表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりを受けて我が家が没落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第1部 第3章 望郷、邂逅、アセンブル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/177

少しずつ全貌が見えてきましたわ!

「アルティ! こっちの包帯も換えとくれ!」

「こっちが終わったら行くわ!」


 ヴェロニカは兵士の包帯を交換しながら大声で返事をする。


「アルティちゃん! こっちも頼むよ!」

「あんたは私だよ!」


 ベッドの上の傷だらけの若い兵士が調子よく言うのを、別の看護師に怒られている。

 B国病院での日々も、すっかりなじんだ。看護師たちは皆気が強く、兵士たちは気の良い人が多い。戦争中ではあるが、皆明るかった。それを意外に思う。


「そりゃ、アルティちゃんがいるからだよ。前は酷かったよ、鬱々としてて。男は美人に弱いのさ」

「上手いこと言っても、食事は割り増しできないわよ」

「本心さ。退院したらデートしてくれ」

「あんたのようなブ男はお呼びじゃないってさ!」


 スーザンの声が飛び、他の看護師たちもクスクスと笑った。

 看護の仕事は朝から晩までやることがびっしりある。手はすっかり荒れたが、心は充実していた。山のような仕事はありがたかった。余計なことを考えずに済む。

 病院に入院している兵士は日々増えていく。それだけ戦争が激化しているということだ。


「A国じゃ、なんだか色々よくない噂があるらしいぜ」


 病室の兵士が別の兵士に言うのに思わず聞き耳を立てる。


「なんと、王家に近いなんたらーネ伯爵とかいう奴が、謀反の疑いで逮捕されたらしい。それで、そこの家が出資していた軍が弱まったって話だ」

「はあ~。それで近頃、我が国の動きが早まったんだな。B国勝利も近いぜ」

「昔からA国内部に我が国のスパイがいるって噂があったが、それだと疑われたんだろうな」


「スパイ? 本当の話なの?」


 いてもたってもいられずに、ヴェロニカは話に加わる。ヴェロニカが興味を持ったことで、兵士たちはますます熱が入ったようだ。


「ま、噂話ではあるが、オレは本当じゃねえかと思ってる! だってよ、時たま将校がA国の作戦を知ってないとおかしい動きをするんだぜ」

「おまけに、A国側じゃ、なんたらーネ逮捕の過剰反応だろ。それじゃ、スパイが本当のことだと言ってるようなもんだ」


(もしそれが本当なら……)


 ヴェロニカは、自分の顔から血の気が引くのを感じた。このところずっともやもやと考えていたことが、現実の輪郭を帯びてきたように思う。


「だけど、我が国の陛下も体調が優れないって噂もあるなぁ。ご存命のうちに、勝利を収めたいなあ」

「こら、滅多なことを言うな」


 兵士たちの声が遠く感じる。スーザンが心配そうに声をかけてきた。


「アルティ? 気分でも悪いのかい? 顔が真っ青だよ」


 もしそれが本当なら、やはり父は嵌められたということだ。それもチェチーリアの自白を上手く利用して。


 黒幕は……B国スパイということだろう。なら、そのスパイの目的は何か。いかに父が疎ましくても、クオーレツィオーネ家の没落だけのためにそんな大がかりなことをするはずがない。

 ならば、この戦争をB国有利に進めることが、そのスパイの目的なんじゃないだろうか。王家中枢に入り込み、内側からじわじわと毒を盛る。王家に忠誠を誓う権力者の父はその障壁だったに違いない。

  

 目眩がした。

 いずれにせよ遠からず、邪魔な父は有罪になり死刑になるのだろう。もしかするとチェチーリアも同じ運命を辿るのでは。無事なのはB国にいる自分だけだ。


(ああ、そんな……!!)

「アルティ!」


 スーザンの叫ぶ声を聞きながら、ヴェロニカは気を失った。




「大丈夫かい、慣れない生活で、疲れがたまっていたんだろう」


 スーザンが温かい茶を入れてくれた。目覚めたヴェロニカはそれを受け取る。受け取る手が、意に反し震えているのに気がつき、口をつけずにコップを横に置いた。


「スーザン、あのね」

「なにも言わなくていいさ」


 優しい声が聞こえ、背中に彼女の手が触れた。その手の温かさに、気がつけばヴェロニカは胸の内を吐露していた。


「わたし、家族がいるのよ。大切な、家族が。でもわたしはいつも間違ってばっかりで、大切だってついに伝えられなかった。本当は知っていたの。わたしが歩み寄るべきだったのよ、だっていい大人だわ。つまらない意地を張って、いいえ、本当は自分の弱さが怖かったの。優しい言葉をくれる婚約者に逃げたの。家族と向き合わずに。だからバラバラになってしまったのよ。……わたしのせいだわ」


 泣きはしなかった。

 だた淡々と伝えるが、言葉が止まらなかった。語るヴェロニカに、スーザンの優しい目元が向けられる。


「アルティ、悪いことは言わない。家族の所に帰りな」


 スーザンの言葉にヴェロニカは驚き、勢いよく彼女の顔を見た。打ちのめされた気分だった。


「あなたもわたしを捨てるの? 役立たずだから?」


 病院の前に捨てたロスのように、ここからも捨てられるのか。しかし、スーザンは大声で笑った。


「まさか! いてくれるなら、ずっといて欲しいさ。場が明るくなるし、働き者だしさ。だけどあんたはここにいる人間じゃないだろう? やらなきゃいけないことがあるんじゃないのかい?」


 笑いながら頭を撫でるスーザンにヴェロニカは母を思い出す。いつもこうして慰めてくれたのだ。


「どうしてそんなに親切なの?」

「あたし親切かい? そうだね、娘がね、生きていたらアルティと同じ歳くらいだから、放っておけないのかもしれないね」

「亡くなってしまったの? なぜ? ……もしかして、戦争で?」

「いいや、流行病で大熱を出してね。貧乏で、薬も栄養もなくて、あっけなく逝っちまったよ。まだ十歳だった」


 そうしてスーザンは目を細めた。ヴェロニカと同年代ならば、亡くなったのは何年も前のことであるだろうが、スーザンの目からは涙がこぼれた。

 いつも勝ち気なスーザンの悲しい過去を少しも知らなかった。


 皆、どこかしら治らぬ痛みを抱えている。普通に見えて、その心の中には決して他人には見せられぬ癒えぬ傷があるのだ。


「いけないね。あの子のことを思うと、まだ……」

「いけなくなんてないわ」


 今度はヴェロニカがスーザンの肩に触れた。

 誰にだって、大切な家族がいる。

 エミリーに愛を伝えたあの兵士だって、いつか出会ったあの農夫だって、家族を愛してるのだ。きっとずっと、死んでもなお。


「……わたしね、スーザン。今まで、自分のことばかり考えてた。王都で将来の心配なく過ごして。一人前のつもりだったわ。言いたいことははっきりと言って、自分の正しさを疑わなかった。でも……」


 森であの男と出会って、そして知った。


「本当は、一人じゃ生きていなかった。動物を殺して捌く人もいるし、病人を死ぬ思いで看病する人もいる。……幼くして亡くなってしまう人も。だけど皆、必死に生きているんだわ。そんな人がいるからわたしは生きているんだわ」

「アルティの考えは立派さ。偉ぶってる貴族や軍人に聞かせてやりたいね」


 死んだB国兵士から受け取った写真を取り出す。記された文字――“必ず帰る。愛を込めて”


 必ず帰る。

 心の中で、その言葉を繰り返す。


「わたしも、この命を、真面目に使うことができるかしら。奪われたものを、何もかも、取り返すことができるかしら?」

「できるさ。当たり前じゃないか」


 赤い目をしたままスーザンは微笑んだ。

 それから少し考えるような表情の後、尋ねられる。


「本当は、なにがあったんだい?」

「……ただ、一世一代の賭けに出て、無様に負けただけよ」


 もしこれが小説だったら悲しい結末だ。しかし、意に反してヴェロニカは笑みがこぼれた。

 ロス、彼は去った。

 だけど知っている。いつだって彼はヴェロニカの元に戻ってきた。森でも、おばの屋敷でも。だから今回だって、必ず彼は自分の元に戻る。それはわずかな願望ではなく、はっきりとした確信だ。


(馬鹿なロス。わたしから、本気で逃げられるとでも思っていたの?)


「わたしね、本当はヴェロニカって名前なの。ヴェロニカ・クオーレツィオーネ。A国の没落貴族よ」

「なんだって!!」


 さすがのスーザンも驚いたようで大声を出す。それをしーっと人差し指を口に持って行って制した。


「どうりでどえらい美人だと思ったよ。とんだお姫様じゃないか! しかし、A国の子だったんだねえ」

 

 少し声を抑えてスーザンが言う。


「じゃあ、帰るったって、生半可なものじゃないね。国境をこえなきゃ。どうするんだい?」

「大丈夫よ」


 ヴェロニカは堪えきれずにまた、ふふ、と笑った。


「だって、わたしは山の神様に色々教わったんだもの」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ