泥棒猫は許せないのですわ!
――。
――――。
「……ヴェロニカさん!」
押し殺したミシェルの声で、緩やかなまどろみから目を覚ます。
「どうしたの?」
ミシェルは背伸びをして馬屋の外を見つめていた。顔は険しく、ただ事ではないと思わせた。初めて会った人間だが、男たちに気付かれないように縄を解いてくれた彼女に、心を許し始めていた。
「……何か音がするわ」
刹那だった。
“何か音がする”レベルではない鋭い音が小屋の外に木霊する。
――バン。
聞き覚えのある音だ。
(銃声だわ!)
続いて怒号。
またしても銃声。
驚いたのか、馬たちが暴れ出す。
ヴェロニカも立ち上がった。
確信していた。
(ロスが、わたしを救いに来たんだわ!)
自分はここにいると、彼に知らせなければ。扉の外には見張りがいる。
だからミシェルと同じように、窓から外を見――愕然とした。
「な、なんであの女がいるのよ……!」
別の小屋の影に隠れ、男たちを殺しているロスの姿が見える。背後に例の浮気相手を伴って。
妻の救出に、愛人を伴ってやってくるとはあいつは底なしの馬鹿なんじゃないのか。
先ほど感じた愛情は煙のように消え去った。
だが反応したのはヴェロニカだけではなかった。
「嘘、シャルロッテ……?」
ミシェルが呼んだ、馴染みのない名前を復唱する。
「シャルロッテって?」
もしやそれは、あの泥棒猫のことなのか。
「どうしてあなたがあの子の名前を知ってるの?」
「……友達なのよ」
ミシェルは猫のように目を細めた。
「まさかここにいるとは思わなかったけど」
意味がありげな表情に、単なる友人に向ける感情ではないように思えた。だがヴェロニカはやぼなことを聞きはしない。
女の友情というものは、得てして複雑であるからだ。
だから気付かないふりをしてあげ、その場を離れる。ヴェロニカなりの気遣いだったが、ミシェルの方は放っておいてはくれなかった。ヴェロニカがこれからしようとすることに気がつき、目を見開く。
「ちょ……どこに行くの!?」
「逃げるのよ」
ヴェロニカは、ロスがいる場所とは反対方向にある窓枠に手をかけよじ登ろうとしていた。ミシェルが駆け寄り、更なる疑問の声を上げる。
「な、なんで? だってあなたの夫が助けに来てるのに!」
「あの女と一緒なんて許せない。だから会いたくないわ」
それに会って……もし「もうお前を愛していない」と面と向かって言われたら? 想像しただけで恐ろしかった。
動揺を悟られないように、ミシェルに声をかける。
「手伝ってくれる?」
一人だけの力では、窓から外に出られそうにない。
「いいけど……ほら!」
ミシェルはヴェロニカの腰を支え持ち上げる。体は簡単に窓に乗り上げた。意外にも力持ちだ。
外の男たちは銃撃戦に夢中だ。誰もヴェロニカたちのことなど気にしてはいないだろう。ロスが彼らを始末する前に、森の中へ姿を隠そう。
「ちょっと待って!」
外に着地する前にあることに思い至り、ヴェロニカは小屋にまた戻る。騒々しい人、とミシェルが呟いたが気にしない。
「書き置きを残すわ」
「誰に?」
「夫に。……なんて書こうかしら?」
考えた末、指で地面に文字を書いた。
これを見た時、彼はどんな反応をするだろう。想像すると愉快だった。




