59.騒がしい、両親へのごあいさつ
エドワードとキャサリンの婚約パーティーの日から4日が経った。
エドワードはすっかり元気になったようだ。
朝から、剣の素振りをしたそうだ。
「未だ寝ていないといけない位の体調なのに、そんな無理してはお体に障りますよ」
お見舞いに来たキャサリンが、軽く注意する。
「いや実は、もう寝てなくても良いくらい治っているんだ。
でも、寝こんでいると君が毎日お見舞いに来てくれるから……
その、元気になったら来てくれないかもと思うと、つい」
「まあ、本当かしら。
とにかく無理だけは、なさらないで下さいね。
別にお元気でも、呼んでいただければお邪魔しに来ますわよ」
(今の所、婚約破棄したいほど嫌われては、なさそうね。
この状態が少しでも長く続くと、嬉しいんですけど)
「そ、そうか。
じゃあ、もうお昼に寝るのは止めにするよ。
キャサリンのご両親にも、あいさつに行かないといけないからね」
確かにアン夫人が旅で疲れているのもあるが、公爵は婚約の後のあいさつ待ちで帝都への滞在を続けている。
エドワードの体調が良くなれば、出来るだけ早くあいさつした方が良い。
あまりタイミングを外すと、ファルマイト公国の公爵の家まで、あいさつに行かないといけなくなってしまう。
ノーベル公爵は、爆薬供給体制を作るために、領地で陣頭指揮を執る必要があった。
皇室と公爵の話し合いの結果、急遽その翌日にエドワードがあいさつに行くことが決まった。
両家の親同士のあいさつもしなくてはいけない。
流石に皇帝陛下は行かないが、皇后陛下は同行する。
エドワードを乗せた馬車が城の門を出た。
皇子の毒殺未遂の直後である。
前後を騎士団の馬車が挟み、最前列には弩弓を備えた戦車も走る、一大隊列になった。
城のある城郭地区は、何事も起きずに走り抜けた。
キャサリンの家のある剣地区に入った瞬間、弓矢が放たれた。
3か所から複数の矢が飛んできた。
隊列の先頭の戦車上で指揮を執る、騎士団長のファビオ・パレルモがつぶやく。
「おいおい、皇后陛下も乗っている馬車の隊列だぞ。
これに襲撃をかけるって、どれだけの奴らなんだよ」
馬車の中では、脅えた皇后陛下がエドワードにしがみついていた。
「母上、大丈夫です。
帝国騎士団は最強です。
私の出番は無いでしょう」
エドワードは、本当に落ち着いていた。
護衛の帝国騎士団も、各公国の自治権を認めている剣地区では、建物を押さえることが出来ていなかった。
地回りの警護兵も、剣地区には配置されていない。
しかし、エドワードの馬車の前後を固めるオープントップの馬車上の射手は凄腕だ。
弓矢が放たれた窓には、数十本の矢が飛び込んでいった。
飛び込んだ矢の先は魔法石になっており、着弾すると雷の魔法が発動する。
矢に当たらなくとも、感電して動けなくなる。
火の魔法だと火事になってしまうので、雷の魔法石が使われた。
うわー! グワーッ!
窓の向こうから、悲鳴が上がる。
皇室の馬車に攻撃を仕掛けた者は、ただでは済まない。
騎馬で周りを固める騎士団から数名ずつ、隊列を離れて行く。
彼らは、矢を打ち込んだ窓のある建物に踏み込んで行った。
感電して動きの止まった賊を拘束していく。
騎士団長のファビオが副官に向かって、つぶやく。
「次々と違う場所から攻撃して来て、こちらの戦力を削ぐ気だな。
ってことは、次は白兵戦かな?」
※白兵戦
刀剣などを用いた、近距離での戦闘の事。
エドワードの隊列の前に、鋼鉄の装甲を付けて、馬が後ろから押すタイプの戦車が現れた。
戦車の後ろに、大量の槍兵が隠れている。
鋼鉄の戦車に向かって、ファビオ団長が魔法を放つ。
「電撃魔法、連鎖する雷撃」
白く光る球がファビオの手から放たれて、鋼鉄の盾に当たると同時に炸裂する。
稲妻が戦車を中心に、周りに放たれていく。
戦車の陰に隠れた馬たちが、感電してその場に倒れる。
当然、戦車に乗っていた者たちも、感電して気を失った。
一瞬にして、敵の切り札と思われた戦車が無力化された。
その後ろの槍兵たちを指揮する者が、思わず漏らす。
「げえっ! 雷のファビオじゃねえか?
あんなのと戦ったら、命がいくつあったって足りねえよ」
雪崩を打って逃げ出そうとしたが、退路にファルマイト公国騎士団が現れた。
挟み撃ちになって、襲撃してきた槍兵部隊は戦わずに降伏した。
「皇帝のご子息の馬車の隊列を襲ったら、帝国騎士団が出てくるのは当たり前じゃないか。
どうして、俺に驚くんだ?」
ファビオ団長は、訝しむ。
エドワードの挨拶の日取りは、急に決まった。
戦車まで用意したという事は、かなり前もって準備していたはずだ。
城の中にいる皇子を武力で攻めるのは無理筋だ。
城から出る婚約のあいさつのタイミングを、待っていたのだろう。
毒殺が未遂に終わった場合のバックアッププランなのに、やけに大掛かりだ。
その割に、ファビオ対策が無い。
戦車に鋼鉄の装甲を張っていたことから、弩弓や火の魔法の対策を打っていたと考えられる。
火魔法が得意な第一騎士団団長を想定していたようだ。
「そうか、ソフィアさんに会えるからと思って、直前で替わってもらったんだったな。
それで敵の対策がずれたんだな。
今日第二騎士団が護衛に付くことは、騎士団以外の人間は知らない。
少しだが、手掛かりになるな」
ファビオは、ニヤリと笑った。
ほとんどの敵を生け捕りにして、ファルマイト公国騎士団に引き渡したファビオ団長は、隊列を立て直して再出発した。
ノーベル公爵の別邸の車寄せに並んだ使用人たちは、皇子の馬車に矢が刺さっているのを見て驚いた。
広間に通されたエドワード達に対して、公爵一家もそのことから話題に入る外無かった。
「婚約披露パーティーで飲み物に毒を盛るのも驚きましたが、皇室の馬車の隊列に攻撃を仕掛けてくるとは、本当に怖いもの知らずな敵なんですね」
ノーベル公爵が、時候の挨拶の前に話し始める。
「全くです。
市街地で襲い掛かって来るなんて、巻き添えが出てもおかしくありませんでした」
エドワードの母としてエルミラ皇后陛下が、それに応える。
時候のあいさつに入ろうかという所で、エドワードが跪いて口上を述べ始める。
「世間話のついでに話すものでもないので、本題に入らせていただきます。
先だってのパーティーにて、お嬢さま本人からの承諾は頂いております。
ジェームス・W・ノーベル公爵閣下。
お嬢さまとの婚約をお許しください」
「謹んで、お受けいたしましょう。
これからも、両家の間で親密な関係を築けることを期待しております」
間髪を入れずに公爵が答えると、広間にいる両家の関係者が一斉に拍手した。
両家の間で、婚約の書類が取り交わされた。
この瞬間、エドワードとキャサリンは正式に婚約者となった。




