87.龍の少年の思い残すこと
ヴェンデリンは検問所の牢の中で、いきなり死刑宣告を受けた。
「ええっ?
ちょっと待ってください。
僕は、こんな所で死にたくない!」
「確かに巡り合わせが悪かったんだろうな。
巨人の王が前線に来ていなければ、死刑は無かっただろう。
小さいのに可哀そうだとは思うが、覚悟を決めな」
士官は曲刀を抜いて、イスに縛られて動けないヴェンデリンに近付いてくる。
(そ、そんな。こんな所で殺されちゃうなんて。
結局、お姉ちゃんを助けるどころか、会うことも出来なかった。
お姉ちゃんたちは、僕がお兄ちゃんを殺そうとしたと思っているんだろうな。
せめて、その誤解だけでも解きたかった)
「何か、言い残すことはあるか?」
士官は、いやらしく微笑んでくる。
「僕は、ここまでなんですか?
最後に一目でいいから、キャサリンお姉ちゃんに会いたかったな」
泪があふれてきた。
死ぬ瞬間は、走馬灯のように過去の人生を思い出すそうだ。
ヴェンデリンも、思い出していた。
お城で初めて見たキャサリンお姉ちゃんは、他の飾り付けまくった貴族のお嬢様たちとは明らかに違っていて、慎みというのか気品があってキレイだった。
おしとやかそうに見えるのに、彼が伯爵家の3兄弟に怪我をさせて引きこもった時は、扉を吹っ飛ばして助け出してくれた。
おまけに、その3兄弟に敵討ちまでしてくれた。
婚約披露パーティーでの、バラの花のようにキレイだった深紅のドレス姿。
何故か、思い出すのはキャサリンの事ばかりだった。
士官が、彼を殺そうと剣を振り上げた時、建物の外から女性の声が聞こえる。
ヴェンデリンは、思う。
(ああ、キャサリンお姉ちゃん。
聞こえてくる女性の声が、お姉ちゃんの声みたいだ。
あまりにも、お姉ちゃんの事ばかり考えていたせいで、幻聴が聞こえてきた)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、地下牢から逃げ出した後、キャサリンとエドワードはお猿のキキと妖精のララに連れられて、少し国境から離れる方向に逃げていた。
国境の警備は固められており、そう簡単に帝国の方に突破できないからだ。
妖精のララは隠密の魔法をいくつも使えるので、逃げる途中も簡単に隠れることが出来た。
「この魔法を使って、国境の向こう側に、隠れて逃げ込むことは出来ませんの?」
キャサリンの質問にララが残念そうに答える。
「国境の周りには結界が張ってあって、この魔法が使えないのよ。
こっちに来るときは、キキの小さな体と俊敏な動きで、見つからなかったんだけどね」
ただ隠密の魔法は、使う事さえできれば強力だ。
人質捜索隊の直ぐ近くに居ても、見つかることは無かった。
捜索隊の方も、人質を取るというズルい作戦と巨人族の王たちとの軋轢があって、任務に身が入らないようだ。
そして逃げているのは、ひ弱な貴族で子供だ。
皇子は剣術大会で何度も優勝する優秀な剣士で、婚約者は『ばくやく令嬢』と言われる危ないやつだと聞いているが、しょせんは子供だ。
油断しきっていた。
聞かれているとも知らずに、捜索中に機密のような内容をおしゃべりしまくっていた。
おかげでキャサリンたちは、龍人族の子供が捕まって殺されそうになっていることや、その子がどこの収容所に居て、どの上級士官がいつそこに向かったとか、詳細な情報を手に入れることが出来た。
「ヴェンが捕まったみたいですわ。
あの巨人の王に食べられる前に助け出さないと」
「よし、じゃあキャサリンたちは、ここに隠れていて。
俺が一人で助け出してくる」
エドワードが勇ましく、言い切る。
キャサリンは呆れて、つぶやく。
「軍隊の駐屯所に一人で乗り込んでいって、囚われている捕虜を助け出してくるって、どこのランボーですか?」
「えっ? 乱暴?
俺は、優しい男のつもりなんだが」
「とにかく、みんなの力を合わせて救い出しますよ。
失敗したら、みんなまとめて巨人の王のご飯になってしまいますから」
キャサリンが、仕切り始めた。
そういう訳で、妖精のララの隠密魔法を使って駐屯所に忍び込んだ一行は、ヴェンデリンが捕えられている建物の背後に回り込んだ。
「こんなに警戒が厳重なのに、簡単に忍び込めてしまった。
本当にすごい魔法だな」
エドワードが、感心している。
「まあそれ程でもー、ありますけどね」
ララが自慢げだ。
ララがパタパタと飛んで行って、窓から中の様子を見る。
「あっ、囚われている子供が殺されそうです」
「それは拙いですわ。
エドワード様、あずけた爆裂玉を出してください。
こちらの壁に穴を開けましょう」
「いや、これって脅かすレベルだって言っていなかったか?
いくつか集めても、こんな頑丈な壁を壊せるように思えないんだが」
エドワードにそう言われて、キャサリンは壁を叩いてみる。
「確かに頑丈ですわね。
秘密兵器を出すしかなさそうですわね」
「秘密兵器でもなんでもいいから、早くしないとあの子殺されちゃうよ」
ララが、焦って急かす。
「また少し、向こうを向いておいて下さいますか?」
エドワードが後ろを向くと、キャサリンは何かゴソゴソしている。
もう良いと言われて、エドワードが振り返ると、キャサリンの胸が片一方無くなっていた。
小柄な子供体形にしては、妙に胸が大きかったが、胸パッドを入れていたようだ。
しかも、プラスチック爆弾製の。
エドワードは、胸について聞こうかとも思ったが、胸に拘っていると思われるのが嫌で、ひとまず黙っていた。
キャサリンは、大声で叫ぶ。
「ヴェーン!
今から壁が吹っ飛ぶから、壁の近くに居るなら離れてねーっ!
できたら、伏せてーっ!」
キャサリン達も離れると、数秒後に爆発が起こる。
ズドーーン
もうもうと煙が上がり、壁に大穴が開いた。
建物の中にいたヴェンデリンが縛り付けられていたイスは床に固定されていたのか、場所はそのままだった。
しかし、剣を振り上げた士官をはじめ、兵士たちは爆風で吹っ飛ばされた。
続けて、壁の穴から煙幕手りゅう弾が投げ込まれる。
あっという間に辺りは煙が立ち込めて、何も見えなくなる。
「ゴホッゴホッ
な、何事だ?
この煙は何だ?」
士官を含めて、兵士たちは何が起こったのかチンプンカンプンだ。
高い場所にある窓から声が聞こえる。
「穴から、真っ直ぐ5歩、左へ7歩」
ララの指示に従って、穴から飛び込んだエドワードがイスに達すると、縛ってあったロープを切って、ヴェンデリンの体を引きずって、穴から外に出た。
「ヴェン、自分の足で走れるか?」
「うん、ありがとう。エドワード兄ちゃん。
助けに来てくれたんだね」
お猿のキキと妖精のララとキャサリンと合流して、5人?は駐屯所から逃げ出した。
ララの隠密魔法で姿を隠しつつ、逃げる方向とは反対側に煙幕手りゅう弾を投げて、偽装した。




