76.庭園で、二人きりの一日
結局サナンダは一泊したが、早朝から商談センターがサナンダと取引の話をしたい商人でごった返していると聞いて、早々に引き上げて行った。
前の晩にエドワードと二人で風呂に入って、裸の付き合いをしたようだが、少しは打ち解けたのだろうか?
サナンダが去った後、エドワードがしみじみ言う。
「これで、邪魔ものがいなくなったな」
「ええっ? エドワード様、それって?」
真っ赤な顔で逃げようとするキャサリンに、必死で言い訳する。
「い、いや、違うんだ、キャサリン。
邪魔っていうのは、変なことを邪魔するという意味じゃ無いんだ。
なんて言うか、その、あの、とにかく信じてくれ!
女神ラスナ様に誓って、変なことはしない」
ちょっと意地悪な顔になったキャサリンが聞く。
「変なことには、お風呂でおかしな歌を歌うことも含まれますか?」
「ええっ? 聞こえてたのか?
いや、あ、あの、あれはその……」
今度は、エドワードが真っ赤だ。
エドワードは、気分が良くなると歌ってしまう癖があった。
ファルマイト公国の別邸のお風呂は、広くてとても気持ち良かったのだ。
「いいでしょう。
神様に誓ったんですから、絶対ですよ。
あっ、歌は別に歌っても良いですから」
歌と言えば、数日前に驚くことが起こった。
アン夫人が、アイリーンを寝かしつけるのに、ばくやく令嬢の子守歌を歌っていたのだ。
~ねんねんねこねこ ねこがーた
ねこねこねんねん ねこがーた
立てば爆薬、座ればドカン
森もお山も吹き飛ばすー
鬼も悪夢も木端微塵
ねんねんねこねこ ねこがーた~
(まさか、自分の身内が唄っているのを聞くことになるとは)
キャサリンは、ばくやく令嬢の名前が世の中に浸透していることを、実感せざるを得なかった。
と同時に、爆薬が戦局を左右するこの時期に、油断は禁物だと自戒の念もこめた。
(ばくやく令嬢がダイナマイトに深くかかわっていることは、周知の事実だという事ですから)
そして、エドワードがコッソリ ウサギのアジーンに餌をあげていた。
クララが、アジーンをエサで手懐けたことを、どこかで知ったみたいだ。
アジーンは、エドワードには近寄らないが、サナンダには懐いていた。
もしかしたら、アジーンでウサギ判定をしているのが、バレたかも知れない。
ソフィアがいなくなってからも、そういった何でも無いことが主な出来事な位、平穏な日々が続いていた。
少し、油断もしていたのだろう。
ソフィアが出発して一週間後、いよいよ帝都の北方で総攻撃の日が来た。
帝都から約一週間の距離の場所なので、彼女は最前線に到着しているだろう。
総攻撃が始まれば、成功しようと失敗しようと戦時態勢は強まることになる。
その報せが届くと、帝都の門の出入りが今より更に大変になることだろう。
アン夫人が、その前にアイリーンを連れて、門の外のダイナマイト商談センターの宿舎に行きたいと言い出した。
ずっと家に帰れないノーベル公爵に、久しぶりに娘の顔を見せてやりたいそうだ。
公爵は、倉庫のあるセメンタイト、自由都市カサイを経て、今日一日だけ商談センターに宿泊するが、明日にはまた東に向けて出発する。
帝都の門を出入りする間も惜しくて、別邸に顔を出すことも出来ない忙しさだ。
アン夫人の方で門を出る時間を使って、せめて宿舎ででも労ってあげたいらしい。
「一緒に行って、私の顔も見せてあげようかしら」
キャサリンが言うと、エドワードがすごくガッカリした顔を見せてから、強い調子で言った。
「夜は仕方ないけど、お昼間もアジーンやサナンダたちの相手ばかりして、ちっとも俺の方を見てくれて無いじゃないか。
たまには、婚約者としてデートを要求したい」
何だか一生懸命な皇子が可愛かったので、キャサリンはお留守番する事にした。
アン夫人は、二人のやり取りをほほえましく見守っていたが、キャサリンが行かないと分かると大急ぎで出発した。
門の出入りは、本当に時間がかかるらしい。
ダイナマイト商談センターは、帝都の城壁の外だ。
妹のアイリーンに、もしものことがあってはいけない。
キャサリンが頼み込んで、公国の護衛部隊ほぼ全てに同行してもらった。
お屋敷の護衛の戦力は半減してしまったが、もし別邸を攻める位の敵なら、こちらの戦力に合わせて襲撃してくるから、戦力の増減は気にしなくて良いとキャサリンは考えた。
だが、間違いなく襲撃のハードルは下がっている。
お屋敷の警備だけで手一杯なので、外出できるだけの護衛はいない。
その日は、別邸の庭園を二人で散歩した。
池のそばを歩いていると、エドワードが突然石投げを始めた。
「ほら、こうやって石を投げると、何度も石が跳ねるんだ」
ビュンッ、タッ、タッ、タッ、バシャン
3回跳ねた。
(これは、石の形と、着水角度を調整することで、何度も跳ねさせられるのよね)
キャサリンは、近くに平たい石を見つけると、うまい角度で保たれるように回転を加えて投げた。
ビュンッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、バシャン
「ええっ?
キャサリン、うまいじゃないか!
どうしてそんなに、何度も跳ねさせられるんだ?」
「それはね、石の着水角度が重要なのよ。
石はこう持ってね。
…………」
などと、手取り足取りキャサリンに教えてもらって、エドワードも7回、8回と跳ねる回数が増えていき、夢中になっている。
お昼に中庭で、二人並んで座ってサンドイッチを食べると、エドワードがすっかりご機嫌になっている。
午後からも、同じ庭園で同じ花壇を眺めて、ほんの少しの会話をはさんで散歩するだけだったが、二人は楽しかった。
お互いに、一緒にいるだけで楽しい時期なのだ。
「やっと、一日中キャサリンと一緒にいれた。
婚約者として、満足できる日だった。
ありがとう、キャサリン」
日頃笑わない男の爽やかな笑顔が、夕陽に映える。
キャサリンは、胸がキュンとしてしまった。
「い、いえ、こちらこそ、ありがとうございます。
私の方こそ楽しかったです」
(変なことしないって約束したから、手も握らなかった。
こういうピュアな所、悪くないですわ)
二人の心の距離は、一日で随分縮まった気がした。
次回更新は、11月7日(土)です。




