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ばくやく令嬢しか勝たん  作者: 御堂 騎士
第5章 食事は貧相で不自由だけど、ちょっとうれしい森での共同生活
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78.ばくやく令嬢 人質になる

 窓の下を見下ろした敵は、キャサリンがクッションのようなものに飛び降りたと判断した。


 彼は、続けてその白いものの上に飛び降りたが、ギャッと悲鳴を上げて、その場にうずくまる。


 キャサリンは、地上に自動車の衝突対策用エアバッグのようなものを展開して、その上に飛び降りたのだ。

 しかし、それはクッションではなく、エアバッグの構造を踏襲した衝撃吸収用の何かだった。

 爆風で破裂しないように開けた空気穴により、数秒も持たずにクッション性は失われる。


 続けて飛び降りた敵は、体幹を骨折したのか動けない。

 キャサリンは、着地した位置から走って逃げようとした。


 だが、彼女の目の前の地面に次々と弓矢が刺さる。


「止まれーっ!」


 言われてキャサリンは振り返る。


 キャサリンが飛び降りた窓の横、隣の部屋の窓から一人の男が体を乗り出して叫んでいる。

 バブンスキー少佐だ。


「そのまま走るなら、矢で射殺いころす。

 大人しくするなら、人質として殺しはしない。

 ただ、我々は既に皇子を人質として確保している。

 お嬢ちゃんが逃げるなら、殺すことをためらわない」


 人質に取ってやってもいいという言い草だ。

 しかし、確かにここは逃げ切れそうに無い。


 100メートル走れば、騎兵隊の兵舎がある。

 ほとんどの騎兵は最前線に駆り出されているが、数十名は寝泊まりしているはずだ。


 そこにたどり着けば、いくら百戦錬磨の特殊部隊とはいえ数の力で押し切られるだろう。

 キャサリンの運動能力では、100メートル先に逃げ込むのは不可能だが、大声で叫ぶだけでも、駆け付けてくるはずだ。


 特殊部隊が人質を取っても、包囲されて、この屋敷から出られないだろう。


 しかしそれだけに、不審な音を出すと思われるだけでも、十分に命を奪われそうだ。

 大声を出した後、逃げられないように脚を射抜かれるだけでも、想像するだけで背筋が寒くなる。


 兵舎は静かで真っ暗なままで、騒ぎに気付いた様子は無い。


 キャサリンは両手を上げて、降伏の意を示した。




 猿ぐつわに目隠しをされて、手足を拘束された。


 報告する兵士の声が聞こえる。

「屋敷内を完全に制圧しました。

 生きている者は、ほぼ全員ロープと魔法で拘束しました。

 こちらの被害は、令嬢を追って飛び降りた一名が重傷。

 それ以外は全員無事です」


 少佐は、彼を一瞥すると命令する。

「よし、では出発する。

 NTを離脱するのは、怪我をした1名を除いて、『黄色い熊』11名だ。

 人質は、皇子と公爵令嬢の2名。

 シジクレイ。二人の人質を担げ」


 指示された大柄な兵士が、両肩に二人の人質を担いで出発する。


※NTは、ナードハート帝国の頭文字N、帝都をローマ字で書いた時にTで始まるから、合わせてNTという暗号コードみたいだ。




 担がれたキャサリンはジタバタしてみたが、このシジクレイという男、相当腕力があるようで、ビクともしない。

 諦めて、進む方向や周りの音に意識を集中した。


 お屋敷の前の石畳の道を外に出て、別邸の前の道を素早く進んでいるようだ。

 どこかの建物に入っていくのが分かったが、戦争中のノルド公国関係であることは予想できた。


 実際、賊たちはノルド公国公邸に着いたのだ。

 ノルド公国公邸の地下への秘密の入り口から、地下トンネルに入る。


 部隊は人質を連れて、トロッコに乗った。

 キャサリンたちにも、レールと車輪がこすれる音や風、匂いから、地下を走っていることが何となく分かった。


 トロッコを降りて地上に出る。

 ある程度進んだ所で、二人の人質は足枷あしかせ以外の全ての拘束を解かれた。




 野外というか、森の中だ。

 ノルド公国公邸の地下トンネルは、帝都の外につながっていたようだ。


 火を起こしてキャンプをする。

 バブンスキー少佐があいさつしてくる。

「ごきげんよう、エドワード皇子とキャサリン姫。

 我々は、ノルド公国軍特殊部隊『黄色い熊』だ。

 私は、その隊長シュケル・バブンスキー少佐だ」


「少佐、俺達をどうする気だ?」

 エドワードが、強い口調で質問する。


「人質として、ノルド公国まで来てもらう。

 これからの旅で、お二人が大人しく協力してくれることを望む」


「ここは、どこだ?

 逃がさない自信があるから、手かせや目隠しを取ったのか?」


 少佐は、エドワードのさらなる質問にもキビキビと答える。

「二人のうち少なくとも一人は、人質として生きていてもらわないといけない。

 協力的でないなら、足手まといを一人殺す選択肢もある」


 そう言われて、エドワードは顔を引きつらせる。

「殺すのなら、俺の方にしてくれ!」


 こんな局面で、それが言えることにキャサリンは感動していた。

(私もカッコよく言いたいけど、そんな勇気はないわ)


 少佐は、それを聞いて笑う。

「ハハハ。聞いていた通り、熱血漢だな。

 俺達も、子供を殺したいわけじゃ無い。

 任務を全う出来れば、無駄な殺しは行わない」


「そうか、良かった」


 少し安心した様子のエドワードを見て、少佐は話を続ける。

「さて、ここは帝都から数キロ離れただけだが、山間やまあいの森の中で、密輸に使われる裏街道だ。

 帝都の中は戒厳令が敷かれているだろうが、こんな人里離れた所まで移動しているとは思いもよらないだろう」


「裏街道ってことは、ある程度人の行き来はあるんだろう?

 その人たちに助けを求めることは出来るんじゃないのか?」


「残念だが、人通りはほとんど無いよ。

 あったとしても、戦時中に裏街道を通るような奴だ」


「戦時中だからって、密輸する奴らはいるだろう?」


「戦争で、需給がひっ迫しているんだぜ。

 密輸商ですら、表通りを堂々と移動して咎められないんだ。

 それなのに、こんな危ない裏街道を通るなんて、まともじゃない。

 もちろん俺達は、まともじゃない。

 危ない奴らも、それが分かるから近付いてこない。

 つまり、助けは来ないんだ」


 何か手は無いかと考え込むエドワードに、少佐は話を続ける。


「逃げても、森を徘徊する野獣や野盗に殺されるだけだ。

 もちろん、逃がす気は無いが。

 協力してくれるなら、今のままで移動してもらう。

 貴族の口に合うかは別として、食事にも不自由させるつもりは無い」


「国境まで行くなら、何日もかかると思うのだけれど。

 湯あみする場所も無く、レディを何日も拘束する気なのですか?」

 キャサリンが、ちょっと我慢できないという表情で聞く。


 兵士の一人が、荷馬車を指さして説明する。

「森の中とは言え、この荷車にぐるまなら10日で国境まで行ける。

 浄化の魔法を使えるものがいるから、臭くはならない。

 途中に湖があるから、どうしても湯あみしたいなら、そこで出来るだろう」


「そうですか。

 大人しく従うしかないという事なのですね」

 キャサリンは、諦めたようにつぶやいた。


 子供の体とは言え、女子は一人だけだ。

(湯あみは諦めるしかないな)

 などと、随分落ち着いていた。

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