95.4つ目の選択肢
『黄色い熊』は、見せつけることを目的の一つにしてテント類に火を点けて回ったのだろう。
国境の向こうの空が赤く染まるのが、キャサリン達のキャンプからも見ることが出来た。
国境の守備軍の居場所の方から「オオーッ」と歓声があがるのが、幾度となく風に乗って聞こえてくる。
巨人たちの声はひときわ大きく、寝ていることが難しいほどうるさかった。
国境の守備隊の士気が上がっていることは、一目瞭然だった。
翌日の朝、木こり部隊も早くから森の中に繰り出して来て、いつもより速いペースで木を切り倒し始めた。
このペースで木を切り倒されたら、キャサリン達も見つかってしまうかも知れない。
彼女たちは、早々に野営地を引き払って移動を始める。
木こり部隊に野営の跡を見つけられたら、追撃も本格化する。
念入りに後始末をしてから移動するが、次の野営地を探すのも一苦労だ。
国境から離れすぎると魔法探知機を持った捜索隊に見つかってしまう。
かと言って、近付き過ぎると木こり部隊に見つかってしまう。
そこからは、日々野営地を転々と移しながらの逃亡生活になった。
数日後の朝、食事をしながら今後のことを話し合う。
エドワードが話を始める。
「帝国の攻勢まで、あと3週間ほどのはずだったけど、どうなるかな?」
「揉めているみたいだから、このままだとずっと攻勢は無いかもね」
ララが、補足する。
「国境が解放されるまで隠れているしかないけど、この味気ない食事はつらいよね」
キャサリンが、ため息をつきながら答える。
キャサリンたちが逃げる時に、爆薬以外に厨房から持って来た塩や香辛料が尽きてきて、採れたての肉や魚も空腹時でないと美味しく食べられなくなってきた。
「実は、隠れ続けるのは無理なんじゃないかと、思い始めているんだ」
エドワードが、遠慮がちに言う。
「しかし、我々は今敵の真っただ中にいるんですよ。
隠れなければ、捕まってしまいます。
生きていくために、捕虜になろうという事ですか?」
ソフィアが、真剣な顔で聞く。
みんなが沈黙した所で、キャサリンが切り出す。
「前にも一度、これからどうするか話し合いましたよね。
その時、3つの選択肢から選ぶことにしました」
「街に逃げ込むか、隠れ続けるか、国境の向こうに逃げ込むかの3つだったよね」
ヴェンデリンが、指を折りながら3つあげる。
「あたいは、人間の街に逃げ込むのは絶対嫌だよ。
もちろん敵に捕まるのもね」
ララが声を上げると、キキも「キキッ」っと答える。
「国境線は両軍が睨み合っていて、とても越えていくことは出来そうにありません。
そして、隠れ続けるのもキツイということですよね」
キャサリンの言葉をソフィアが否定する。
「しかしお嬢さま。
捕虜になったら、今よりもっとキツイ思いをすることになりますよ」
「捕まったら、命の保証が無いよ。
巨人たちに食べられちゃうよ」
ヴェンデリンが、泣きそうな顔をしている。
「実は俺は、塩とか食べ物だけでも奪えないかと思って、昨日ララと一緒に敵の基地を偵察に行ったんだ。
だが、警戒が厳重過ぎて近づくことも出来なかった」
「皇子、狩りに行くときは敵の基地には近付かないように、言い聞かせていたはずですが」
ソフィアが、エドワードを責める口調で窘める。
「それは、すまなかったと思う。
でもみんなに、まともな食事をさせてあげたかったんだ」
キャサリンは、前世の記憶で塩が不足すると脱力症状が出ることなどを知っていた。
塩分を取る為に動物の生き血を飲んだり、生肉を食べたりは絶対に嫌だ。
だが、ここでそれを言っても仕方ないと判断した。
「私たちにとって第4の選択肢は、巨人に食べられるんじゃないかと恐れながら牢屋の中で暮らしたり、生活必需品を手に入れるために遊撃戦をして、ジワジワ傷ついていくことではありません」
「お、お嬢さま。第4の選択肢って……
まさか……」
絶句するソフィアに、キャサリンが人差し指を顔の前に立てて、ビシッと言う。
「ええ、その『まさか』ですわよ」
「お嬢さま、いくら何でもそれは」
「おいおい、『まさか』だけじゃ、俺達には何のことか分からないぞ」
エドワードが、キャサリンとソフィアの二人だけで進めていく話を止める。
「敵をやっつけるんだってことだけは、僕にも分かるけどね」
ヴェンデリンが、兄の分からないことを分かった感じで、少し得意げだ。
「敵をやっつけるって、そんな訳無いだろ。
ここら辺は、帝国の何万人の軍勢が対峙して、ずっと落とせない要衝なんだぞ。
ソフィアさんは確かにすごいけど、俺達でどうにか出来るような状況じゃ無いぞ。
下手したら、全滅することになる」
エドワードは、いつも賢いキャサリンが、そんな提案をするはずないと思い込んでいる。
少し間をおいて、キャサリンは断言する。
「いいえ、やっつけますわよ。
確かに危険はありますけど、不可能ではないと考えています」
「さすが、お姉ちゃんだ!
僕はお姉ちゃんの為なら、どんな危険も平気だよ!」
ヴェンデリンが、満面の笑みで絶賛する。
彼にとって『ばくやく令嬢』は、『トーヤマのキムさん』を遥かに超えるヒーローなのだ。
こんなピンチに打開策を出してくれるだけで、泪が出るほど嬉しかった。
たとえそれが無茶な話だろうと、今回は『ばくやく令嬢』と一緒に戦える。
胸にこみ上げてくるものがあった。
「おいおい!
お、俺だって、キャサリンの為なら命をかける覚悟は出来ているからな!」
慌てて、エドワードが力を込める。
「私も、お嬢さまのために死ぬなら後悔はありません。
しかし、お嬢さまの命が危ないのなら、そんな選択肢を認める訳にはいきません」
ソフィアは頑なだ。
「まあまあ、みんなそんなに熱くならないで。
お嬢さまの作戦とやらを聞いてみたら?」
ララの一言で、キャサリンにみんなの視線が集まる。
「では、作戦を説明します。
私たちの目標は、一つです。
あそこにそびえ立つ『バベルの塔』を、ブチ倒します」
キャサリンは、森の木々の間から見えるバベルの塔を指さして、力強く宣言した。




