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クオーレツィオーネ夫妻の災難(前編)

一度消してしまった短編になります。続編を書くにあたり、やっぱりあった方がいいかなと思い、少し修正してまた投稿しました。


ロス視点の前後編です。

「だから早めに準備しとけと再三言ったんだ」


 ヴェロニカのコルセットを締め上げながら、ロスは舌打ちをした。


「遅刻だ。こうなることは目に見えていた」

「だって女の子は準備に時間がかかるのよ。あなたみたいに顔も洗わず服だけ着て完成じゃないんだから!」

「お言葉だが顔は洗っている」


 机に手を着いて背中を締め上げさせているヴェロニカは顔だけを横に向け、大きな瞳でロスを見た。


「痛っ! ちょっと、締めすぎよ!」

「お前がもっとやれと言ったんだろう」

「でも肋骨が折れたわ。変な音がしたもの」

「骨が折れた人間はそんなに元気に文句を言えん」

「だからって、あなたのゴリラ並みの腕力で締められちゃ、悲鳴をあげるというものよ。あのね? 女の子の体は繊細なの。もっと大事に扱ってくれなきゃ困るわ」


 もはやこれ以上の言い合いは無駄だと判断し、適当なところでコルセットの紐を結ぶ。

 その態度が気にくわなかったのか、ヴェロニカはさらに問い詰める。


「準備に時間がかかるのはあなたのためでもあるのよ? 自分の妻が化粧もしない、適当な服で、スタイルも悪くて、ぼさぼさの髪型で食事会に出てもいいの? みすぼらしい、ぶすになるわよ!」


 まったくよく回る口だ、と思いながらロスは答えた。


「一向に構わん」

「へえ!?」


 ヴェロニカの大きな目が更に大きく見開かれる。

 

「良くもそんなことが言えるわね! わたしが大切じゃないわけ!?」

「別に、外見に惚れたわけじゃねえからな」

「え……」


 純然たる事実を述べると、ヴェロニカは黙った。顔はますます赤い。


 ふと足元に子犬がまとわりついてきた。


 ロスはその毛玉たちを撫でた。溺愛する愛犬アルテミスが先日産んだ四匹の子犬は、二人暮らしにも騒々しさを足してくれる。

 

「……本当にそう思ってる?」

「いや、馬車を飛ばせば間に合いそうだ。だがどうかな、近頃御者に扮して客を襲う強盗がいると噂だ。時間がかかるが、馴染みの馬車を呼んだ方がいいな」


 窓の外に浮かぶまだ午前の太陽を見つめながら返答した。瞬間ヴェロニカは不思議そうな顔をしたが、すでに機嫌は直ったらしい。満面の笑みで言った。


「いいえ? グレイの家族との初の顔合わせだもの! 姉として遅れる訳にはいかないわ! 急ぎましょう!」



 *



 二人が住む王都の一室から、グレイの生家ベルガモット家までは馬車で一時間ほどだ。


 グレイは父親と上手く行っていないと聞いていたが、チェチーリアの素直で明るい性格が相手家族に気に入られたらしい。

 彼女がグレイ家族の仲を取り持ったというのだから、あの少年の女を見る目は相当なものだろう。ロスは彼の誠実そうな姿を思い浮かべながら思った。


 婚約は恐ろしいほどすんなりと進み、親同士は既に顔を数回合わせているという。此度の昼食会は兄弟姉妹も含めた正式な顔合わせなのだ。


「あちらのご両親はわたしたち夫婦に会いたがってくださっているの。グレイとチェチーリアは、良い風に話してくれているみたいだから」

 

 天井も壁もない、椅子だけある質素な作りの辻馬車を拾い、乗り込むなりヴェロニカがそう言った。


 夫婦という言葉を聞くたびに、ロスは不思議な心持ちになる。「妻」という存在を一生のうちに一度でも持つことになるなどと、つい数か月前までは考えもしなかった。


 自分の女を見る目は果たしてどうだろうか。風景を楽しむ傍らの妻を盗み見る。


 口元には笑みを浮かべ、機嫌良さげに鼻歌を歌う。この女に出会ったが運の尽き、あの森の中で、ロスもまた人生を変えられてしまった。良くも悪くも――。


 と、馬車が大きな音を立て揺れ始める。見ると狭く、かなりの悪路だ。ベルガモット家へ至る道はここを通る必要はないはずだ。


「おい、迷ってるわけじゃないだろうな」

 

 咎めるように御者に言うと、反論は隣から聞こえてきた。


「よしてよ! お客さんの相手をする商売の方に、そうやって強気な態度にでる男は嫌いだわ。

 ……ごめんなさいね? この人、見た目通り口が悪くて」


 外面だけはいいヴェロニカに、気にしていません近道なんですよ、と御者は言う。


「お二人は、夫婦でいらっしゃるんで?」

「ええそうよ」

「気品があふれ出ていらっしゃる。もしや貴族のお方でしょうか」

「ええ。でもわたしは仕事もしているわ。夫は働いていないけど」


 ほほう、と御者は頷き、意味ありげにロスを横目で見る。金持ちの娘にヒモの旦那。そう思われたのだろうか。


「簡単に働いていないと言ってくれるが、まさか俺が仕事を辞めた経緯を忘れたわけじゃねえだろうな」

「もちろん忘れてないわ。あなたの浮気も」

「してねえ!」


 たまらず叫んだ。


 一般的に見れば、ロス・クオーレツィオーネは勝ち組だ。一介の軍人が伯爵令嬢と結ばれ婿養子に入ったのだから。

 だがそれは、実情を知らない者の妄想に過ぎない。


 謹慎が解け、ようやく軍に戻れたかと思った矢先、用事があり女の上司と街を歩いていたところをヴェロニカに目撃され、浮気だと勘違いした彼女が怒り狂い、そのままの勢いで軍に単身乗り込み、仕舞いにはロスに仕事を止めろと迫った。

 クオーレツィオーネ家に睨まれたくない上司は言われるがまま、数時間後にはロスの首を切ったのだ。


 つまるところ、今のロスは無職なのである。


「あのせいで、俺は周囲から白い目で見られるようになった」

「世間体を気にするなんて、あなたって案外普通の男だわ」

 

 しれっとした顔でそう言うのだから小憎たらしい。


「世間知らずの伯爵令嬢には分からないと思うが、職がないということは、俺のような普通の男にとって耐え難い苦痛になるんだぜ」

「気にしなくていいのに。我が家の資産を知ってる? 本当のことを言えばわたしだって働く必要はないのよ」

「お前の父親の財産であって、俺の財産じゃねえだろ」

「だったら、退職金で商売でも初めてみたら?」

「俺がか? 軍人以外の生き方なんぞ知らん」

「軍人なんて危険だわ。どうしてそんなに固執するの?」


 ロスを見つめるヴェロニカの顔に、はっと怒りが沸くのが分かった。

 

「やっぱりあの女と浮気していたのね!?」

「あのなヴェロニカ。言ったと思うが、あのベスは」

「ベスって! 愛称で呼ぶほど仲がいいのね!?」

「ベスってのはエリザベスのあだ名じゃない、あの女のファミリーネームだ!」


 思わず声を荒げる。潔白であったし、なんとも思っていない女との浮気を疑われるのは辛抱ならなかった。いくらロスにだって、プライドというものがある。


「でも仲良く笑いながら道を歩いていたわ!」

 

 ヴェロニカは譲らない。馬車が更なる悪路に入ったのか、揺れるたびに機嫌が悪くなっていくようだ。


「お前は俺が愛想笑いの一つもできない男だと思っているようだが、上司のつまらん話に笑うことくらいできるんだ」

「嘘よ! だって、あなたったらすごく楽しそうだったじゃない! ……本当はああいう女性と結婚したかったんじゃないの?」

「俺に結婚願望はなかった。お前との結婚は予定外だ」


 口を滑らせたと思った時にはもう遅い。


「予定外ですって!?」

 

 ガタリ、と馬車まで止まった。不審に思い周囲を見渡そうとしたが、胸倉を鷲掴みにされ叶わない。

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