86.帝国は、とても遠い
ヴェンデリンは、ノルド公国軍の国境守備隊に引き渡されてしまった。
馬車の荷台に乗せられて、検問所のようなところに連れていかれた。
もうすぐここは戦場になるかも知れないという事で、警備もすごく厳重だった。
途中、馬車の荷台から、いくつかの駐屯地が見えた。
そこには、何百、何千という軍隊が駐留しており、彼が今まで見たことも無いような巨人の軍隊も、戦争の準備をしている。
帝国までの道のりは、本当に遠いことが実感できた。
巨人たちのいる所は、大きな布張りのテントのような建物がいくつも建っており、一目でわかる。
巨人の兵士は体も大きいが、武器や防具も通常の人間が持つ物の数倍の大きさがある。
自分たちは器用ではないので、生活用品を含めて他種族に作らせている。
彼らを運ぶような大きな乗り物を作ることも難しく、巨人たちは徒歩で移動する。
結局、戦闘では強いが、戦争には勝てない理由は明白だ。
今回の戦争ではノルド公国と手を結んだが、巨人のサイズに合った乗り物やインフラを用意できるような者と手を組まない限り、彼らの本当の意味での勝利はおぼつか無いだろう。
ヴェンデリンは城に住んでいる間に、日常的に帝国の騎士団は見ていたが、戦争を前にした前線の部隊は殺気立っていて、彼の知る軍隊とは別物だった。
(こんなすごい所に、僕は忍び込もうとしていたのか。
うまいこと忍び込めたとしても、お姉ちゃんに会うのが精一杯だったのかも知れないな)
彼は、自分の考えの甘さを反省はしていたが、キャサリンお姉ちゃんのために行動を起こしたことは、後悔していなかった。
雁字搦めの縄はほどかれたが、手足は縛られたままだった。
ヴェンデリンが検問所の牢に入れられた翌日、最前線から上級士官らしき者たちがやって来た。
兵士たちの態度が明らかに変わったので、かなり偉い人たちなのだろう。
3人の士官と、秘書なのだろうか、お付きの兵士数名で建物内に入ってきた。
「うす汚い所だな。
最前線からわざわざやって来た上官をお迎えするのに、もう少しきれいにできなかったのか?」
言われた兵士が敬礼しながら答える。
「申し訳ございません。
何分、お越しになるとの連絡が急だったもので」
「言い訳は、いい。
それで、国境警備の軍隊に忍び込もうとした子供というのは、そいつか?」
「はい、名前はキムシロー・タオヤマと名乗っています」
「聞いたことも無いような名前だな。
龍人特有の名前なんだろうか」
3人の士官は、牢屋内で尋問を始めた。
ヴェンデリンは牢屋の中のイスに座らされて、そこに縛り付けられた。
上半身を裸にされているので、肩から背中にあるウロコが丸見えだ。
いやらしい感じの中年の将校たちに囲まれて、いきなり殴るけるの暴行を受ける。
まず、立場を思い知らせて、言う事を聞かせようという事なのだろう。
士官たちは、散々な目に会って朦朧とする子供に、バケツで水をかけた。
「龍人の血を引く少年よ。
ここに、何をしに来た」
一人の士官が、下卑た笑いを浮かべながら聞いてくる。
「僕の肩のウロコは、桜吹雪なんだ。
こんな卑怯な真似をして、後で必ず報いを受けるぞ!」
ヴェンデリンは気丈に答える。
「卑怯というのは、子供相手に大人が何人もかかって暴力を振るう事を言っているのか?
坊主。今は戦争中で、ここは戦場なんだよ。
命のやり取りをする場所で、力の強いものが弱いものを蹂躙するのは、日常茶飯事なんだ」
「戦争は、永遠に続くことは無い。
戦いの後に、深い恨みを買うようなことは、いけないことだと僕は思う」
「ほう、子供のくせに弁が立つな。
ちゃんと教育を受けられるような身分の子供ってことか」
「だったら、どうなんだよ」
ヴェンデリンは少し期待して、聞いてみた。
だが、冷たい反応が返ってきた。
「どうもしないよ。
こんな所で、龍人の少年がどうなろうと、誰も気にしないだろう。
とっとと、ここに来た目的を吐いて、楽になるんだな」
士官たちは曖昧な質問で尋問を続けたが、ただ日頃のストレスを晴らそうとしているだけのように、真剣みのない尋問だった。
しばらくして彼らは疲れたのか、笑いながらタバコに火を点けて、建物から外に出て行った。
休憩に入ったようだ。
彼らにとって、この尋問は本当にどうでも良いことなのだろう。
見張りの兵士が、2名残っている。
一人が小声で、ささやいてきた。
「おい少年。
ああいう人たちに逆らうな。
痛い目に会うだけだぞ」
敵対していなければ、良い人なんだろう。
水をかけられて濡れた顔を、拭いてくれた。
「ありがとうございます。
でも、僕みたいな子供を捕まえたって、何にもならないと思うんですけど」
「みんな、怖がっているんだよ。
もうすぐこの辺でも戦いが始まるし、お前みたいな子供でも、龍人なら強力な魔法を使うかも知れない。
怖いから、押さえ付けようとするんだ」
ヴェンデリンは、そういうものなのかと考え込む。
伯爵家の3兄弟も、自分のことが怖かったのだろうか。
キャサリンやクララは、怖いものが無いから、あんなに良い人でいられるんだろうか。
とりとめもないことを考えていると、休憩が終わって士官たちが部屋に戻ってきた。
休憩に行った先で、何かあったのだろうか。
さっきよりも不機嫌な態度で、尋問が再開した。
「貴様、人質の事を聞いていたそうだな?」
「人質のうわさを聞いたから、確かめただけです」
「うわさ?
どんなうわさを聞いたんだ?」
「ノルド公国は、国境の近くで帝国の皇子と婚約者を人質にしているから、攻めて来られずに済んでいるって」
士官の一人が、大きな声を出す。
「人質がいるから、攻められないんじゃない!
ちゃんと守りを固めているから、攻められないんだ」
「じゃあ、人質なんていらないんじゃないですか?」
大人しく従わないヴェンデリンの様子に、見張りの兵士が(逆らうなと言ったのに)という感じで顔をしかめている。
さっきと違う士官が、いらいらした様子で答える。
「どうやって国を守るかは、子供が考えることじゃない。
それよりも、俺もうわさを聞いたぞ。
人質の皇子は、前に龍人の親子に殺されそうになったってな」
さっき大きな声を出した士官が、笑いながら聞いてくる。
「へえ、その皇子を殺そうとした龍人って、まさかお前なのか?
ここへは、人質の皇子にとどめを刺しに来たのか?」
「キャサリンお姉ちゃんたちは、僕の恩人だ。
そんな人質にされて良いような人たちじゃない。
だから、助けに来たんだ」
後ろでずっと黙っていた士官が、ここで口を開いた。
「いずれにせよ、我々の手から大事な人質を奪いに来たことに違いはない。
即刻、ここで死刑だ」
「えっ? いきなり?」
ヴェンデリンは驚くが、見張りの兵士たちも驚いた様子だ。
死刑を宣告した士官は、この部屋の中で一番偉いのだろう。
落ち着いた様子で、話を続ける。
「ああ、そうだ。
前線にいる巨人族の王が貴様の話を聞いて、龍人族の肝を食べたいと言い出したのだ。
すぐに殺して、料理する」
次回更新は、いつも通り11月24日(火)の予定です。
11月23日は勤労感謝の日なので、読者の皆さまのこの作品を読むという勤労に感謝しつつ、投稿させていただきました。




