74.ソフィア 最前線へ
また数か月が経った。
すっかり春だ。
もうすぐ、キャサリンも12才になる。
クララとエレナは、西の砦に着いているはずだ。
元気にやっているだろうか。
アジーンは元気なので、そのことを手紙に書いてみた。
アイリーンは、つかまり立ちが出来るようになって、アン夫人の事を「ママ」、キャサリンの事を「キー」と呼ぶようになった。
残念なことに、留守がちの父、ノーベル公爵は呼んでもらえない。
たまに帰った時に、一生懸命「パパ」「パパだぞ」と教え込むが、覚えてもらえない。
ソフィアを「スー」、アナを「あー」と呼んでいることを知って、さらにショックを受けていた。
戦争の方は、帝国の作戦が上手くいき始めていた。
北側に戦力を集中しているが、かなり押し返している。
東西の砦が持ちこたえている間に、北のノルド公国と終戦、少なくとも停戦に持ち込めれば、戦力を東西に振り分けることが出来る。
龍族が強い西側で、クララ達聖女隊が到着してから、戦局が持ち直したとの連絡が来ている。
東の砦の戦力を強化して、次に西と順番に解決していくことが出来れば、また平和が訪れる。
帝都の人々も、この情報を聞いて明るさを取り戻しつつあった。
ファルマイト公国騎士団の団長が、かなり強くソフィアの参戦を促してきた。
ついに、キャサリンの家にまでやって来た。
騎士団長は、公爵の護衛隊の隊長であるアイマールと魔術師のナタリアを連れてきた。
話が長くならないように、キャサリンは中庭で椅子も用意せずに迎え入れた。
「キャサリンお嬢様が反対するので、ソフィアは護衛の職から離れられないとお聞きしております。
ソフィア。お前は、この様に後方の安全な帝都でお嬢様のお守りをするのと、最前線で敵を押し返して、お嬢様だけでなく全ての人々に平和と安寧をもたらすのと、どちらが望みなのだ?」
騎士団長は、嫌らしい聞き方をする。
「私は、キャサリン様の直衛騎士です。
お嬢さまの安全無くして、私はありません。
確かに帝都は前線から遠いですが、皇后陛下とエドワード様が襲われたり、演習中の騎士団の前に忍び込んだ巨人が姿を表したりなどの危険が潜んでいます。
出来れば、お側を離れたくありません」
「ソフィアの言う通りですわ。
私も、ソフィアには側に居て欲しいですから」
ソフィアに続いて、キャサリンがお断りの意志を示す。
ただ、オークの村で迷惑をかけたアイマールとナタリアを連れてきたことには、警戒を隠せない。
実際、連れて来られた二人は何も言わないが、キャサリンとソフィアに目で訴えかけている。
「お嬢様の意志は固いという事ですな。
ですが、我々も本日は直接お訪ねしております。
引くことは無い覚悟であることは、知っておいていただきたい」
騎士団長も強い意志を示す。
キャサリンも、ソフィアの件で引くつもりは無い。
「そんなにソフィアに拘るのは、おかしいのではないですか?
戦争は数、戦場は混沌が支配すると申します。
ソフィア一人の力で、戦局が変化することなど無いでしょう」
「おっしゃる通りでしょう。
ただし、通常であれば」
「今回は通常では無いとでも?
まあ、戦時であることは確かでしょうね」
「なるほど。
我々も11才の少女との交渉では無く、大人同士のガチの話し合いが必要という事ですな。
ここから先の話は機密事項ですので、口外なさることの無いよう、お願いいたします」
「分かりましたわ。
元々、この会見の内容を誰かに話すつもりも、有りませんが」
騎士団長は、声を潜める。
「約1週間後、帝国軍は総攻撃をかけます。
平地で野営する敵に、煙幕弾とダイナマイトを間断なく投石器で打ち込みます。
その隙に、主力部隊は敵の正面を迂回して、国境沿いの城塞都市を攻め落とします。
後方の陣地を落とされた平地の敵は、補給路を失って全滅するか降伏するかの二択になります」
「総攻撃がいつあるかというだけで、超重要機密だと思うのですが。
そんな細かい作戦まで明らかにしてしまって、よろしいのですか?」
「持っている情報を、しっかり開示する覚悟をお見せしています」
「でも、そこまでのしっかりした作戦があるなら、余計ソフィアの力は必要ないのでは有りませんか?」
騎士団長は、キャサリンの意見を否定する。
「乱戦になった場合、ソフィアはファルマイト公国で一番の戦力だと知れ渡っています。
まず第一に、彼女が前線にいないことで、ファルマイト公国軍の士気が下がります。
西の砦に聖女隊が到着したとたん、戦士の士気が上がり戦局を立て直したという情報があります。
公国の士気低下は、他国軍にも影響するでしょう」
「クララさん達は、そんな目に見えるような成果をあげていたのですね。
素晴らしいことですわ。
でも士気を上げるためなら、今回も新たに聖女隊を編成してはいかがでしょうか?」
「聖女隊は、当然後方で待機すると思います。
ただ、今回の総攻撃は帝国の全力をもって行います。
城塞都市を落とした後は、間髪入れずにノルド公国領に攻め入ります。
ここで降伏するなら、ノルド公国は形だけは残りますが、抗戦し続けるなら数週間で、地上からノルド公国という国は消滅するでしょう」
「一気に北方面の戦争を終わらせてしまうという事なのですね。
その情報が伝われば、東西の砦の攻防も終わるかも知れませんね」
ここで騎士団長は、ずいっとキャサリンに体を寄せてきた。
「つまり、ノルド公国の領土と兵力などのリソースは、帝国本国と他の公国に振り分けられることになる訳です。
今回お願いに上がった最大のポイントが、ここになります」
キャサリンは一歩下がりながら答える。
「ノルド公国の戦後処理になど、余計ソフィアは無関係でしょう?」
「そんなことは、ございません。
まず、総攻撃に当たって最強の騎士を温存していることを、他国はどう考えるでしょうか?
有名なソフィアすら参戦させない。
他にも戦力を温存しているんじゃないかと、疑うでしょう。
戦争の中、ダイナマイトで大儲けをしながら、自国は戦力の蓄積を図る。
最悪、今回の騒動も裏で手を引いていると勘繰られることに、なりかねません」
「でも、そんなことは企んでいないのですから、潔白を主張すればよいでしょう」
「我が公国は、すごい勢いで力を付けていますな。
今の勢いなら、数年後には帝国本国とも肩を並べるでしょう。
潔白かどうかなど、些細な問題です。
でも、今なら爆薬の製造や物流のインフラ作りで軍備どころではありません。
叩き潰すなら今だとばかりに、力を合わせてくるかも知れませんよ。
ソフィアの参戦は、それほど重大なことなのです」
「話は分かった。
私は、行かないと拙いようだな。
だが、そんな急激に強力になる公国のお嬢様の護衛が手薄になるなら、それは敵の狙い目になる気がする。
対策は考えているのか?」
ソフィアが折れたが、確かにソフィアほどの護衛はいない。
「だから、一気に攻めるのではないか。
総攻撃に参加すれば、ノルド公国での掃討戦にまで精鋭を繰り出す必要は無い。
そこからは、数の問題だ。
ソフィアには、直ちに護衛の任務に戻ってもらう」
団長は力を込めて答えた。
キャサリンは諦めて答えた。
「分かりました。
ソフィアの総攻撃終了までの護衛解任を認めましょう。
でもソフィア。くれぐれも気を付けてね。
私の警護は、ソフィア以外は考えられませんから」
「お任せください、お嬢さま。
お嬢さまの方こそ、お気を付けください。
騎士団の精鋭がお守りすると思いますが、危険な場所への立ち入りなどはお控えください。
それから……」
「大丈夫ですよ。ソフィアお姉さま。
戦場で私の事を考えないで良いように、大人しくしておきますわ」
キャサリンとソフィアは、抱き合って別れのあいさつをした。
だが、実際にこの時を待っていた者がいることを、キャサリンたちは知る由も無かった。




