80.ノルド公国の巨人族
ノルド公国は、帝国の北側にある。
現在の戦場は、国境よりも南だ。
国境の帝国側は、それ程警戒されていなかった。
ほとんど苦労なく、一団はノルド公国内に入った。
国境を超えると、キャサリンたちの足かせは外された。
自分の足で歩けという事のようだ。
30分ほど徒歩で北に、つまり帝国との国境から離れていく方向に進んだ。
森の中の切り開かれた平地に出た。
攻勢の時の駐屯地として使われたのだろう。
あちこちに、焚火の跡など沢山の人がキャンプした形跡が残っている。
「ここで、しばし待機する」
少佐の号令で、数名が警戒態勢に入り、残りの者は辺りに腰を下ろして休憩を始めた。
近くにいたシジクレイという名の大男に、エドワードが聞く。
「待機って、誰かと待ち合わせでもするのか?」
「さあ、どうだろうな」
一週間ほどの共同生活で、仲良くなるほどでは無いが、打ち解け始めていると思っていた。
しかし、無駄な情報は、教えてくれないようだ。
さすが訓練された特殊部隊と言うべきなのだろう。
森の中の切り開かれた平地で、キャサリンたちは『黄色い熊』のメンバーの淹れたお茶を飲んで、休憩していた。
辺りに生えている草の葉っぱを煎じたもので、最初の頃エドワードは飲むのに苦労していたのを思い出す。
キャサリンは、元理系女子だけあった。
その葉っぱが前世のオオバコに似ていることから、咳止めに効果があるかもとか、味よりも効用の方に気を取られていたので、特に抵抗は感じなかった。
「とても高貴な公爵令嬢なのに、こういった得体の知れない飲み物や食べ物でも、何の動揺も無く口にできる。
本当に、君はすごいよ」
エドワードが感心しているが、キャサリンには特に意識も無く返す。
「草とか木の実とかは、ある程度食べ慣れていますから」
「へえー。俺と違って、森や山の中に放り出されても生きていけそうなんだな。
ノーベル公爵家では、そんなサバイバル訓練みたいな事もしているのかな?」
エドワードに聞かれて、思い出した。
彼女が自然の草が平気なのは、前世で給料日前の食費が苦しい時に色々な食べられる草を調べて、みそ汁に入れて食べていたからだ。
前世でも、中国やアジアの国々に出張した時、得体の知れない草の料理を普通に食べて、同僚から感心されたことを思い出した。
ただ、そんな彼女も虫系は無理だったが。
「あ、あまり優雅で無くてごめんなさい。
こんな婚約者では、幻滅しちゃいますよね」
「いや、そんなことないよ。
かえって、惚れ直しちゃうよ」
「お二人さん。仲良しのところ申し訳ないが、迎えが来たようだ」
いつもこういった自然のお茶を淹れてくれる男が、話しかけてきた。
ボバンという名前だったか。
キャサリンたちが足音のする方を見ると、巨人の混じった兵士の一団が歩いてくるのが見える。
亜人を含む10人ほどの普通サイズの人間の兵士と、3人の巨人の部隊だった。
キャサリンは、初めて見る巨人の姿をまじまじと見てしまった。
クララやソフィアのようなハーフエルフやハーフオークは、身近にもいた。
色々な種族のいる世界で、そこそこ人間以外の者達に対する耐性は持っている方だと思っていたが、さすがに巨人族には驚愕していた。
3人とも5メートル以上、一人は2メートル近くある大男シジクレイの3倍の身長がある。
サイズの大きさから来る迫力だけでなく、頭には角が生えていて、口を閉じても牙が見える。
「何だ? 俺の姿が珍しいか?」
巨人の問いかけに、エドワードが答える。
「巨人族は帝国連邦の領内には、ほぼいないはずでしたよね」
「そうだな。
長い間、巨人族は凍り付いた土地に暮らしていた。
この森のように緑豊かな土地は全て、小人たちが独り占めしていたからな」
巨人は、憎らしげに吐き捨てた。
別の巨人が言う。
「この子供たちが、例の人質か。
こいつらがいれば、敵はノルド領内に入れないと聞いたが、本当なのか?」
「ある程度はな」
バブンスキー少佐の答えに、もう一人の巨人が不満そうだ。
「ある程度って、なんだ?
小人たちは、弱くて本当に使えねえんだからなあ」
「お前らだって、結局その小人の国を攻め切れていないじゃないか」
合流してきた人間の兵士が、ボソボソと口にする。
「何か言ったか?」
「いや、なにも」
不機嫌そうな巨人に、これ見よがしな反応で人間の兵士が返す。
巨人族と他の種族の間には、心理的な大きな壁があるようだ。
特殊部隊『黄色い熊』は、普通について来ていたが、巨人族の者達が文句を言い始めた。
「お前らの任務は、人質を引き渡すまでだろう。
なぜ、ついて来る?」
「ここまで苦労して遂行した任務を、無駄にしたくないからだ」
言い切るバブンスキー少佐に、巨人の一人が笑いながら答える。
「我らが王のために、エサを運んできたのだから、無駄にはならんぞ」
巨人の前では小さく見えるが、大男のシジクレイが不機嫌そうに言う。
「俺達が運んできたのは、エサじゃねえ。
強力な警護をかいくぐって確保した、大事な人質だ」
「こいつら、冗談じゃ無く本当に人を喰うからな」
広場から合流したノルド公国兵が、心底嫌そうに顔をしかめる。
「ええっ? 私たちって人質じゃ無かったの?」
驚くキャサリンに、バブンスキー少佐がささやく。
「喰われないように、牢屋までは送り届けるつもりだ。
牢屋のある建物は、巨人が入れるような大きさは無い。
ある意味、安全だ」
キャサリンもエドワードも、余りの状況に言葉を失った。
確かに太古の昔、巨人族は人間を食料にしていた。
人間を狩るので、亜人を含めた人間は力を合わせて巨人族を撃退した。
巨人族は追い払われて、北の本当にやせた土地にしがみついて、生きていくことになった。
飢えと寒さで、多くの者が命を落としたらしい。
巨人たちから奪った土地にノルド公国が築かれたが、哀れに思った初代ノルド公が、巨人たちに寒冷地でも育つ芋づくりを伝授した。
巨人たちは飢えることは無くなったが、逆に人口が増えて、幾度もノルド公国を侵略しようと試み始めた。
数の少ない巨人族は、ずっと撃退され続けていたのだが、100年ほど前に知力と戦闘力の高い王 キムシッチ・オルセン率いる軍勢が、ノルド公国を破って、帝都まで攻め込んだ。
結局撃退されたのだが、その時弓矢や魔法具の技術を持ち帰り、雌伏の時を過ごしていたのだった。
ノルド公国と同盟を結び、100年ぶりに緑の大地を踏むことが出来た巨人族は、食人の習慣も復活させたので、ノルド公国の人間たちと徐々に打ち解けられなくなっていた。
さらに、せっかく帝国の本国領内に攻め入ることが出来たのに、撃退されてしまった。
ノルド公国内でも、巨人と一緒に戦争を始めたのは失敗だったという意見が出始めた。
巨人族の強さを示すために、最強の王が前線に出張ってきたのだが、人の盾にするために連れてきた帝国の貴族の子供二人を喰わせろと言っているようだ。
次回更新は、11月14日(土)の予定です。
しばらく、次回更新の告知を忘れていました。すみません。
更新の無い日もページビューが上がり始めたので喜んでいたのですが、15時台に沢山ページビューがあることに気付きました。
更新予告をしなかったせいで、15時に見に来てくださっている方だとしたら、怒って見捨てられたら大変だ!
そう考えて、また予告することにいたしました。




