79.頼りになる相棒
とにかく今晩は、この森の中で寝るようだ。
キャサリンは、エドワードと並んで寝かされた。
見張りの兵士は交代々々で休んでいるようで、逃げる隙は無さそうだ。
地面の上に薄い毛布一枚なので、日頃フカフカのベッドで寝ている貴族の二人にとっては、すごく固かった。
寝転がってから、しばらくしてエドワードが小さな声で話しかけてきた。
「キャサリン、君はどう思う?」
「どうって?」
「大人しく奴らに従うか、逃走したりするかだ」
「警備が手薄になっていたとはいえ、皇子と護衛もいる公爵別邸からまんまと人質を確保する敵ですよ。
しかも、多分ですがほとんど人を殺していませんよね?」
「ああ、俺の護衛のアランですら、あっという間に拘束されてしまった。
しかも拘束までで、殺す気は無さそうだった」
「殺して口をふさいだり、手足の腱を切って行動出来なくしたりなどの手荒な手段なしでも、困難な目的を達成しています。
帝国の護衛と比べても、実力差がかなりあったという事ですよね。
そして、追っ手の考えが及ばないほど迅速に、こんな所にまで移動しています。
私たちで何とかできるようなレベルの敵ではありませんね」
「つまり、従う方が賢いという事か?」
「残念ですが、そうですね。
隙はうかがいますが、罠の可能性もあるので慎重な行動が必要です」
「フフフフ」
「どうしたんですか?
私、何かおかしいことを言いましたか?」
「いや。キャサリンが俺に、こんなにたくさん話をしてくれたのは、初めてだなと思って」
「ええっ? そうでしたか?」
「そうだよ。
俺は、君が怖がっているんじゃないかと思って心配していたんだ。
そうだったら、俺が犠牲になってでも君だけ逃がす方法を考えようと思っていた」
「ダメですよ。
従うにしても、逃げるにしても、二人一緒じゃないと。
恐らく、本当に一人は殺される可能性が高くなります」
「殺される可能性があるのは自分たちなのに、冷静だな」
「そういう訳では、ありませんわ。
少しでも生き残る選択肢をつかみ取るために、ちゃんと分析しようと頑張っているだけですわ」
「俺も、天才少女キャサリンと一緒で本当に助かっているよ。
本当にピンチの時に、こんなに落ち着いていられる女性は貴重だ。
そんな人が自分の婚約者だなんて、誇らしいよ。
ありがとう、キャサリン」
「こちらこそ、ありがとうございます、ですわ。
私なんて足も遅いし戦えないし、こんな状況では足手まといにしかなりませんわ」
本当は、エドワードが横にいてくれるから安心できる。
ちゃんと気遣ってくれるから、敵を冷静に分析したりできるだけだ。
そういうことを伝えたかったが、キャサリンの論理的なこと以外のコミュニケーションスキルでは、無理だった。
前世で、キャサリンこと明神さくらがやったゲームでは、主人公がエドワードの心をつかむような洒落たセリフを沢山言っていた。
それをパクれれば良いのだが。
ゲームの中で、主人公クララは悪役令嬢キャサリンに騙されて、倉庫に閉じ込められた。
倉庫の中で伝説の武器を探していたエドワードと合流するが、二人きりで何時間も心細い思いをしながら、倉庫から出ようと頑張る。
そこで、エドワードが言っていた。
「本当にピンチの時に、こんなに落ち着いていられる女性は貴重だ。
一緒にいてくれてありがとう、クララ」
その時の主人公の返しの言葉。
「あなたと一緒に歩けるなら、障害物だらけの道だったとしても、乗り越えるための時間が嬉しく感じられます」
とか、キャサリンにとっては、臭くて言える訳無かった。
ゲームでは、このセリフを「言う」、「黙っておく」の選択をするだけだった。
現実のキャサリンには、「黙っておく」しか選べない。
(まったく。ゲームで培った恋愛スキルは、現実では本当に何の役にも立ちませんの)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
北部戦線で、ノルド公国に対する帝国の総攻撃は大成功だった。
平地に展開した敵の攻撃部隊は、煙幕を張られて視界が遮られた中、飛んでくる爆薬の攻撃でパニックに陥った。
圧倒的に数の少ない帝国軍の陽動部隊に翻弄されて、足止めを食らった。
その後方では、壊れた壁から侵入した帝国軍の特殊部隊が、城塞都市の門を開けた。
開いた門から、帝国の主力部隊が流れ込む。
市街戦の末、3日後には城塞都市は帝国軍が掌握した。
城壁の破壊された部分の前に応急の砦を築き、防御を固めて、前方に取り残されたノルド公国軍とボルケーノランドの巨人達の連合軍に、プレッシャーをかける。
連合軍は、じわじわと包囲されて、間断なく爆薬での攻撃を受け続ける。
一週間ほどで降伏した。
戦局が一息ついて、帝都に戻ろうとしたソフィアたちファルマイト公国の帝都別邸護衛部隊は、キャサリン達の誘拐の報を受けて、混乱した。
誘拐した一団ともども、帝都から掻き消えてしまっているという情報だけが飛び込んできた。
別邸から護衛部隊を連れて帝都を出ていたアン夫人は責任を感じて、寝込んでしまったらしい。
護衛部隊は、急ぎ帝都に引き返す準備をしつつ情報を集める。
もし人質がノルド公国の方に連れていかれるなら、この最前線の街で待機した方が良いからだ。
「くそ、私が側にいれば」
ソフィアは、唇をかみしめた。
一方、その誘拐されたキャサリン達は、他の誰とも出会わずにノルド公国との国境に達した。
敵は、よほど用意周到に準備を整えていたのだろう。
10日ほどかかると言われたその道のりは、丁度この世界での一週間、8日間で踏破された。
国境には、木で出来た柵が設置されていた。
ノルド公国は、帝国と戦争する準備を前もって整えていたことがよく分かる。
ただ、さすがに石造りの本格的な壁を作り出せば、戦争を準備していることがバレる。
木の柵は、警戒されずに築ける最適解だったのだろう。




