別れの時が来ましたわ!
銃の手入れをしようと一晩中客間にいたが、一番初めにやってきたのはカルロだった。夜はまだ続いていたが、眠れずにいたようだ。
ロスを見ると満面の笑みになり、勝手に持ち出したらしい酒をみせた。仕方なく付き合う。そこから延々と娘二人の話を聞かされ続けた。
生まれた日、初めて歩いた日、初めてしゃべった日、とにかく、いかに二人が素晴らしく、愛らしく、美しく、頭がよいかひたすら一方的に語られた。胸焼けがしたのは酒のせいだけではないはずだ。
「チェチーリアが流行病にかかったときが一番大変だったなあ。妻が亡くなってすぐだったからね。悲しんだとも。覚えがあるだろう? あの熱病で何人も死んだ。薬が手に入ったときは、胸を撫で下ろしたよ。
ああ、あの時の陛下はあれほど優しかったのに……うう、なぜ今こうなってしまったんだあああ……」
「おいおっさん、飲み過ぎだ」
ついに泣き始めたカルロから酒瓶を取り上げる。
「私だってね、妻に先立たれて、チェチーリアの病気、そしてヴェロニカの……。いや、それはいいんだ。だが私だってね、常軌を逸した長女と妄想に囚われた次女を一人前の淑女に育てるためには威圧でねじ伏せるしか無かったのは心苦しかったんだ。私だってね、努力してきたんだよぉ」
ロスは呆れた。全くこの男のどこが威厳ある父親なんだ? ヴェロニカがいつか語った父親像はどこに行った。
わめいた後、カルロは大きないびきをかいて寝始めた。
次にやってきたのはグレイだった。落ち着かない表情をしながらロスの目の前に遠慮なく座る。カルロを見てぎょっとしたが、深い眠りについている様子を見て安心したようだ。神妙な顔をして言った。
「チェチーリアが一つ屋根の下にいると思うと眠れなくて」
「森じゃ隣で寝てたんだろ? 今更なにを」
「屋根や壁がある場所だと違うんですよ!」
そこからグレイはどれほどチェチーリアが素晴らしい人間かを語る。かなり主観的な上に元々興味もないためロスは聞き流すが、話が恋愛相談に及んだので、いい加減にかったるくなり、適当に言う。
「チャンスは修道院だったな。家族と離れ心細い少女に、キスの一つでもくれてやればよかったんだ」
「無防備で傷ついている女性の弱みにつけ込むなんてできませんよ。あなただって、そんなことしないでしょう?」
……したような気もする。
だがあまりにも誠実な彼に、ロスは黙らざるを得なかった。
次に来たのはチェチーリアだった。
眠るカルロと、話すロスとグレイを見つけると部屋に入ってきた。眠ったものの、目が覚めそのまま冴えてしまったため水でも飲もうとやってきたのだという。
「お姉様は言っていました。きっと我が家を陥れたのは、シドニア・アルフォルト公爵だろうと。わたくしはもしかするとアルベルトも敵側なのかと思ったのですが、味方の中の味方でしたわね。これもお姉様への愛ですわ。乙女ゲームのシナリオとは違いますけど、これもまた運命が変わった結果なのでしょう」
「なんだ、乙女ゲームって」
カルロとグレイの話適当に聞き流しただけだったが、初めて聞く単語には興味を持つ。うら若き乙女たちの間で流行っている遊びか。
だが詳細を聞いてみると、前世だの、この世界はゲームだの、自分は悪役令嬢だのと頭がおかしくなりそうな話の連続だった。黙っていると攻略キャラの良さを話す。
「わかったわかった。子供の空想遊びはもう十分だ」
その言い方にチェチーリアはカチンと来たようだ。頭に血が上りやすいのは姉妹一緒らしい。
「言っておきますけれども、わたくしは前世と今世、合計したらあなたよりもお姉さんなのですよ!」
どう見ても十代半ばの少女は口を尖らせてロスに言う。少なくとも度胸のある奴だとは思った。
「ふぁ、気にしないでくれたまえロス君。この子はこういう子なんだ。親としては少し心配なんだがね、そんな所もちょっと抜けててかわいいだろう?」
目を覚ましたカルロが夢半ばのようだ。口からはまだ酒の匂いが漂っていた。
「チェチーリア。オレは信じているからな!」
グレイがすかさず反応した。グレイの熱気に押されたのかチェチーリアは乙女ゲームの話を続ける。
「隠しキャラはきっとアルベルトなのですわ。どんなストーリーなのでしょう。属性も気になります。誠実さだとグレイと被るし、貴族でもレオン様が上位互換だし……」
続く少女の言葉にロスは頭痛を覚え、グレイはなんとか話に付いていこうとし、カルロはまたいびきをかきはじめた。
客間はまさに混沌と化した。銃の手入れはあまり進まなかった。
東の空がわずかに白んできた時に、ヴェロニカとアルベルトが共だって降りてきた。
「今から王宮へ行ってきます」
主にカルロへ向けて、アルベルトが言った。
その隣のヴェロニカはすまし顔をしている。アルベルトの屋敷に置いてあったのか、上等な服を着て化粧をしているその姿は、初めて会った日に見たような立派なご令嬢だ。泥だらけで喚きながら走り回っていたなど考えられないほど。
「どのような証拠を突きつけるのですか?」
チェチーリアがアルベルトに尋ねる。
「二重帳簿だよ。領地経営やその他の事業だけじゃ手に入らないほどの莫大な金が、父の懐に入っていた。それを手に入れたんだ。グルーニャ家の古株の使用人も既に押さえている。父がグルーニャ家当主に度々金を渡し、ミーアを操っていたということを証言してくれる。それに……」
言葉を切った彼は、小さく頷きしっかりと答える。
「父は逃げた。それが動かぬ証拠だ」
しん、と部屋は静まり返る。この青年は、これから父を告発する。文句のつけようがない勇気ある行動だ。
皆思うところがあるのだろう、重い沈黙が漂った。
「ロス」
沈黙を破ったのは、ヴェロニカだった。急に名前を呼ばれたロスが見ると、静かな瞳がそこにあった。すまし顔のまま、きつい声を発する。
「あなたに未練はないわ。あなたがわたしに好意があると気づいた時、不思議ね、気持ちがすっかり冷めてしまったの。どうしてあそこまで執着していたのか今では分からない」
一同の視線が、ロスに集まる。疑問が確信へと変わっていく。
やはり森で、二人の間に何かがあった。しかし真正面から問いただす野暮なことをする人間も、またいなかった。彼女の隣のアルベルトを見る。なんとも思ってなさそうな顔でヴェロニカの言葉を聞いていた。
かつてアルベルトが命じたとき、ロスとて、本当にこの柔和そうな青年がシドニアに勝てると信じてるわけではなかった。理想主義だと思いつつも、面白いと感じ、彼の誘いに乗ったのだ。A国に嫌気が差していたのもある。
しかし結果として、アルベルトは見事それをほぼ完了しかけている。心からの称賛を送る他、できることはない。
いかにヴェロニカを大切に思っていたとしても、家柄も財産も人間性も、何もかもにおいて、ロスはアルベルトに劣っていた。勝負するでもなく勝敗は決まっているのだ。
「……そうか」
実に短く答える。それ以外、どう反応すればいいのか判断できなかった。
「アルベルトと一緒に国王陛下の前で証言するわ。わたしたち一家を陥れたのはシドニア・アルフォルトだって。怖くないわ。脅威は全て去ったもの」
「頑張れよ」
またしても短く返答した。
「おっと」と口を開いたのは今度はアルベルトだった。
「机の上の銃を、しまっておいてくれと言ったじゃないか。危ないし、もう必要ないだろう?」
アルベルトは銃を出しておくのが相当気にくわないらしい。あるいは、気にくわないのはロス本人か。
ヴェロニカが初めて気がついたように机の上の銃を見る。瞳がキラリと光ったような気がした。
それから、つかつかと歩み寄ってくる。
何をする気か、真意を図りかねて見守っていると、そのまま銃達を乱雑に机から全て床に落とした。ガシャリと音を立ててそれらは落ちる。幸いにして暴発などはしない。
「何をする! 危ないだろう!」
ロスが非難の声を上げるのは当然だったが、ヴェロニカはむしろ鼻で笑ったようだ。
「こんなもの、もういらないわ」
さらに言い返そうとしたところで胸ぐらを掴まれた。突然のこと、ロスは反応できなかった。視線が交差する。睨み付けるような彼女の強い瞳にはなんらかの意志が宿っていたが、ではそれがなんであるのか、考えはさっぱり読めない。
「皆を、頼んだわよ」
ぱっと服を放し微笑むヴェロニカに、微かな違和感を覚えながらもロスはただひどく曖昧に頷いた。




