なんだか気まずい関係ですわ!
夜の闇に銃声が響いている間中、一行は体勢を低くし遮蔽物の陰に隠れる。追っ手を次々と葬り去っていく謎の勢力は、こちらには一切の手出しをしてこない。暗がりで得られる情報はわずかだが、少なくとも味方と思えた。
初めに数発聞こえたとき、カルロがチェチーリアとヴェロニカを掴み自分の体の陰に隠した。ロスは三人ごと木の陰に引っ張り、グレイはアルテミスを抱えて彼女が動かないように抑えつける。
やっと銃声が鳴り止んだ時、ヴェロニカは伏せていた顔を上げた。
闇の森に、白煙が立ちこめている。火薬に混じり、大量の血のにおいがした。
追っ手は全て倒れたようである。
黒い木々の間から黒い影が現れる。夜の闇の中でも、その美しい金色の髪は光っているように見えた。
(ああ、もしかして)
その姿は、こちらに歩み寄ってくる青年は、間違いなく彼だった。
「遅くなって、すまない」
「アルベルト!」
ヴェロニカは立ち上がる。
目の前で、どこかこわばった表情を浮かべているのは、やはり……再会を切に願った婚約者のアルベルト・アルフォルトだった。
まさかここで、この人が現れるなんて。
他の面々も危機は去ったと知り体を起こす。一同の無事を確かめるように一人一人の顔を見たあと、カルロに向かってアルベルトは言う。
「伯爵。王都であなたが逃げたと聞いて、我が家の私兵と共に探しに来ました。まさか、ヴォニーやチェチーリアちゃんまでいるとは思わなかったけれど……」
それから、唇を噛みしめ言いにくそうに、しかしはっきりと告げた。
「全部、僕の父……シドニア・アルフォルトが仕組んだことです」
アルベルトは両手を地面に置き、項垂れ謝罪の言葉を口にする。
「僕は、僕は知っていました。今回の陰謀を、知っていて、父が明らかに暴走していると分かっても、止めることができなかった。僕のせいです! 本当に、なんとお詫びをしたらいいのか!」
「ドゲザですわね」と小声でチェチーリアが言う。そのような謝罪を表す態度が、はるか東方の国にあると聞いたことはあるが、アルベルトがそうしているのは偶然だろう。どちらかというと、力なくうなだれている方が近い。
やはり、とヴェロニカは思った。ゲームの黒幕、そして今回一家を陥れた張本人は、アルベルトの父親シドニア・アルフォルトだ。
彼は昔からクオーレツィオーネ家に出入りしていた。今やほとんど他人には話さないチェチーリアの妄想(あるいは本当のことだとしても)を知っていた。それを利用し、手際良く見事に陥れた。ミーアとも、どこかでつながりがあったのだろう。もっとも借金で首が回らなくなったと噂されていたグルーニャ家が突然羽振りがよくなったあたりに鍵がありそうではあるが。
アルベルトは地面に顔を向けたまま言った。
「ここ最近、証拠を探していました。まさか父は、僕がそこまでするとは思っていなかったようです。それをつい今日、父に突きつけたのですが、逃げられてしまいました。未だ行方は分かりません」
「アルベルト君。君を信じていいのかい? 君は公爵の一番近くにいただろう。正直言って、今ですら罠なのじゃないかと思わざるを得ないよ」
静かに、厳しい口調でカルロが言う。近く、義理の息子になるはずだった青年だ。誠実さも優しさも知っている。しかし家族を守るためには甘っちょろいことも言っていられない。容易に信じることも、許すこともできはしない。
父の気持ちは十分に分かっていた。だがヴェロニカの心は揺れる。アルベルトの柔らかな髪を見つめ、傷一つない彼の手が、地面の土で汚れているのを見た。
そして意外にも、アルベルトの加勢に入った者がいた。
「口を挟んでもいいか」
誰も予期せぬその声は、事態を静観していた思わぬ人物から発せられた。
皆の目線が彼に集まる。
視線の先のロスは、淡々と告げた。
「客観的事実を述べるなら、父親を裏切り、ヴェロニカを守れと俺に命じたのはそこのお坊ちゃんだ。少なくとも、シドニア・アルフォルトの敵であり、ヴェロニカの味方なのは間違いない」
「何ですって」
アルベルトが、ロスを寄越したのか。確かにロスが土からにょきりと生じたわけじゃない以上、命じた者がいる訳だ。
「そこのお嬢さんが――」
ロスがチェチーリアを見たので、彼女はびくりとする。
「――レオンに婚約破棄されてすぐのことだ。ヴェロニカが逃亡するとたれ込みがあった。で、俺の所にシドニア・アルフォルトが来て、俺の一隊に対して、ヴェロニカを暗殺せよと命じた」
「な、なら君は敵じゃないか!」
カルロが絶望的な表情を作るが「最後まで聞け」とロスが遮る。
「どうして公爵があなたの隊に命令したの?」
「そりゃ俺が、金で動く人間だからさ。王家はクオーレツィオーネ一家の命まで奪う気はなかったが、シドニアは余計な者を消し去りたかった。願ってもないタイミングだ。幸運なことに金でなんでもやる奴も知っていた。もちろん二つ返事で引き受けた。夜盗に見せかければいい。楽な仕事だ」
ヴェロニカの問いに当然のことのようにロスは言う。金の亡者であるなどと自分で自分を最低だとは思わないのだろうか。
運命の歯車が少しでも狂っていたら、ヴェロニカはロスに殺されていたのだ。ぞっとしてロスを見るが、涼しい顔で平然と続けた。
「だが、俺を呼び出したのはシドニアだけじゃなかった。もうわかるだろう、アルベルトだ。
シドニアの命令を受けたすぐ後だ。父親の命令を無視して、ヴェロニカを救えと俺を呼び出した。流石に仰天したが、正義に従うことにした」
「正義って、かっこつけてるけど、それもお金目当てでしょう?」
「当たり前だろ、金こそ正義だ。ついでに身の保証と、アルテミスと一緒の平穏な暮らしだ」
「あなたがそんな老人みたいな隠居生活を望んでいたって言うの?」
「もちろん、俺は本来じじいのような暢気な人間なんだ」
「怪しいわ」
「……とにかく、俺はシドニア以上の金を払うと約束したアルベルトの男気を買ったんだ。たった一人で俺に会った勇気もな。この青年は言ったぜ。父親の罪を暴き、必ず自分が当主になる。そうすればどれだけの財産でもくれてやるから信じろと」
まさか本当にやってのけるとは思っていなかったが、とロスは呟いた。
「アルベルト君は、その時にはすでに公爵の企みに気がついていたんだね?」
カルロの言葉に、アルベルトは首を縦に振る。
「はい。父は僕を信頼していましたから、全部でないにせよ、少しそういった素振りは見せていました。だから僕は父を疑い観察していたんです。それで、チェチーリアちゃんとレオンの話を知ってすぐ、父の後をつけました。ロス隊長にコンタクトを取ったことを知って」
その時に、確信に至ったのだろう。アルベルトは顔を上げた。
「父には本当は自白して欲しかったのですが、いなくなってしまって。明日、証拠を国王にお見せします。それできっと全てのカタがつくでしょう。クオーレツィオーネ家は潔白だと、僕は証言します」
「アルベルトは、ずっとわたしを守ろうとしてくれていたって言うのね?」
「うん。追っ手が君に迫るだろうと分かっていたけど、僕では守れないと思って、彼を雇った。彼の仕事ぶりは知っていて、信頼できると思ったから。チェチーリアちゃんは、グレイ君が守ってくれるし、伯爵のことは……なんとかして父の陰謀だという証拠を集めて解放しようと思っていた」
だけど、とアルベルトはロスを見た。
「ロス隊長にはヴェロニカを安全な所へと言ったんだ。まさかエリザさんが裏切ってるとは知らなかったし、一瞬君たちの動向が一切つかめなくなったのには焦った。それに今、君がどうしてこんな危険な目に遭っていたのかさっぱりだし、なぜロス隊長が捕まったのかもよく分からないけど、ひとまず彼はやり遂げたんだね。君を無事に僕のところに戻してくれた。礼を言うよ、ロス隊長。本当にありがとう」
「もったいないお言葉をどうも」
ロスは無感情で対応する。
「これが、僕がしたことの全てだ」
胸中を吐露してほっとしたのか、アルベルトはゆっくりと立ち上がる。ロスはアルベルトから目線を外す。
「今彼と元彼ですか……」とチェチーリアがぼそりと呟いた。「なんだか気まずい関係ですわ」




