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後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりを受けて我が家が没落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第1部 最終章 嗚呼、素晴らしき哉、サバイバル

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罪の決着ですわ!

 ジェシカが歪んだ笑みを見せベッドから体を起こしたのを、見張りの兵に取り押さえられる。そうでなければ、今にもロスに掴みかかっていただろう。


「お兄ちゃんがあの女を救うためにあんたを雇ったんだ! あんたが引き受けなきゃ、全部上手く行ったのに、計画はめちゃくちゃになった!」

「ひどい言いようだな? 傷つくぜ。お前達の不手際を俺のせいにするなんて」


 別に掴みかかられたとしても構わない。小娘にやられるほど柔ではなかった。


「あの女が生きてるから、お兄ちゃんは婚約を破棄しなかった! それが許せなかった」

「なるほど」


 と軍の幹部が得心したように言った。


「それでロス、お前はジョーとシドニアの企みに気がつき、伯爵家を救おうと画策していたのか」

「もちろん。それに忘れてくれるな、A国も救った」


 しれっと認める。幹部はジェシカに向き直り言った。


「だがよくもまあ、ぺらぺらと話したものだな」


 彼女は笑う。


「あたしがこうして全部話したのはね。お兄ちゃんが真に愛しているのはあたしだけって、あんたたちに証明するためよ。あの目障りな女、ヴェロニカじゃなくてね」


 そう言ってから、前触れもなく突然服を脱ぎ、肌を露出させた。さすがの男達も一瞬の間、動くことができなかった。


 ――彼女の肌には、古いものから真新しいものまで、無数の傷があったのだ。


 幼さの残る美しい少女の白い皮膚に、あまりにも似つかわしくない無惨な傷跡。中には相当深いものまである。見張りの兵士が、う、とうめき声を上げのけぞった。


 ロスはジョーの異常さを改めて知る。


「動物を虐待してたお兄ちゃんはますます酷くなった。でもあたしは耐えられた。お兄ちゃんにとって、愛って痛みだったから。虫や動物を殺してたのも、全部愛してたからなの。あたしはこの世界でたった一人、お兄ちゃんだけを愛しているから、どんな愛でも嬉しかった」


 うっとりと彼女が言う。

 欲望のまま彼女を折檻し続けたのは、他ならぬジョーだ。二人以外の世界を知らない彼女は、それこそが愛だと思い込んだ。

 まるで理解できない、とロスは思った。


「よかったな。念願叶って二人仲良く永遠に、死ぬまで牢獄暮らしだ」


 そう告げると、幹部の男も頷きジェシカに言った。


「ゆっくりと犯した罪と向き合うんだ。人を欺いた罪と」

 

 ジェシカは笑う。


「なによ。みんな、嘘をついてるじゃない。賢い振り、仲良しな振り、偉い振り……。どんな聖人だって人を出し抜きたくて内面ドロドロしているのに、どうしてあたしたちだけが望んじゃいけないの。どうして求めちゃいけないの」


 今になっても少女は罪を罪と思わないらしかった。幼い頃からの歪んだ価値観は、そう簡単には変わらない。

 もう聞き出すことは聞き出した。ロスは病室を去る。出て行く際、呟かれた言葉が耳に残っていた。


「だけど、なんでレオンはあの時、あたしを庇ったんだろう……」


 その意味を、ジェシカはこれから考え続けることになるのだろう。



 * * *



 ロスの話を聞いて、ヴェロニカはアルベルトと名乗っていた青年を思った。それは他の者も同じだったようで、代表するようにしてグレイが尋ねる。


「ジョーって奴は、どうしてるんです?」

「あいつは口を閉ざした」


 答えたのはヒューだった。彼にしては珍しく渋い表情のままチラリとロスを伺い、何やら視線で会話を交わした後で、結局はそのまま言った。


「頭がおかしくなったんですよ。今じゃ、簀巻(すま)き状態」


 簀巻き状態が分からず、ロスに助けを求めると、彼もまた言いにくそうに言った。


「希死念慮が強く……拘束されている。話を聞き出そうとしても暴れるから、看守が手を焼いてるらしい。意味不明の言葉を呟き続けて、ろくな会話もできない」


 キシネンリョ……聞き慣れない言葉を口の中で繰り返す。

 首を絞められた時、恐ろしく思うと同時に、そうせずにはいられなかった彼がひどく悲しかった。

 失神したヴェロニカの周りの切り刻まれたソファーに残る鋭い刃の跡が、そのまま彼の叫びのように感じられた。


 いつか彼は、家族は呪いだと言っていた。シドニア(義父)を思ったのか、あるいはジェシカ(妹になった少女)のことだったのかもしれない。逃れられないしがらみの中に、彼もいた。

 だけど結局、彼がヴェロニカを殺すことができなかったのも、ジェシカを撃ったシドニアを憎み殺したのも、同じ感情故だと信じたい。

 人が当たり前に持っている、その感情が彼にも確かにあったのだと。

 もう決して言葉を交わすことはない。真実は、誰にも分からない。

 だとしても、いつもヴェロニカに向けられていた、彼のあの、優しく柔らかな笑みは、本物だったと思いたかった。


 ヴェロニカの手の震えを止めるようにふと、大きな手が触れた。思考が遠い世界から今に戻る。

 ロスを見ると目線は前を向いているものの、その手はしっかりとヴェロニカの手を握りしめていた。ヴェロニカも、きつくその手を握り返す。


「全てはわたくしのせいなのです……」


 ずっと黙っていたチェチーリアがひどく暗い顔をしながらしょんぼりと言う。


「わたくしが熱病になって、お父様が薬を手配してくれたから、薬が足りなくなって、本当のアルベルトは亡くなってしまったんでしょう?

 それに、前世の記憶を取り戻して、普通だったら馬鹿げていると思われるような妄想を、ためらいなくジョーに話してしまったから、今回のことが起きてしまったのです」

「チェチーリア。お前のせいじゃないさ」


 カルロが慰める。ヴェロニカも同意する。

 確信がある。本当に、妹のせいではない。むしろ、彼女のおかげだと思えた。


「チェチーリアが、わたしを助けてくれたのよ」


 そう言うと、チェチーリアは今にも泣きそうな顔でヴェロニカを見た。


「わたくしが?」

「ええ。だって、あなたが前世の記憶ばかり語るから、わたしは家が嫌になって、鬱屈した感情で虫を殺したの。一応言っておくと一度だけよ? でも、それがジョーの共感を得るきっかけになった」


 彼はヴェロニカを同士と思い、依存した。ヴェロニカもまた、彼に依存した。


「だから彼は、わたしを殺さなかった。ゲームのシナリオどおりだったら、わたしは登場しなかったんでしょう? とっくにジョーに殺されていたんだわ」

 

 変化はまだある。

 ジョーはヴェロニカを手放したくなかった。だからゲームと違ってヴェロニカの存在するこの世界では、あと少しで彼と結婚するはずだった。


「ゲームのシナリオだったらチェチーリアは二年後に婚約破棄になるはずだった。でも早まったわ。それはどうしてだか、分かる?」

「そうか」


 合点がいったように、ロスが言った。


「ジェシカは、ジョーを愛していたから、奴の結婚をどんな手を使っても止めなければならなかった。それで計画を早める必要があった。

 クオーレツィオーネ家が没落すれば、自然、ヴェロニカの婚約も破棄されるはずだと。そうすれば、ジョーは自分のものになると考えたわけだ」

「でしょうね。でも本来じっくりと時間をかけて行うはずだったことだから、準備不足のまま進んでしまった。レオン殿下もチェチーリアに気持ちを残したままだったし。お父様の裁判も、証拠が揃わずに思ったよりも進まない。結果、やっぱり上手く行かなかった」


 歯車は激しく狂い、狂ったまま動き出した。初めから壊れた車輪の先に待つのは当然、破滅だ。


 だからヴェロニカが生きていて、そして家族がこうして揃って食事をできるのは、狂い出した歯車の張本人、他ならぬこの妹がいたからだ。


「やっぱり、あなたのおかげなのよ」

「うわーん、お姉さまあ!」


 チェチーリアは遂に泣き出した。カルロがその肩を抱きよしよしと慰める。


「レオン様はジェシカの企みに気がついていたのかな」


 グレイが主君を思い口を開いた。

 確かにあの時、レオンは抵抗なくジェシカを拘束させた。どこか思うところはあったのかも知れない。


「ジェシカが婚約式の前日に、ジョーと城で会ってたようだ。それをレオンは見た、という」


 ロスが言う。


「本当かどうかは分からん。まさか王子に事情聴取ともいかないからな。……だとしたら、浅はかだ。一国の王子としては致命的な阿呆だな」


 危険因子から目を背け、自分の感情を優先させるなど国を守る者としては失格だ、と言いたいらしい。険しい表情のまま、「だが」と続ける。


「人としては、嫌いにはなれん」


 ロスの言葉に、ヴェロニカもレオンを思った。

 小さい頃、情けなくて泣き虫だった彼は、大人になって、王族に相応しい人物になろうと、誰よりも強くあらなければと思ったのだろう。その正義感を利用されたと思うと義理の姉になりかけた身としては同情もする。


「そのレオン様ですが」


 主君を罵られても平然としているヒューはレオンのこれからを告げる。


「異国に留学することになりそうですよ。こんな騒ぎがあっちゃ居づらいだろうし、なにより陛下の逆鱗に触れちゃって……。

 チェチーリアちゃんと婚約をやり直そうともさせたみたいだけど……もうそうも行かないだろう?」


 ヒューはチェチーリアとグレイを意味ありげに見比べてため息をつく。二人は束の間見つめ合い、同時に頬を染めて俯いた。


「仕方ないから、オレも留学に付き合うことにした」

「そうなのか?」


 知らなかったらしく、グレイが驚く。


「ああ。百戦錬磨のオレがいれば、もう女に騙されることもないだろ? それに、確かにちょっと向こう見ずな人だけど、あれでいて、めちゃめちゃ純粋で、友人思いで、いいところもある。ほっとけないよ。オレにとっちゃ大事な(あるじ)だからなあ」


 ヒューはやや照れくさそうに言い、そしてまた別の事に思い至ったらしい。


「でもようやく分かった。シドニアとジェシカの密会を見たとき、なんて言ってたのかずっと気になってたんだ。

 『彼はきっと、裏切っているわ! このままだと計画が台無しになる』ってところかな。彼女の復讐心は強かったんだろうし、ジョーを手に入れるためには計画はなんとしてでも成功させなければならなかったんだろうから」


 彼は一人納得すると、まるで百面相のように今度は腑に落ちない、といった表情になった。 


「だけど分からないな。ヴェロニカさんが虫を殺したからって何なんです? 子供なんて皆そんな感じでしょう。オレなんて、ありんこを百匹捕まえて、バケツに浮かべて遊んでましたよ! ジョーは結局、初めからそういう奴で、ヴェロニカさんを言い訳に使ったに決まってます!」


 ヒューの場違いに明るいその言葉がきっかけだった。悲しい話は終わり、和やかな雰囲気が訪れた。

 ここからは、ひたすらに楽しいパーティになる。美味しい料理とお酒、そして大好きな家族と友人達とひたすらに話す夜。

 ヴェロニカも大いに笑う。

 なぜなら今日はクリスマス、大切な人たちと過ごす、とびきり楽しい日であるからだ。


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