84.ヴェンデリンの逃避行
時間は、キャサリンとエドワードの婚約披露パーティーに遡る。
その夜、ヴェンデリン母子はその婚約披露パーティーに参加していた。
キャサリンの深紅のドレス姿を見て、ヴェンデリンはウットリと見とれていた。
(キャサリンお姉ちゃん、まるでバラの花のようだ)
まだ6才で、夢も希望もあるはずだが、彼は人間優位の帝国で、龍人との混血児だ。
類まれな魔力や、秀でた剣の腕を持っていたが、子供にありがちな万能感をあまり持っていなかった。
キャサリンたちが仇を討ってくれたが、伯爵家の子供たちにも怪我をさせたり、自分が皆と同じでは無いことを嫌というほど思い知らされていた。
だから、大好きなキャサリンが誰かの者になるとしても、諦めるしかなかった。
ただ、昔から優しくしてくれたエドワードに託すことが出来たのは嬉しかった。
(僕は、お姉ちゃんの旦那様にはなれないかも知れないけど、きっと騎士になるからね)
優雅なダンスパーティーも、子供の彼にはただただ見守ることしかできない。
「ヴェン、もう子供は寝る時間になるわ。
帰りましょう」
母に声をかけられて、彼はキャサリンに少しだけあいさつをして、パーティー途中で会場を後にする。
素敵なパーティーに出られて、キャサリンの晴れ姿も見れた。
でもキャサリンは、兄と婚約してしまった。
少し悲しい気持ちもあったが、すがすがしい気持ちで帰って行った。
家に帰ってしばらくすると、急な来客があった。
応接室で、母と長話をしている。
さすがに子供が起きている時間では、無くなってきた。
ヴェンデリンが寝巻に着替えていると、彼の母ウリヤーナ夫人が部屋に入って来た。
「ヴェン、すぐに着替えて!
ある程度長い間のお出かけになるから、大事な荷物もまとめてちょうだい」
ヴェンデリンは、言われるままに荷物をまとめると、促されるままに馬車に乗って帝都を出発した。
途中から裏道に入り、1週間ほどかけてノルド公国の国境も越えた。
ノルド公国に入ってからも、馬車は北へ北へと走って行く。
突然、こんな長旅をするとは思っていなかったので、少し寂しさを感じた。
「キャサリンおねえちゃんたちにも、あいさつもしていないよ。
心配していないかな?」
「多分、大丈夫。
危険から逃げていることは、理解してもらえるわ。
これから帝都は物騒になるから、私達のような少し目立つ者は離れておかないと、特に危険なの」
ヴェンデリンは、帝都が危険なら自分がキャサリンを守りたいと言いかけたが、彼女にはソフィアという一騎当千の直衛騎士が付いている。
そして、ばくやく令嬢と呼ばれるほどに、彼女自身も危険に対する強かさを持っている。
(今の僕だと、足手まといになってしまう。
早く大人になって、お姉ちゃんを守れるくらい強くなりたいな)
ノルド公国に入ってからも、かなりの距離を移動した気がする。
北に来たことと標高の高さが相まって、随分寒い。
もうすぐ冬なのも、あるのだろう。
パラパラと雪も降っている。
目的地なのか、人もまばらな山の上の宿に泊まると、馬車から全ての荷物を降ろした。
夜に、親子で一緒にお風呂に入る。
「ヴェン。あなたも、肩のウロコをあまりに気にしなくなったのね。
大人になってきたのかしら?」
「そういう訳じゃ無いよ。
ずっと、みんなと違う事を、気にはしていたんだ。
だけど、キャサリンお姉ちゃんが『タオヤマのキムさんみたいで格好いい』って言ってくれたんだ」
「タオヤマのキムさん?」
「うん。僕も良くは知らないんだけど、タオヤマのキムさんの肩には、『桜吹雪』っていうみんなと違う模様が入っているそうなんだ。
それで、遊び人のキムさんは、その『桜吹雪』を見せながら悪い人をやっつけるんだけど、殺したりはしないんだ。
だから、悪い人たちがキムさんの顔を忘れて白を切ったら、『この背中の桜吹雪が全てお見通しだあ』と言って、窘めるんだそうだよ」
「へえー、桜吹雪というのも龍のウロコみたいなものなのかしらね?」
「きっとそうだよ。
僕も、将来は強い騎士になって、僕のウロコを見た人が悪いことをしない戒めにしてくれるような、立派な人になりたいな」
ウリヤーナ夫人がヴェンデリンを抱きしめる。
「なれるわ。
きっと、なれるわ!」
「お母さま。力が強いよ。
苦しいよ」
「ごめんなさい。
でも、きっとそのキムさんのように立派な人になってね。
もし一人きりになったとしても」
ウリヤーナ夫人が泪をこぼしながら、また抱きしめる。
「お母さま、どうしたの?
何だか、離れ離れになっちゃう前みたいだよ」
ウリヤーナ夫人が真面目な顔で言う。
「お母さまは大事な話をするために、故郷に帰らないといけません。
あなたは、この宿に隠れていて欲しいの。
あなたの身に大きな危険が迫っているわ」
「大きな危険が迫っているなら、お母さまと一緒に行った方が良いんじゃないの?」
「いいえ、これから龍の背中に乗って何日も飛んで行くことになります。
子供のあなたは、落ちてしまうかも知れない。
ここならば、誰にも見つからずに生活することが出来ます。
大人しく誰にも知られないように暮らしていて欲しいの」
「僕、お母さまを守りたいよ。
強い魔法も使えるし」
「お願いよ。
何カ月もかかると思うけど、ここで待っていて。
長い時間がかかっても、必ずあなたを迎えに来るから」
「分かった。
お母さまが大切なお話に集中できるように、大人しくしているよ」
「ありがとう。元気でいてね」
その夜遅く、ウリヤーナ夫人は山に向かって出かけて行った。
翌日、大きな龍が町の上を飛んでいたと噂になっていた。
(お母さま、お気を付けて)
ヴェンデリンは、心の中で神に祈った。
しばらくの間、ヴェンデリンは一人で暮らしていた。
宿の主人によると、朝晩の食事代も含めて半年分の宿代を払ってあるそうだ。
そして、冬を過ぎて春になった。
母が出発して、半年が経とうとしている。
ヴェンデリンは、おおむね目立たない生活をしていたが、好奇心にあふれた少年だ。
ずっと一人で、宿の部屋の中で暮らし続ける訳にもいかない。
時折、街の雑貨店などの様子を見に行ったりなどもしていた。
ある時そこで、恐ろしい噂を耳にした。
「エドワード皇子とキャサリン姫の婚約披露パーティーで、二人の命を狙った賊がいる。
犯人は龍人の親子で、犯行のあった日から姿を消しているらしい」
次回更新は、11月21日(土)の予定です。
皆さま、読んで下さいね。




