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激戦ですわ!

 襲撃者の正確な数は分からないが、一人や二人ではなさそうだ。腕は確かなようで確実にヴェロニカたちの隠れる木を破壊していく。ロスも隙を見て撃ち返すが大した効果はなく、攻撃の手は緩むどころか激しくなった。


 肩を負傷したロスは地面に腹ばいになりながら追っ手たちに向け連続射撃をしていたが、やがてあきらめたようにヴェロニカに長銃を渡した。意図を掴みかねるヴェロニカに告げる。


「扱いは分かるな? 持って遠くへ逃げろ。そして戻るな」


 半ば無理矢理押しつけられたそれには、彼の血がべっとりと付いていた。


「あなたはどうするの?」

 

 恐怖を打ち消すように努めて冷静にヴェロニカは尋ねる。長銃を手放した彼は、拳銃に持ち替えると木のこぶにそれを置いた。

 パン、と撃つ。長銃よりも小気味の良いその音が森に響き、撃った先で人のうめき声が聞こえたように思う。

 

「拳銃の軽さなら、十分戦える。俺の腕があれば奴らの息の根を止めることなど容易い」


 強がりなのか分からないが、ロスならあるいは本当かもしれない。ヴェロニカは頷く。今ここにいては確実にこの男の足手まといとなる。


 背の低い草に紛れるように体を低く保つと、銃声の止んだわずかな時間に、木の陰からまた陰へと、なるべく音を立てないようにしながら逃げた。遠くへ、遠くへ……。


 

 *



「さすがというべきか。怪我をしたようだが、それでも一人殺しやがった」


 追っ手の兵のうち、隊長格の男が倒れた仲間の死体を見ながら感心したように言った。木などに銃をもたれかけさせて重心を安定させる依託射撃は、(くう)で撃つよりもその命中精度が格段に上がる。

 だがそれを負傷した上、小銃でやってのけるのは、あの男の技量があってこそだ。犬を殺され逆上しているようだが、的確にこちらの居場所を狙うだけの冷静さは残っているらしい。


「女が逃げたようだ」

「放っておけ。そう遠くへは行くまいよ。()()()()()を殺した後で、ゆっくり追い詰めればいい」


 一人が言うのを、その男はばさりと切った。

 一人減って、兵士の数は四人。いずれも山岳戦に慣れた師団から選りすぐられた者たちだ。



 *



 ロスは再び撃った。またしても兵士に当たったようだ。しかし追っ手の撃った後の白煙が周囲に立ちこめ、視界はすこぶる悪く、それが兵士の命を奪ったかまでは確認ができない。


(ヴェロニカは逃げたか?)


 近くに気配はない。それでいい。

 自分も怪我を負い、そして対面するのは精鋭たちだ。無傷でいさせてやれる保証はない。ヒグマに襲われたときに顔にできた傷、彼女はそれをひどく気にしている様子だった。その事態を招いてしまったのは、近くにいながら防ぐことのできなかった自分のせいだとロスは思っていた。そして、もう二度と傷を負わせてはならない。


(それが俺の役目だ)


 なおも続く乱撃。兵士たちとの距離は数十メートルほどだ。発射音からして、持っているのは連発式一八五三銃。ロスがヴェロニカに預けた銃と同じものだ。八発、続けて放つことができるその銃であるが、装填の間にわずかに間が生じる。その間に別の兵が弾を撃つ。その間隔から、先ほどまで四人いたが、またひとり減り今は三人になったと知る。ロスの弾が当たったのか。


 無論三人とも殺すつもりである。なぜなら彼らは最愛の犬を撃ったからだ。


 視界が悪い。発砲の際の火花が周囲を照らすがそれも煙に隠されていく。


(なぜでたらめに撃ってくる……?)


 撃たれ、撃ち返す、無限とも思える攻防が続くがこちらの銃弾には限りがある。一方の敵は十分な備えをしているのだろう。戦力差は歴然だ。余裕か、兵士たちはロスのいない場所にも銃弾を浴びせてくる。その狙いを考える。


 当たり前なことに、ロスの弾が先に切れた。ナイフに持ち替える。()()に紛れて近寄れば、まだ勝機はあるはずだ。その時、ようやく気がついた。


(初めからこれが狙いか!)


 その瞬間、前ぶれもなく唐突に、非常に至近距離で発砲音がした。ロスが平凡な男であったら、頭をかすめたその銃弾によりここで確実に死んでいた。だが彼は戦闘に於いては非凡な勘の良さを持ち合わせていた。そのわずかな違和感に気づいた刹那、体をねじり地面に伏せ銃弾を躱す。


「殺すつもりで撃ったが、さすが、人間離れした動きをするな」

「……お前か」


 ロスは現れた若い冷たい目をした兵士を見て心の内で苦笑した。銃をこちらに構えているのはよく知る男だった。

 兵士たちの狙いはこれだ。発砲の際の白煙により生じた死角に紛れ、殺人者を送り込む。撃っていたのは陽動だ。四人のうち、一人がこちらに向かったのだ。先ほどロスが撃った弾は兵士を殺さなかったと言うことだろう。

 今、銃声は止んでいる。


「だが、やや衰えたか? 怒りにかまけてオレたちの作戦に気づかないとは」


 生意気にも、若い兵士はそんなことを言う。


()()、まさかあんたが裏切るとはな」

「勘違いしているようだが、俺は初めからA国に忠誠心などない」


 言い放つと若い兵士は顔をほんの少し歪めた。その様子に、まだ青いな、と思う。

 彼はロスが持っていた隊で最も冷酷な青年であった。殺人に対して淡々と処理を行えるその有望性を見いだし、自らの手で育て上げた男だ。しかし、元が高い身分であるからか国王への熱い忠誠心も持っていた。身内への情も捨て切れてはいないようだ。それがこの兵士の弱さだ。

 彼はロスへの怒りに顔を歪めながらも、なおも話すことをやめなかった。


「あんたの目的はなんだ? 今こちらに戻れば、おとがめなしとのことだ。もちろん、女を殺した後での話だが」

「ははっ! 俺も随分と高く買われたもんだ」


 今度は声に出して笑う。虚勢を張ったのではない。本心からの笑いだ。心底愉快だった。

 異国人である自分が、血統を重んじるA国でそれほど重用されているとは。それは全て人を殺す術に優れているためだ。冷酷な大量殺人などA国紳士にはできまい。だから汚れ仕事をする異国人は彼らにとって貴重な人材というわけだ。 


「A国に戻る気などさらさらない、ということだな」


 兵士はそう言うと、金属のような無機質な表情に戻った。長銃をロスに向ける。陽動で撃っていた兵士たちが近づいてくる気配がする。確実に、息の根を止めるつもりだ。

 拳銃は取り落としてしまった。対面するは武器を構える兵士。一環の終わりだ。ここまでか、とロスは思った。


「A国など滅べばいいさ」


 自嘲気味に笑って、捨て台詞を吐いた。

 森に一発、銃声が響いた。


連発式一八五三銃とはなんぞや、と言うお話ですが、このお話だけの架空の銃です。

とある国で1853年に開発された連発が可能な銃で、速さと頑丈さ、扱いのしやすさで戦争を変えると言われたものの、何者かに武器庫と製造工場が襲撃され盗み出されたため二度と作れなくなってしまった、という設定であります。

1853年といえば黒船来航の年でもありますな。

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