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後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりを受けて我が家が没落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第2部 第1章 今、蘇る、地獄のサバイバル

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ブルースってちょっぴり切ない歌なのですわ!

 * 十数年前――…… * 



 地面を流れる赤い血が、靴の先までやってきて、思わず一歩退いた。


 握る銃口からは、真新しい煙が立ち昇った。

 手はまだ微かに震えている。

 人を殺したのは初めてだった。


 木々の間から生暖かい水滴が落ちてきた。今撃ち殺した男たちの血液のように感じられる。空は暗い。森もまた、暗かった。


 傍らに立つ浅黒い肌の少年は、既に銃をしまっている。

 まるで今起きたことなど、うんざりするほど繰り返された朝のルーティンであるかのように無感動だった。


「……助かったよ。ありがとう」


 かろうじて伝えた礼にも、こちらをチラリと見ただけだ。


 変わった奴だ、と思う。


 一体戦場で何人撃てば、それほどまでに平常心でいられるのだろう。


「君が目撃していて助かった。神が味方したんだろうな」


 少年は馬鹿にしたように言う。


「やっぱりてめえはボンボンだ」


 歳の頃は同じだろうが、彼の声は一層低く感じられた。

 興味が失せたのか、初めからなかったのか、やがてふらりと歩き始める。


「待て、どこへ行く」

「ここ以外の場所へ」

「俺と来い」

 

 立ち止まり、彼は振り返る。

 夜の湖面のように澄んだ黒い瞳が、遅れて向けられた。


「やめた方がいいぜ。俺のような見た目の奴はあまり人に好かれない」


 見るからに、この国の人種ではないと分かる風貌。人の心の内まで見透かしているような、黒い瞳。見据えられ、ひやりと体が冷えた。


「世の中、悪人ばかりじゃないさ。現に俺は君を好きだと思う」

「貴族の飼い犬になる気はない」

「まさか、友人になろう。俺はアーサー・ブルース」

 

 命を救う仕事をしていたはずが、逆に奪い取った。

 殺さなければ死んでいた。仕方のないことだった。

 だが体は昂っていた。恐怖と興奮――そして達成感に。


 生と死を、今の瞬間理解したと思った。


 世でまかり通る道徳や常識と言った同調圧力が、いかに無能であるかを知った。


 隣にいる少年も、自分と同じ境地に辿り着いたと信じた。


 だからこそ、相変わらず感情の伴わない瞳に向かい再び問うた。


「君、名はなんという」


 毛色の違う少年は、初めてわずかに微笑んだ。



 * * *



 吐き気を誘う死臭の中に、ロスは一人立っていた。うめき声を上げる死に損ないに、弾を撃ち込みとどめをさす。


 勘は鈍っていないようだ。

 敵は殲滅した。


 自分の力量さえ分からない者たちは、愚かにもロスに戦いを挑み、そして死んでいった。

 

 シャルロッテは顔面蒼白のまま震えている。その表情に、気付かないフリをして側を離れた。


 軍を離れて、数ヶ月経っていた。

 人殺しに戻ったのは久しぶりだった。


(ああ、そういえば、こんな感じだったか――)


 感慨はない。心は揺れない。悲しみも、高揚も生まれない。

 今日も自分は生き延びたのだと、ただそれだけを思っていた兵士の時代。


 馬鹿のように明るい月が、地面に流れる赤い液体を照らしていた。鼻腔に匂いが入ってきたとき、自分がここにいる理由を思い出す。


「ヴェロニカ!」


 見張りがいた小屋を開けると、馬が数頭つながれているのが見え、柱の付近に解かれた縄を確認した。


 だが、中には誰もいなかった。


 それでもロスは、ここに確かにヴェロニカがいたのだと悟った。


「……あの女」



 ――親愛なる浮気者へ。

 たっぷり反省するといいわ。わたしは好きに生きることにしたので、しばらく帰らないから、よろしく!



 土の上に、そう書かれていたからだ。


 小屋の窓を見上げる。人一人くらいなら通り抜けできそうだ。


(ここから外に出たか)


 書き置きは、ロスがここに来てから記されたものには間違いない。ならまだそう遠くには行っていないはずだ。


 その時に目に入る。地面の上の、別の気配が。


「もう一人いたのか……?」


 ヴェロニカの足跡と重なるように、女物の靴の痕跡があった。またしても奇妙な足跡だ。


 これはまるで――。

 不吉な予感が胸をよぎる。


 早く見つけ、何がなんでも連れ帰ろう。

 それが一番良い。


 だがロスが小屋を出たとき大量の人間の気配に気付く。

 瞬間、未だ外で震えていたシャルロッテを小屋の中に引き込んだ。


「きゃ……!」


 扉を閉めると、途端暗くなった。窓から差し込む月の光が馬と少女を照らし出す。


 気配が小屋を取り囲む。無数の人間たちが、森の中からゆっくりと、近づいているのを感じた。


(残党か)

 

 動きからして、統制が取れた者たちには違いない。今殺した奴らよりも、幾ばくか格が上だ。

 

 だが数人が集落内に入るのを窓から見た時、ロスは両手を挙げ、小屋を出た。

 

 瞬時に銃口が向けられる。しかし――


「止せ! 撃つな!」


 一人の男がそれを制した。


 現れた男たちの顔は知らないが、制服からして国軍だ。先ほど交戦した者たちのように、有象無象の詰め合わせではない。


 その中の一人が、ロスに向かって一歩進み、心底嬉しそうに笑った。

 

(くそったれ)


 知っている男だった。


 軍人らしく、体つきはよい。濃い茶の髪は丁寧に整えられており、軍服には汚れ一つ着いていない。 

 恵まれた地位と外見がありながら、なぜか軍人となった変わり者。家柄のせいで出世も早い。


 こいつが国軍の統括者か。


「アーサー・ブルース……」


 名を呼ぶと、彼は嬉しそうに破顔した。

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