話がッ!?∑(°口°๑) これは…フリード視点を希望するしかッ! 特に山賊壊滅の場面は気になります!無表情で殴ってるジーンの横で、フリード様どん…
[気になる点] 話が途中だし、現状恋愛要素薄いというかほとんどないなぁと
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