旅の仲間が出揃いましたわ!
幼いチェチーリアが屋敷の隅でくすくすと笑う。誰かと話しているらしい。最近ふさぎこみだった妹があんなに笑顔で……。
ヴェロニカは不思議に思って、近づいていく。
――それで、この世界はゲームで、わたくしは悪役令嬢なんですわ!
チェチーリアの楽しそうな声が聞こえる。あの子のこんな弾んだ声は久しぶりだ。さらに側に寄る。見えた相手が誰か知り、それがよく知る人物だったので声をかけた。
絵本に出てくる王子様のような彼は、ヴェロニカを見ると微笑んだ。
* * *
「お姉さん。それはだめだ」
「なぜあなたに善し悪しを決められなくっちゃならないの?」
ヴェロニカは隠すことなくグレイに憤慨した。
だいたい、完全なる部外者の彼がなぜしゃしゃり出てくるのか。アルテミスと再会を喜んでいたらのこのこと現れ、ヴェロニカを見て目を丸くした。チェチーリアにしたら彼は友人で、だから王都に戻る話をぽろっと言ってしまったのだ。
目の前のこの男はロスとはまた違っためんどくささがある。彼はチェチーリアと同じ年齢であるため、ヴェロニカよりも年下であるが、主張を少しも譲ろうとしなかった。
つまり、グレイはヴェロニカとチェチーリアがこの修道院を出て行くのを止めようとしていたのだ。
「いいこと? これはわたしたち家族の問題よ。いくらあなたがチェチーリアのこと好きだからって口を挟まないでちょうだい」
「すすす、好きだとか、それは今、関係ない」
グレイは分かりやすいほど動揺した。顔を真っ赤にして、なんとも初心な反応である。チェチーリアはというと、あわあわと二人のやりとりを見ている。グレイの恋心は、向けられている本人のみ知らぬらしい。
「知ってしまった以上、もし行くというならレオン様に報告をしなければならない」
「でしょうね、ご勝手にどうぞ?」
余裕の笑みで返すと、グレイはさらに困った顔になった。
「しかし、お姉さん」
「ねえ、さっきから『お姉さん』って、あなたに姉と呼ばれる筋合いはないのだけど?」
今までまるで無意識だったのか、グレイははっとした表情になると、再度顔を赤らめ「すみません、ヴェロニカさん」と言い直した。律儀な男である。
「わたくしたちは止められません。どうしても行きます。ごめんなさいグレイ。あなたの親切を裏切ることになってしまって」
チェチーリアが本当にすまなそうにそう謝ると、グレイは何かを堪えるようななんとも言えない微妙な表情になった。それから、観念したかのようにヴェロニカに向き直ると言った。
「……分かりました。もう止めません。でも、オレも、付いていっていいですか。女性二人じゃ、危ないでしょう」
修道院の面々は皆、張り切っていた。意気揚々とヴェロニカたち三人の冬用のマントだとか、食料だとか武器だとかを荷造りをしてくれる。
なぜ修道院に武器があるかと言えば、かつて野戦病院だったというこの場所には兵士たちの忘れ物がたくさんあるからだという。それを国に申告せずに隠していたというから、神に仕える彼女らも案外抜け目ないものだ。
「やられた分、きっちりとやり返すのですよ」
あろうことか修道院長が大真面目な顔をしてそう言う。ヴェロニカは不思議だった。自分たちはA国において反逆の疑惑がかかっているのに、なぜこれほど親切なのかと。
「ついに反撃なのね! あたしたち分かってたわ、チェチーリアが悪い子じゃないって」
少女の一人が嬉しそうにそう言い、チェチーリアも笑顔で応じる。それでやっと分かった。
「チェチーリアのここでの態度が、皆に信頼されていたのね」
だから、皆ヴェロニカたちに協力してくれるのだ。チェチーリアが無実だと信じてくれている。そんな妹のことがとても誇らしかった。
隣に立っていたグレイが自分のことのように嬉しそうに言う。
「彼女は、とてもいい子ですから」
「当たり前でしょう? わたしの妹なんだから」
グレイはうんうんと頷く。
彼が付いてきてくれると言い出してくれたのはヴェロニカにとっても喜ばしいことだ。男手があるのは正直言って助かる。
「ヴェロニカさん、さっきから気になっていたのですがその銃見せてもらってもいいですか」
グレイはヴェロニカの握る長銃を指差した。
あの男が残した唯一のものだ。ともすれば夢であったのではないかと思えるような、彼と、そして森での日々を、確かに現実であると裏付けるものだ。
銃を渡すとグレイは感嘆の声を上げ、少年のように目を輝かせる。
「やっぱり! そうじゃないかと思ったんです! これは連発式一八五三銃じゃないですか! すごい、この手に持つことができるなんて……!」
何が彼の琴線に触れたのか、ヴェロニカは理解できない。
「なんなの? その連発式ナントカ銃って」
「知らずに持ってたんですか!?」
グレイはその銃をまるで大切な宝石であるかのように窓から注ぐ日の光に当てながら答えた。
「B国で秘密裏に製造されていた銃ですよ! 扱いやすくて発射速度も速い。それに頑丈だからきっと戦争がかなり有利になったでしょうね……武器庫が襲われなければ」
「襲われたの?」
「ええ、倉庫と製造工場が襲われて、既にできあがっていたこれも全て破壊されたって話です。絵でしか見たことない。まさか、残っていたとは!」
ヴェロニカはおくびにも出さずに驚いていた。
そんなに大層な背景を持つ銃だなんて知らなかった。ロスはなにも言わなかったから。なぜそれほど珍しいものを彼が持っていたのか、疑問はあるが、想像はつく。
「誰が破壊したのよ?」
尋ねると、グレイはまだ楽しそうに言う。
「正体不明の誰かたちです。噂じゃ、我が国の暗部だとか」
「暗部?」
「KGBとか、CIAとか、公安でしょうか?」
いつの間にか近くに来ていたチェチーリアがまた訳の分からぬことを言う。
「……それは分からないが、きっとあの男が絡んでるんじゃないかとオレは思ってる」
「あの男?」
「知ってますか、我が国の暗部には誰からも恐れられる兵士がいるんです。本名も出身も不明で姿を見た者すら少ない。そいつじゃなきゃ、きっと敵国中枢の武器工場の破壊なんてできませんよ」
「そんなにすごい人なんですの?」
目を丸くするチェチーリアにグレイは言う。
「すごいどころじゃない。表舞台にでればきっと英雄だ。でも人が嫌いで滅多に姿を現さないって話だ。
……こんな逸話がある。大手柄を挙げた後、何が欲しいかと陛下に尋ねられて、なんと言ったと思う? ただひと言、『犬が欲しい』って言ったんだ! かっこいいよな!」
「へえー、なんだかおとぎ話のようですわねぇ」
相当そう言った話が好きらしく、キラキラと顔を輝かせるグレイに、チェチーリアがしみじみと言う。
「グレイは軍事オタなのですわ」というチェチーリアの耳打ちに、(オタってなにかしら)とヴェロニカは思った。
二人はその犬が今ここにいるなんてきっと夢にも思っていないだろう。アルテミスの頭をそっと撫でると、いたずらそうな目を向けてくる。ヴェロニカとアルテミス、女同士の秘密の共有だ。
グレイは銃をヴェロニカに戻しながら疑問に感じたようだ。
「だけど、どこでこんなものを?」
「山の神にもらったのよ」
真実そうだった。
腑に落ちないような顔をしていたが、きっと拾ったのだろうと納得したらしくそれ以上は聞いてこない。
ヴェロニカは手の中に戻った銃を見つめる。
武器庫を襲ったのはロスだ。それでついでにこれを盗み出したのだ。素知らぬ顔で自分のものにするなんて、いかにもあの男がやりそうなことだ。どこまでも食えぬ男だった。
(それに、暗部ですって? そういえば死んだ兵士に隊長、とか呼ばれていたけど、そんなにすごい奴だったわけ?)
怒りっぽく、無責任で、デリカシーの欠片もないあの男に、歴史あるA国の命運が握られていたとは、我が国は本当に大丈夫なのだろうか。
荷が作られた所で、グレイはヴェロニカに再び話しかけてきた。
「おね……ヴェロニカさん。王都に行ってお父上を救うのですよね? 勝算はあるのですか? 作戦は?」
「そうね、協力者もいないし……」
正直に言って、作戦などない。味方と言えるのはチェチーリアとグレイだけだ。グレイもレオンの護衛をしていただけあって体つきはしっかりしているが、なにぶんまだ十五歳。顔には少年の幼さが残る。なんとも心許ない軍団だった。
ぽん、と手を打ったのはチェチーリアだった。
「アルベルトがいますわ! 彼を頼りましょう。ねえお姉様、そうでしょう?」
無邪気な妹に、ヴェロニカの顔は曇る。アルベルトの事を思うと心が苦しかった。
「無理よチェチーリア。だってこんな事になってしまって、もう婚約者でも何でもないもの」
いくら彼が優しくしてくれていたとはいえ、今となっては関係はもうお終いだろう。国家に対して裏切りを働いたと疑われている家の娘など、公爵家の彼がいつまでも囲っているとは思えない。
「あ! そうでした、お姉様はご存じないのですね」
暗い表情のヴェロニカの一方でチェチーリアは明るかった。そして笑顔のまま、信じられないことを告げたのだ。
「アルベルトは、お姉様とまだ婚約状態にあるのですよ! 絶対に婚約は解消しないって言って、公爵様を困らせているらしいのです。愛ですわ!」
ヴェロニカは余りにも驚いたので「はあ、まったく、レオン様とは大違いですわね!」というチェチーリアの言葉はほとんど聞こえていなかった。




