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後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりを受けて我が家が没落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第1部 第2章 激情、戦闘、インモラル

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新キャラ登場ですわ!

A国王子レオンたちのお話です。新たなキャラが登場します。

 ――夜になり、城内はひっそりと静まりかえっていた。


 若き青年貴族ヒュー・グランビューは主君の元へとひそかに向かっていた。いつもであれば会うのは昼間だ。しかし、今日に限っては誰にも聞かれずに話をしたかった。


 いつもにしたって、あのミーア嬢が常に彼の側にいるため、内緒話をする暇もない。だから前もって二人だけで話がしたいと伝えておいたのだ。


 彼の部屋の扉を小さく叩くと、「入れ」と声が聞こえた。


「失礼します、レオン様」


 レオンはいつもどおり王族然とした強い表情をしていた。


(本来のこの方は、こういう強い方なのだ)


 それが近頃はどこか弱気になってしまった。理由は言わずもがな、あの一件が原因であろう。


「レオン様、実はどうしてもお伝えしておかなければならないことがありまして」


 促されるまま椅子に座ったヒューはあいさつもそこそこ、向かい合うレオンに切り出す。


「なんだ」

「王宮内で、何者かが動いているようです」


 意図が分からないのかレオンは眉を顰めた。


「ヴェロニカさんですが、生きていると情報があります」

「本当か!」


 ぱっとレオンの顔が明るくなる。


「ええ。しかし、なんだか妙な話でありまして、彼女が秘密裏にハイガルドへ逃げようとしている最中に馬車が襲われ、しかしその数日後、自身のおばの屋敷に自力でたどり着いたようです。森の中を生き延びて。彼女に会ったという農夫が証言しています」

「はは、すごいじゃないか」


 どこか遠い国の英雄の武勇伝を聞くようなレオンに、ヒューは首を振る。まるでこの人は分かっていない。話の本題は次なのだ。


「きな臭いのはここからで。実はそのおばの家に数人の兵士たちが入っていくのを見た者がいるのです。しかし、出てきたのは男と女の二人組。犬を連れて去ったと」

「は、兵士がなぜ。それに、その男女は……」

「女性は姿からヴェロニカ・クオーレツィオーネで間違いないでしょう。男の方ですが……」


 誰に聞かれているでもないが、ヒューの声は自然低くなる。


「これも噂ですが、暗部数人の姿が数日前から見えないと」

「それがなんだと言うのだ? 暗部の話と、ヴェロニカの話がどう繋がる?」


 暗部。それはA国の栄華の裏で密かに暗躍する軍部のとある組織だ。

 急な話題の転換に、レオンはますます訳がわからないと眉を寄せる。しかしヒューにとっては全てが一直線上で起こっていることに思えた。


「つまり……ヴェロニカさんが襲われたときと同じくして、また我が国の精鋭たちも姿を消したようなのです」


 考えられることは……。

 真意を掴みかねているレオンにヒューは一気に告げる。


「何者かが暗部を動かし、ヴェロニカさんの暗殺を命じた。しかし、そのうちの一人が裏切ったのではないでしょうか。そして彼女を守りながら、今もなお、山にいるのでは」

「まさか! 暗部を勝手に動かせるほどの権力を持つ者がどこにいるというんだ? それに、誰が裏切ったというのだ。何故」

「ロスと呼ばれる男をご存じですか? 白い犬を大切にしている偏屈な男だそうですが」


 べらぼうに強いとか、不死身だとか、金の亡者だとか、彼に関する噂は多い。しかし表舞台に姿を見せることはなく、話ばかりが先行し実際のところ本当に存在しているのかすら分からない。事実、今回の話を初めて聞かされたとき、ロスという名が出た瞬間、ヒューは真偽を疑った。

 だがレオンは頷いた。


「ああ。会ったことはないが、暗部の隊長クラスの男だろう。話だけは聞いている」


 さすが王族だ。裏も表も知っている。


「裏切り者が、彼だったとしたら」


 そこでレオンは黙った。瞳が静かにヒューを見る。ようやく聞く気になったようだ。お前の考えを話せ、ということらしい。

 ここからが勝負だ、とヒューは思った。


「証拠はありません。しかし、兵士たちの殺され方は実に見事で、皆ほぼ即死のようです。暗部精鋭たちですよ? そんな事ができるのは、限られた人間か悪魔にしか不可能です。ロスという男はその両方でしょう。……それに、殺された兵士の中に、その男の死体はなかったとか」

「ふん、お前の子飼いからの情報か」

「ええ……」

 

 それはグランビュー家の内偵からの、確かな情報だった。ヒューはレオンに告げる。


「嫌な動きをしています」


 少なくとも二つの動きが重なっている。まずクオーレツィオーネ家を葬り去ろうとしている連中。そもそも婚約破棄に端を発する事ではあるが、これ幸いと流れに乗った者がいるのでは。


「何者かが、おそらくは相当な権力者が暗部を意のままに操っています。しかし……」


 もう一つの動き。だがこれは全く謎だ。一つ目の動きを知りつつ、裏をかこうとしている者がいる。


「しかし、一方で暗部の一人を動かすことのできる人間もまた存在しているのです」


 レオンは黙っているから、ヒューは続けた。


「我々のあずかり知らぬところで、大きな何かが始まろうとしているのでは」

「……何か、とは」

「わかりませんが、クオーレツィオーネ家の排除でしょうか」

「誰が暗部を動かした」

「わかりません」

「誰がその男に、ヴェロニカを助けるように命じた」

「わかりません」


 暗がりでレオンは、ふ、と笑ったように見えた。


「では何もわからないではないか。考えすぎだ、ヒュー。お前の思い過ごしだよ」


 下の方の動きは、時に高みにいる人間には見えないことがある。しかし穏やかな水面に投じられた一石が、やがて大きな波になり全て飲み込んでしまうことがあるとレオンは知らないのだ。ヒューが次の言葉を考えていると、ひどく甘ったるい声が聞こえた。


「……それでは、その背信したという暗部の一人を捕まえて連れてくれば、自ずと全てわかりましょう?」


 驚いて暗がりを見ると、寝室の方から寝間着姿のミーアが現れた。薄明かりの中微かな微笑みを携えた彼女はまたひどく楽しげだ。


「ミーア嬢!? なぜここに!」


 ヒューは絶望を覚えた。今までの話全てこの娘に聞かれていたのだ。それをレオンはよしとしていた。二人だけで話したいと確かに伝えていた筈なのに。

 ミーアは穏やかに微笑む。


「なぜって、私はレオン様の婚約者ですもの。毎晩ここにいますわ。うふふ」

(婚約者だって? まだ違うだろう)


 ヒューはこの少女が苦手であった。

 以前「ヒュー様、そんなに熱いアプローチをされては困ります。私は心に決めた方がいるのです」としくしく泣かれて以来、どうにも話す気になれなかった。ミーアにアプローチをした覚えもましてや恋した覚えもない。完全なる彼女の勘違いであるが、否定すればするほどなぜか自分が悪者になってしまった苦い過去がある。そしてそれがレオンがヒューをどこか遠ざける一因になってしまった。


 ミーアはレオンの腕に自分の手を絡めると、上目遣いでヒューを見る。


「ヒュー様のお話は、誰かの陰謀が渦巻いているということ? 私、なんだか、怖いです……」

「大丈夫さミーア。君のことは、私が守る」

「まあ、嬉しい!」


 ミーアのことになると、レオンは途端に盲目になる。ヒューは気づかれないように内心ため息を吐くと立ち上がった。


「どうかお気をつけくださいレオン様。何かが、おかしいのです」



 *


 

「くそ、グレイの奴がいたらまだましだった」


 レオンの部屋を後にして、ヒューは毒づいた。


「理性的なあいつの話なら、レオン様も聞いたかな」


 完全に自分のせいではあるが、女好きのレッテルを貼られているヒューはどこか軽薄な印象を持たれるらしくレオンはあまり重く受け止めない。実際付き合った女性は多いし、そのうち泣かせた数も多い。


(だいたい、グレイの奴は抜け駆けだ。チェチーリアちゃんの心を癒やすのはオレだったはずなのに)


 学園では、皆同級生であった。

 レオンとチェチーリアの関係は上手くいっていたし、そこに自分が入る余地はないと知っていた。知っていたが心惹かれていたのも事実だ。恋とまではいかないが、もっとお近づきになれたらとは思っていた。しかしそこにずけずけど土足で入り込んだのはヒューでなくミーアだった。

 彼女は見事なまでの手際の良さでレオンの心を射止めると、あっという間にかっさらっていってしまったのだ。


 チェチーリアが婚約破棄を言い渡されたあの日、ヒューは別の場所にいた。騒ぎを聞きつけて駆けつけた時には、すでに一段落ついていた後だった。

 顔面蒼白なチェチーリアは姉だというヴェロニカに肩を抱えられてなんとか立っていた。グレイは傍目からでも分かるほど落ち込んでいたし、レオンは泣くミーアを慰めていた。人々はそれを取り囲むように立っていて、それら全てに対してヴェロニカはギロリと睨みをきかせていた。


(それにしても、ヴェロニカさん。いい女だったな)

 

 きつい印象であったが、見たこともないほど美人であった。彼女ともっと早く知り合っていたら、デートに誘っていたかもしれない。


(しかし、あのアルベルト様の婚約者か。流石にまずいな)


 アルベルトはレオンの従兄弟であり、公爵家の嫡男の品行方正な青年だ。その彼が未だヴェロニカとの婚約を破棄していないところを見ると、その愛の深さは計り知れない。

 さっさと別の女に乗り換えたレオンとはまるで正反対だな、と口にはしないものの誰もが思っていた。


 しかしそんなレオンであるが、ヒューにとっては大事な主君である。実のところ、人間としては気が弱くとも、純粋で魅力のある人なのだ。放ってはおけない。


(オレがしっかりしなくては)


 冷たく暗い城内を歩きながら、ヒューは思った。


 必要以上に警戒するのには理由がある。

 先ほどクオーレツィオーネ家を排除しようとする者と言ったが、実のところ、もうひとつ更に大きな事があるのではないかと疑っていた。

 だが、口に出すのも憚られるほどあまりにも馬鹿げている上に、強固な守りのあるこのA国で起こりようがないことだ。それでも、不穏な不吉な予感は拭い去れなかった。


 何者かの狙いが、単なるクオーレツィオーネ家の没落ではなく、それを足がかりとした()()()()なのだとしたら。



 ――このままでは、A国にとってよくない事が起こる。



 ヒューはレオンのいる部屋を振り返ると、また大きなため息をついたのだった。


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