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夫婦の再会ですわ!

 顔を伏せるように膝を抱いたまま床に直に座っていたミシェルは、思い立ったかのように銃を持ち出すと、迷わずヴェロニカに突きつけた。


 そのまま、ろくな抵抗もできず車椅子に乗せられこの扉の前まで連れてこられたのだ。


(ミシェルはどうしちゃったの?)


 少年の目は憎しみを携え、体は震えているようだ。

 付き合いとしては長くないが、今まで見せたことのない表情は、彼らしくないように思えた。だが扉が開かれ、そこに会いたくてたまらなかった人の姿を見つけ、ミシェルの様子を気にかけていたことも忘れ叫んだ。


「んー!!」


 轡はまだ外れない。

 黒い瞳がヴェロニカを捉えた時には、ロスはソファーから立ち上がっていた。


 ぎょろりとした目が、怪我の具合を確かめるように、ヴェロニカの頭からつま先まで数回往復する。やがて傷が命に関わるものではないと知ったのか、ロスを睨み付けているミシェルに顔が向けられた。


 その目が、探るように細まる。


「……男か」


 合点がいったような言葉に、既にロスはミシェルの存在を知っていたのだと悟った。だが続けて発せられた言葉の意図は掴みかねる。


「よく見りゃ、全然違えな」 


 何がどう違うのか、疑問を投げかけたかったが口を開いたのはアーサーだった。向けられた相手はミシェルで、鋭い声だった。


「勝手をするなと言っただろう」


 一方のミシェルは、もうアーサーの命令に従う気はないようで、噛みつく寸前の犬のように敵意を剥き出し喚いた。


「黙れアーサー! 優位なのはこっちだ。下手に動けばヴェロニカを撃ち殺す。あんたにとっても大事な女だろう?」

「何が望みだ」

「貴様は誰だ?」

 

 ロスとアーサーがほぼ同時に尋ね、ミシェルは二人に対して答える。


「オレはそこの男を殺したいほど憎んでる人間だ。……望みは、そこの男と戦うことだ」


 ヴェロニカは驚愕を持ってミシェルとロスを交互に見た。


(憎んでる?)


 ロスはミシェルを胡散臭そうに見つめている。彼はミシェルを知らないのだ。ヴェロニカもミシェルを知らなかった。

 だからなぜ、ミシェルがロスを憎んでいると口にしたのか分からない。


 アーサーにしても、行動を読みかているかのように眉を顰めた。


「戦うだと?」

「ああそうだ。それができたら、もう、勝手はしない」

「冗談だろ、殺しちまうぜ」


 ロスにしたら本心からの言葉だろうが、ミシェルは嘲笑と受け取ったようだ。ヴェロニカの頭に突きつけられた銃口の震えが一際大きくなる。


「それは分からんぞ、ロス」

 

 思案するように、アーサーは手を顔に持って行く。


「そこにいるミシェルは、お前に引けを取らないくらいにはやれる。なにせ、もっとガキの頃からこの俺が仕込んだんだからな」


 アーサーは一人、納得するように唸る。


「……いいだろう、面白い提案じゃないか。許そう」


 もしヴェロニカの口が自由だったら、「あなたが決めることじゃない」と真っ先に文句を言っただろう。しかし男たちは寡黙を決め込み、アーサーの言葉を待っていた。


「だが、武器無しでだ。体一つで戦え。その方が、実力が分かるだろう?」

 

 ミシェルが無言で頷いた。

 首を横に振ったのはロスだ。


「必要の無い戦いに身を投じる趣味はない」


 余計なことをしたくないのだろう。ヴェロニカにしても夫に同意見で、何度も首を縦に振った。これでアーサーがやるなと言えば、三対一でミシェルを力尽くでも止められる。

 だがやはりと言うべきか、アーサーは味方にはならなかった。


「だったら、ミシェルに勝てたら、二人とも無傷で家に帰そう。聞いたことも、見たことも、忘れてくれるのならば」


 ヴェロニカは思わず感心してしまった。


 ――すごい自信ね。


 アーサーだってロスの強さを知らないわけではない。その上で、ミシェルがロスに勝つと思っているらしい。


(ミシェルはどれほど強いっていうの?)


 痩せ型で、ともすれば女性に見える少年がロスに勝つとは、あまり考えられなかった。あるいはアーサーは初めからヴェロニカとロスを無事に返すつもりで、こんな悪趣味な遊びに興じているのだろうか。

 アーサーは肩をすくめる。


「ちょっとした遊びさ。やらないというのなら、ヴェロニカが撃たれちまうだろう? 稽古場を貸そう、ここが城でよかったよ」


 ロスはため息の後に舌打ちをし、頭をかいた。気が乗らないのは明らかだ。


「すぐ終わらせる。カルロたちが心配で死ぬ前に、家に帰るぞ」


 やっとヴェロニカに顔を向け、微かに――だが確かに、いつものように優しく笑った。


(ロスはわたしと一緒に帰りたいんだわ……!)


 やはりたったそれだけの動作なのに、ヴェロニカの心は喜び、目には涙が滲んだ。



 *

 


 稽古場は奇妙に片付いていた。長い間放置された悲壮感はなく、むしろ普段から使用されている生活感が漂っていた。


 アーサーはこの城に住んでいないため、ヴェロニカは確信を強める。

 間違いなく彼の私兵がここで稽古を積んでいる。この城には、思った以上の人間が住んでいるのだ。


 それを裏付けるかのように、どこからともなく兵士が現れ、ヴェロニカが逃げ出さないように見張っている。ご丁寧に、拳銃まで突きつけて。

 口枷を外されたヴェロニカはアーサーの横に並び、部屋の中央に立つロスを見た。


 燭台の炎と窓から差し込む月明かりだけがこの部屋の照明だ。板張りの床は、必要以上に冷気を通す。


 傍らのアーサーに問うた。


「……ロスを殺すつもり?」

「殺しはしない」


 こちらに目を向けることなくアーサーは短く答えた。


「彼が負けるはずないわ」

「だがミシェルも才能の塊だ。俺が見いだした、殺人のためだけに存在している、希有な人間さ」

「人を殺すのに才能がいるの」

「いるさ。君の旦那など天才だ。洗練された、美しい武器だよ」

「あなたは間違っているわ」


 ロスは人を殺すためだけに存在していないし、ミシェルもまた、そうだ。


 と、ミシェルが遅れて入ってきた。ドレスは脱ぎ去り、長い髪は一つに束ね、シャツにズボン姿だ。ああしていると少年にしか見えない。しかも、どちらかと言えば色白で華奢な美少年だ。サロンにでもおいて置いたら、たちまち人気者になるだろう。

 繊細で神経質そうな雰囲気は、本来の彼のものかもしれない。


「随分若いな。ほんのガキじゃねえか」

 

 ロスの軽口に、ミシェルは答えず、なおも憎しみを持って睨み付けただけだ。

 アーサーが手を上げる。


「先に10カウント取られた方が負けだ。いいな?」

 

 どちらも開始の合図を待っている。


「始め!」


 振り下ろすと同時にそう叫んだ。

 

 試合は開始される。ヴェロニカは、行く末を見守ることしかできない。

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