94.テ ヲ トリアッテ
ララが、テレパシーで聞いた帝国軍の情報を教えてくれる。
ノルド公国側は、国境にくまなく張り巡らせた高さ3メートルの木の柵と、柵の上から弓矢を放てる巨人族の防衛部隊の組合せで、鉄壁の守りを築いている。
木の柵を押し倒すような攻城兵器を繰り出そうにも、国境前の平原を横切る前に、バベルの塔から瞬間移動してくるダイナマイトで、転がされてしまう。
西方の龍人たちとの戦争が収まったので、そちらから引き抜いて来た大軍が到着したら、力押しで突き破るつもりだった。
だが、国境のノルド公国側に広がる森の木を、兵士たちが打ち倒し始めた。
出来た木材で、柵の後ろに無数の監視塔を日々建て続けている。
この調子で守りを固められたら、大軍が到着しても攻勢の時に大きな被害が出てしまう。
いくら守りを固めた所で、今さらノルド公国軍が再び国境を越えて進軍してくると考える者などいない。
戦いの趨勢は、決してしまっていた。
みな、戦争の後のことを考え始めている。
戦果を挙げれば発言権は強まるが、大きな被害を受けて弱体化すれば、権威が保てない。
大攻勢の時に、どの軍が先頭に立つかで仲間割れが起こりそうな状況らしい。
確かに森の端の方で木を打ち倒す槌音が響いており、このペースだと、後数日もすればキャサリンたちが隠れている辺りまで、木こり部隊がやって来そうだ。
国境のこちら側には、大量の火の見櫓のような監視塔が建っていて、こちら側からも国境に近付くのは、至難の業だ。
キャサリンたちは、森の中で移動しながら隠れ続ける選択肢を選んだ。
予想と違って、国境の近くは警備隊も注意が国境の方を向いていて、危険を感じることは間違いなく減っていた。
すごい勢いで森の木が倒されていき、森が日に日に狭くなっていくが、大きな森だ。
一ヵ月ほどの間に、隠れ場所が無くなったりはしないだろう。
夜は交代で、休む。
それまでは戦力比を考えて、ソフィアとキャサリン、エドワードとヴェンデリンの組合せで見張りをした。
落ち着いてきたからという事で、エドワードが見張りのローテーションを提案した。
キャサリンとヴェンデリンが交代する案だ。
「ええっ?
僕もお姉ちゃんと一緒が良いなあ」
「俺とソフィアさんは別の組じゃないと、もしもの時に寝ている側を起こす余裕が無くなる危険がある」
「でも、ここのところ危険が少なくなっているよ。
それに、結局ソフィアさんの組はソフィアさんがいれば戦えるし、反対の組はソフィアさんを起こせば良いんだから、ボクとお兄ちゃんの差はそんなにないと思うけどな」
ヴェンデリンが食い下がる。
「お前は、トーヤマのキムさんに憧れているんだろ?
キムさんは、遊び人だって言ってたじゃないか。
遊び人なら、大人の女性とお話が出来るように訓練しといた方が良いんじゃないか?」
エドワードが随分強引な理屈を言い始めた。
ソフィアも苦笑いしている。
(私と一緒の組に入るために、強引な理屈をこねるなんて、可愛いですわ。
やっぱり、まだまだ子供ですものね。
ただ、遊び人を何だと思っているのかしら?)
前世の30年以上の記憶を持つキャサリンは、微笑みながら二人のやり取りを見守っていた。
(でも、よく考えたら、私の人生の記憶は40年を超えていますわ。
もしかして、40代のおばちゃんの思考になっているのかしら?)
ちょっと焦っていると、ソフィアがエドワードに助け舟を出した。
「ヴェン。私と一緒なら、剣の振り方とか、戦場での過ごし方とか、騎士として覚えておいた方が良いことを教えてやれるぞ」
「えっ? 本当?」
ヴェンデリンの顔が輝きだす。
エドワードも少し興味を持ったようだ。
「お、俺もその話だけは聞きたいな」
「あなたは、子供の女性とお話しするから良いんじゃないですの?」
キャサリンから少し意地悪く言われて、エドワードが焦る。
「い、いや、そういう意味で言ったんじゃないんだ」
休憩しながらみんなで大笑いしたのは、久しぶりだった。
その夜、焚火を囲んだ二人は50センチほど離れて、並ぶように座っていた。
「皇子様と二人きりになるのは、久しぶりですね」
「キャサリン。
そろそろ俺のことは、テディと呼んでくれないか?」
「えっ? よろしいのですか?」
「よろしいに決まっているよ。
もう婚約者なんだから、他人行儀な呼び方はおかしいよ」
「では、テディ。
私の事もキャットで良いですわ。
ねこみみは、ございませんけど」
この世界では、あまり照明が無いので満天の星空だ。
「テディ、きれいな星空ですね」
「この星空を見ているのは、君と俺と、他にどれくらいいるんだろうな?」
「戦争中ですからね。
こうやって、落ち着いて空を見上げられる人は、あまりいないかも知れませんね」
「戦争に巻き込まれた人たちは、家や家族を失ったりして大変なんだろうな。
泪を流しながら、星を見ているかも知れないんだね」
そよ風に、エドワードのサラサラした金髪が揺れる。
(皇子はイケメンなだけでなく、優しい心も持っているのね)
「早く戦争が終わると良いですわね。
涙を流す子供たちが、少しでもいなくなって欲しいから。
人々が手を取り合って歩いていけたら、よろしいのに」
「手を取り合って?」
「ええ、手を取り合って。
静かな夜に光を灯して、みんなで歩いていけたら良いですね。
泣きながら星空を見ている人もいれば、キスをしながら見ている人もいるかも知れませんね」
「ええっ? キス?
今、キスって言った?」
エドワードの声が裏返っている。
「あ、ごめんなさい。
雰囲気の良い星空の下なので、キスしている人もいるかなと、ふと思ってしまいました」
(つい、前世で聞いた曲の歌詞が、頭をよぎってしまいましたわ)
「そ、それは、もしかして……」
エドワードが、少し距離を詰めてきた。
と、その静寂が破られた。
「雰囲気の良い所、ごめんなさい。
今、国境の向こう側の陣地に、夜襲をかけられたらしいわ」
ララが、二人の間に割り込んできた。
「国境の向こう側ってことは、テレパシーで連絡が来たのか?」
エドワードが不機嫌そうに聞く。
「ええ、陣地のテント類に火を点けられて大騒ぎみたいね。
例の『黄色い熊』の仕業みたいよ」
「あいつら、もう国境の向こう側で活動しているんだ」
エドワードが、つぶやいた。
次回更新は、12月8日(火)15時更新の予定です。
書いていて、
「異世界(恋愛)のお話なのですから、もう少し二人の関係が進んでも、よろしいのでは無くって?」
と言うキャサリンの声が聞こえてきそうな気がしました。




