85.龍人の血を引く少年、ばくやく令嬢を助けに行く
ヴェンデリンは、ずっと山間の町の宿で大人しく生活していた。
体を鍛えるために、早朝に山の中に剣の練習に行く以外は、ほとんど外出もしなかった。
だが、時折の息抜きに行った町で、自分達親子がキャサリン達を殺そうとしたという噂を聞いてしまった。
それを聞いて、彼はとても不安になってきた。
(お母さまは、本当にエドワード兄ちゃんとキャサリンお姉ちゃんの命を狙ったんだろうか?
だから、そのせいで僕たちは危なくなって、逃げてきたのかな?
何カ月もかかるかも知れないと言っていたけど、もうすぐ半年だ。
どうして、こんなに長い間故郷に帰らないといけないんだろう?
まさか、向こうで捕まっているとか?)
そうこうするうちに、戦争が始まった。
自分の今いるノルド公国とずっと住んでいた帝国本国が、戦争状態になってしまった。
このままでは、帝都にも戻れない。
もうすぐ、母が前払いした宿代の期限が来てしまう。
宿の主人は、母との間を取り持ってくれた人が信用できるから、ひと月やそこら長く泊まっても、追い出したりはしないと言ってくれている。
だが、本当にどれくらい待っていればよいのか、分からない。
小さな子供には、我慢できないほどの不安が襲い掛かってきた。
夕食の時に、宿の主人に尋ねてみた。
「帝国とノルド公国が戦争になったって聞いたけど、この町は大丈夫なの?」
「ああ、そりゃあ大丈夫だよ。
戦場は、はるか南だしな。
だが、公国は強力な巨人と手を組めたせいで、見込み違いをしてしまったようだな。
なにやら、帝国に押し返されてピンチらしいな」
「ピンチっていう事は、もうすぐ戦争は終わりそうってこと?」
「俺達庶民にとっては、その方が良いんだけどな。
だが貴族たちにとっては、勝敗は命に関わる問題だからな。
少し前に婚約したエドとか何とかいう皇子と婚約者が人質に取られて、国境の辺りに囚われているらしい。
それで、帝国の方も攻めあぐねているらしいな」
(エドワード兄ちゃんとキャサリンお姉ちゃんだ。
助けに行かないと)
居ても立っても居られなくなったヴェンデリンは、荷物をまとめるとノルド公国の首都に向かう乗合馬車に飛び乗った。
ここまで乗って来た馬車は、母が戻ってきた時に困らないように宿に預けておいた。
首都からは、南に向かって別の馬車に乗り換えて国境近くの町まで移動した。
そこから国境の守備隊に荷物を届ける商隊の馬車に、頼み込んで乗せてもらった。
国境に近付いて来て、商隊の馬車の1台の御者の隣に、ヴェンデリンはチョコンと座っていた。
まだ小さいのに、リーダーとちゃんと交渉して、お金を払って商隊の仲間に入ってきた。
お客さんとしてではなく、小間使いとして加わって、よく気が付いてよく働く出来た子供として、商隊の中でもマスコット的な存在になりつつあった。
「坊主は、小さいのにしっかりしているな。
これから国境近くは戦闘になるかも知れないってんで、商隊に加わるのは命知らずのオッサンばかりだ。
そんな商隊に、お金払ってまで加わりたいって、モノ好きだな」
ヴェンデリンは数日間で、この御者とは仲良くなっていた。
「いえ、この商隊に加わるのが一番早く国境に近付けるみたいだったので」
「どうして、そんなに急いで国境に行きたいんだ?
帝国に行きたいのか?
しばらくは難しいぞ。
これから激しい戦闘になりそうだからな」
「実は、国境ではなく守備隊の方に用事があるんです」
「守備隊ねえ。
肉親かなんかが守備隊に居て、会いたいってことか?」
「まあ、そんなところです」
ヴェンデリンの煮え切らない返事に疑念を感じたのか、少し間をおいて御者は尋ねてきた。
「しかし、お前さん。龍人族の血を引いているよな。
この辺には、色々な獣人や亜人がいて、兵隊には色んな種族のものがいるが、龍人族はいないはずだ」
ヴェンデリンは、想定問答通りに答える。
「数が少ないだけで、いない訳じゃ無いですよ」
「いや、いないんだ。
あいつらは、西の方に群れて住んでいる。
特に、こんな巨人族のテリトリーの近くにいたら、必ず争いの種になる」
「でも、僕はここにいますよ」
「それが不思議なんだ。
お前も子供とは言え、かなり戦闘能力は高いんじゃないか?
巨人と龍人と魔人、こいつらは100人いたら、一万人の人間の軍隊に勝つっていうからな」
「僕は、そんな恐ろしい怪物じゃ無いですよ。
それはそうと、どうして龍人が巨人の近くにいると争いになるんですか?」
「強すぎるからだよ。
もし巨人と龍人が手を組んだら、人間は歯が立たない。
でも、どちらもプライドが高いから、簡単に手は組まない。
そこをついて、巨人は北に、龍人は西に、魔人は東に押し込めたから、平和だったんだ」
「をの3つの種族が近付かなければ、平和ってことなんですか?」
「その種族だけが戦争の原因ってわけじゃない。
奴ら同士が近くに居れば対立して争うな。
もし対立せずに手を組みそうなら、危険だから人間が力を合わせて排除しようとする。
だから、その3つの種族が近くに居ることは、あまり無いんだ」
ヴェンデリンは、ふと母がわざわざ巨人族のテリトリーの近くから飛び立って行ったことに不安を感じた。
(本当に故郷に帰ったんだろうか?
まさか、巨人族と何か話し合いに行ったなんてことは無いだろうか?)
「黙り込んじまったな。
本当の理由は言いたくないか?
でも、トラブルは起こさないでくれよ。
ワシらも、命は惜しいんだ」
「分かりました。
ところで、国境近くには帝国の皇子と婚約者の人質が囚われているっていう噂を聞いたんですが、何か知ってますか?」
「まさか、お前。
あの皇子たちを殺そうとした龍人じゃないだろうな?」
ヴェンデリンは、引きつった笑い顔で答えた。
「ハハハ、そんな訳ありませんよ」
その夜、寝ている間にヴェンデリンはロープで雁字搦めに縛られた。
「こいつ、国境警備隊に囚われている皇子たちの関係者かも知れません」
いきなり、商隊のリーダーから警備隊に引き渡された。




