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後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりを受けて我が家が没落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第2部 第1章 今、蘇る、地獄のサバイバル

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いいずなを撃ち取りますわ!

 朝靄の中、遠くに鹿を見つけた。


 木々の間にぼんやりと突っ立っている鹿は、まだこちらに気がついていない。

 だが距離が離れており、仕留めることはできないだろう。

 

「それに、拳銃しかないもの」


 言い訳のように呟いた。


 一年前、あの恐ろしいサバイバルを経験して以来、動物を殺して食べるという行為を忌み嫌うことはなくなっていた。

 だがだからといって、積極的に狩りをして過ごしたわけでもなく、動物はあれ以来殺してはいなかった。


 どのみち、それほど長く森の中に居座るつもりはない。

 幸い今は秋で、木の実が豊富だ。獣を殺さずとも、一日や二日程度なら問題なく過ごせる自信があった。

 ヴェロニカは、すぐに戻る算段だ。ほんの少し夫に心配をさせ、反省させたらそれでいい。


 敵に追われる心配のない森の中は、楽しい行楽と相違ないだろう。


 昨晩、ロスとシャルロッテが軍に捕まったのを見届けた後、ミシェルとともに森の中を移動し、寝泊まりができそうな開けた場所を見つけ、外套を布団代わりに寝転んだ。

 それでも肌寒く、身を寄せ暖め合った。

 久しぶりの森の中での一晩。慣れないヴェロニカは早々に目を覚ました。一方のミシェルは大胆なのか図太いのか、朝まですやすやと眠っていた。


「……あれは鹿?」

「ミシェルさん、起きたのね」


 目覚めたらしいミシェルがヴェロニカの隣に並び、同じように鹿を見た。その気配に気がついたのか、鹿は後ろ足を蹴り上げ逃げていく。


 ザザっと、草をかき分ける音が遠くなって行った。


「行っちゃったわ。撃とうと思ったの?」


 普通の人間は、鹿を見ている人間がいても、撃とうと考えていたとは思い至らないだろう。ミシェルの近くに、狩猟が趣味の人間でもいるのだろうか。

 わずかな驚きを表情に出さないようにしながら、ヴェロニカは首を横に振る。


「いいえ。だって拳銃しかないし、当たりっこないわ」

「長銃ならあるわよ」


 ミシェルを見ると、確かに手に長銃を握っていた。


「馬屋にあったの。役立つかと思って持ってきちゃった」

「くすねたの?」

「えへ」


 ミシェルはペロリと舌を出す。悪びれた様子はない。


「頼りになるわね、ミシェルさん」


 ヴェロニカと同じくらいの歳に思えるが、時折見せる表情は幼い。

 明るい太陽の下で見ると、なかなか整った顔立ちをしていることが分かる。


「ミシェルでいいよ。あたしもヴェロニカって呼ぶから。銃を使えるなんて、すごいね」

「夫が元軍人なのよ。今はちょっとした商売人だけど」


 詳しい説明をすると、なかなか複雑になるため、簡潔にそれだけ答えた。


 ミシェルから長銃を受け取ると、空中に向けて構えてみる。命を奪うためだけに作られた武器は、冷たく手に馴染んだ。久しぶりに握ったが、感覚は覚えている。問題なく撃てそうだ。


 と、ミシェルがヴェロニカの肩に触れ、とある場所を指さした。


「ヴェロニカ! あそこに何かいるみたい。ほら、動いた!」


 見ると、数メートル離れた場所に、白い何かが蠢いたのが見えた。その生物は俊敏に木のうろの中に入っていく。こちらに気がついて、姿を隠したように見えた。


「うさぎかしら?」


 だったら嬉しいと思う。肉が柔らかいし、小さくて解体が楽だ。


 ミシェルと共に近寄っていくと、うさぎではないことが分かった。トカゲのように小刻みに素早く動き、蛇のような長い胴体をしている、だが毛のある哺乳類だ。

 ヴェロニカはその形に見覚えがあった。

  

「イタチかしら」

「そうね、いいずなじゃないかしら?」

 

 ミシェルが穴を覗きながら言う。白く小さな獣はしきりにこちらに威嚇する。


「いいずな? ってなあに?」

「イタチの一種だけど、小さいくせに獰猛な奴。危ないから撫でたりしないでね。噛まれるわ」


 確かにつぶらな瞳も、白く手触りの良さそうな体毛も、思わず触れてみたくなる魅力がある。


 だがミシェルは違ったようだ。


「貸して」

 

 ヴェロニカに渡した銃を再び自分の手元に持つと、迷うことなく撃ち込んだ。


 やや長めの銃声が木々の間に響き、獣の命はあっけなく散った。


  

 *



「うまっ!」


 焼かれたいいずなの肉を食らったミシェルの感嘆に、ヴェロニカは眉を顰める。

 ミシェルが持っていたマッチでたき火を起こし、あぶっただけ、調味料もない簡素な料理で、獣臭さはあるものの、新鮮な肉はおいしかった。

 しかし――。


「ねえミシェル、たびたび思ってたんだけど、曲がりなりにも女の子でしょう? そんな言葉遣い、よろしくなくってよ?」


 純粋な心配だった。社交界で一度でも悪い噂が立てば、いつまでも尾を引くのだ。


 ミシェルが眉間に皺を寄せ、煩わしそうにヴェロニカを見た。どうやら、相当な跳ねっ返り娘のようだ。

 お節介なヴェロニカはまた言う。


「それに、ナイフをいつも持ち歩いてるなんて驚いたわ。今回は確かに解体に役立ったけど、女の子らしくないと思う」


 解体は、ミシェルのナイフを借りヴェロニカが行った。久しぶりのことではあったが、我ながら上等にでき、獣はあっという間に皮と肉と内蔵に分けられた。皮は持ち帰ってロスにでも自慢してやろうと思った。


「拳銃を持ち歩いている人には言われたくないんだけど」


 そう微笑んだ後、しかしミシェルは吐き捨てるように言う。


「女らしく、男らしくって言葉、大嫌いだ、くだらない。自分らしくいるのが一番好きよ」

 

 ヴェロニカを見て、また笑う。


「ありのままで、ね。あなたも、どっちかって言うとそんな感じでしょう?」

「チェチーリアがよくそんな歌を歌ってるわね」


 だけど、と考えずにはいられない。


 ありのままでいて本当にいいのかしら。

 ありのままの自分でいたら、夫は浮気をしたんだけど。


(ロスはもう、釈放されたかしら? わたしを心配して、また森に来てくれるかしら……)


 でもあいつは浮気をしたし、簡単には許したくない。だけど、来てくれたら、やっぱり嬉しい。

 ヴェロニカの心は対極に揺れていた。


「ミシェルって……」


 気を取り直し、傍の少女に声をかける。話題を変えたかった。なに? と彼女は顔を上げた。


「大天使ミカエル様の名前ね」

「そうよ。貧乏な両親がせめて名前だけでも良くしようと見栄を張ったの」


 ヴェロニカは疑問に思う。


「あれ? ご両親はお金持ちじゃないの?」

「つまり、昔は貧乏だったってこと!」


 なるほどと思いつつ、言った。


「ミシェルってとてもいい名前よ」

「天使の名前なんて、自分には似合わない」

「そんなことないわよ! 勇敢で偉大な人間になってほしいって、ご両親がプレゼントしてくれたものだわ。とても優しい祈りと想いが込められているのよ。それにあなたは素敵な人よ。名前のとおりにね?」


 束の間、ミシェルはヴェロニカの顔を驚いたように凝視した。


「びっくりした。姉と同じようなことを言うから」

「お姉様がいるのね」

「うん、とびきり美人で優しい。ずっと大切な人よ」


 大好きなものを思い浮かべるように、ミシェルは幸せそうに微笑む。その表情を見て、ヴェロニカの胸は温かくなった。


(チェリーリアもわたしをそう思ってくれているといいな――)


 木の上に捧げられた小さな獣の心臓が、ゆっくりと熱を失っていった。

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