56.皇子の毒殺未遂事件
婚約披露パーティーの会場に、ワルツが鳴り響く。
皇立楽団が演奏を始めた。
キャサリンは、エドワードにリードされてクルクルと踊る。
前世では全く踊れなかった明神さくらだったが、キャサリンは貴族としてキチンとダンスの教育を受けていた。
それにしても、エドワードのリードは見事だった。
会場の照明が一気に明るくなると、いつの間にか同じ赤のドレスとタキシードを着た何十組のカップルが、皇子のカップルと同時にクルクルと回る。
キャサリンが深紅のドレスを選んだのは、今日の朝だ。
恐らく会場に姿を見せてから、エキストラたちに赤のドレスを着せたのだろう。
まるで舞台の1シーンのような華やかな光景に、見る者は皆くぎ付けになる。
クララも口を開けて、ポカーンと見入ってしまった。
「本当に素敵。
大輪のバラの花が、大きなホール一杯にクルクル回っているみたい。
こんな披露パーティーを開けるなんて、さすが皇室と公爵家なのね」
思わず口をついて出た言葉に、ハイデルベルク伯爵が焦ったような口調で言う。
「クララが開きたいなら、いつでも開いてやるぞ。
お前には、生まれてから10年間何もしてやることが出来なかったんだから」
曲目が変わって、スローバラードが流れる。
歌手が、情感を込めて歌を歌う。
前世では、日本の庶民が触れることはほとんど無い種類のダンスだが、貴族としての教育を受けているキャサリンには、特に問題は無かった。
逆に、前世でダンスなど踊ったことが無かったので、戸惑わずに済んだ。
踊りながら、エドワードがささやきかけてくる。
「キャサリン。
俺は、その、女性を喜ばせる方法をよく知らない。
だから正直に言うと、この演出は執務官たちが知恵を尽くして用意してくれたものだ。
失望しちゃったかな?
でも、俺が君を思う気持ちは、これから行動で示していきたいと思う」
「ええ、よろしくお願いします」
キャサリンはエドワードの胸の中で、天にも昇りそうなほど気分が高揚していた。
(ああ、エドワード様とこんな素敵な夜を過ごせたなんて、まるで夢の様。
これで、いつ婚約破棄されても悔いはありませんわ)
3曲ほど踊って、二人は用意された椅子に座った。
テーブルの上に、ジュースが置かれている。
「ところでキャサリン。
これで、僕たちはもう婚約者になったわけだ」
「え、ええ。そうですわね」
「君が12才になったら結婚出来る訳だけど、君はどうしたい?」
キャサリンは考え込んだ。
(ゲームの中で私が破滅するのは、16から18才の間よね。
15才から魔法学園に入学する。
最高位の貴族令嬢として、楽しい学園生活を送れる。
でも、サッサと結婚して学園に入学しなければ、破滅へのルートはほぼ無くなる)
「あっ、ご婚約おめでとうございます。
仲良いですね。お二人さん!」
笑いながら、クララが同じテーブルの席に座る。
「クララ。お前、大事な話の邪魔すんなよ!」
エドワードが、クララを邪険に扱う。
「あれっ?
ついこの間まで私のスイーツにメロメロだったくせに、きれいな奥さんがもらえると思ったら、いきなりそれかよー。
妬けますね、だんなー」
「いや、いいよ。
お前は、そういう奴だったことを今思い出したよ」
「ゴメンゴメン。
ほんの冗談だから、マジに取らないでね。
本当に、祝福しているんだから」
キャサリンとの間で一言二言かわすくらいの時間で、クララとは怒涛のように話をする。
(ウウーッ、やはり本質的に敵わない気がする)
「あ、あの、クララさん。
お祝いありがとうございます。
エドワード様、私も婚約いただけて嬉しく思います。
でも、もし政略で決心されて、この先好きな方がいらっしゃったら、婚約破棄されても私は大丈夫ですから。
お気になさらないでくださいね」
キャサリンの言葉に、クララが驚く。
「キャサリンさん。
こんなめでたい日に何をおっしゃっているんですか?
テデ……、エドワード様もちゃんと『君を離さないよ』とか、口説き文句が足りないんじゃないですか?」
「余計なお世話だよ!
キャサリン、本当に馬鹿なことを言わないでくれよ。
大体、クララが変なことを言うから……
い、言うから……」
突然、エドワードが飲みかけのグラスを取り落とした。
ガシャーン
パーティーの主役が、突然倒れた。
会場は騒然となった。
クララが、エドワードを抱きかかえて聞く。
「あなたの名前は何?」
「エ、、、エ、、、」
答えられない。
「脈も呼吸もある。
毒を飲まされた症状のように見えるわね」
喉に指を突っ込んで、ハンカチの上に吐かせる。
「治癒魔法、解毒」
クララが迅速に治癒魔法をかけて、エドワードの顔に血の気が戻ってくる。
「す、すまない。
この場に、せ、聖女様がいてくれて、助かったよ」
「無理して喋らない!
水を飲ませたいけど、毒を盛られた可能性があるから、この場では水をあげられないわ。
誰か、すぐに休める所まで運んでください!」
キビキビと指示するクララのお陰で、エドワードは一命をとりとめた。
エドワードの護衛が、エドワードが飲んでいたジュースを落ちたグラスから回収した。
魔法で水分を球状にして回収する様を、キャサリンは呆然と見守っていた。
近衛兵から呼ばれて、やっと正気を取り戻したキャサリンは、ベッドに横たわるエドワードの横に立った。
「エドワード様。
大丈夫ですか?」
「ああ、もうすっかり大丈夫なんだが、ベッドから起き上がると衛生兵に怒られるんで、この状態で失礼するよ。
本当に、心配かけてすまなかった」
「申し訳ありません。動転してしまって、全く役に立ちませんでした。
本当に、クララさんがいなかったらどうなっていたか」
「キャサリンは、いつもそう言って前に出てこないけど、今も俺の横にいてくれるじゃないか。
本当に、倒れるのが婚約の申し込みの後で良かったよ。
前に倒れたら、有耶無耶になったかも知れないからね」
「そ、それだけは本当に良かったですわ」
部屋の中が沈黙に包まれると、近衛兵がドアをノックした。
「聖女クララ様が、お付きの方と共に面会をご希望ですが、どうされますか?」
「ああ、通してくれ」
しばらくすると、クララとエレナが部屋に入って来た。




