52.この世界での聖女の意味
キャサリンは、クララに作ってもらったショートケーキを持ってヴェンデリンを訪ねた。
ヴェンデリンは、大喜びで迎えてくれた。
「キャサリンおねえちゃん。ありがとう。
ボクが、生クリームの乗ったケーキ美味しかったって言ったのを、覚えていてくれたんだ」
「そりゃあ、当たり前ですわ。
もう一つ言うと、ヴェンは美味しいものを食べるのが趣味なんでしょ。
最近おねえちゃんは、おいしいものを手に入れる方法が増えたのよ」
「ええっ? 凄腕のコックさんが入ったとか?」
「違うわよ」
「じゃあ、おいしいお店を見つけたんだ」
「それも違うわ」
「ええっ? コックさんでも無くて、お店でもない。
公爵のお嬢様のおねえちゃんが自分で作るはず無いし、分からないや」
「答えはね、お菓子作りが得意なお友達が出来たのよ」
「へえー。そのお友達、自分で作れるなんてすごいね。
どうやったらお菓子を作れるのか、想像もつかないや」
「残念ながら、それは私も同じですわ」
「あの日以来、ヴェンデリンはすっかり元気になって、剣の腕前もグングン上げております。
お嬢様の騎士になるんだそうですよ」
ヴェンデリンの母、ウリヤーナ夫人が微笑む。
(ヴェンは、すごい魔力を持っていると言っていたけど、剣の腕前も上がったら魔法剣士として中々の戦力になりそうね。
でも、ゲームでのイベントは魔法学園で起きていたのよ。
5つも年下のヴェンは、学校に立ち入ることも出来ない。
彼が、助けになることは無さそうだわ)
「ボクは、絶対におねえちゃんを守る騎士になるからね」
(でも、この可愛さ!
絶対に魔法学園生活を生き延びて、ヴェンに守ってもらうわ)
「ところで、おねえちゃんたちは、ボクの仇を取ってくれたんだね」
「ああ、リックドム3兄弟の事ね。
本当に、たちの悪い子たちでしたわ」
「おねえちゃんが、ゲオルグ兄ちゃんとエドワード兄ちゃんと一緒に、3兄弟を懲らしめたって聞いたよ。
こちらは3人に対して、向こうは3兄弟に護衛が10人、3匹の猟犬もいたのにやっつけたって」
「そんなに沢山は、いなかったような気もするけど」
「聖女クララ様という人が一緒にいて、女神ラスナ様のご加護を与えてくれたから、無傷でやっつけたんだよね」
(そうかー。 そういう話にして、流布しているのかー。
確かに伯爵家の3兄弟が弱いのは仕方ないとして、伯爵の直衛軍所属の護衛が蹴散らされたのはまずいわよね。
この世界の聖女様というのは、そういう役割なのね。
得体の知れない聖女様が、ランチェスターの法則における交換比率を操作するなら、近隣の国々も帝国の軍事力をさらに恐れる訳ね)
※ランチェスターの法則:交換比率
例えば、クララとエレナがソフィア相手に細剣で勝負したとする。
3人とも、細剣の突きで2回に一回相手を倒せる剣の腕前とすると、一騎打ちで無ければソフィアは二人の攻撃を同時に受けて、確実に負ける。
ソフィアが2倍の攻撃力、つまり一回で一人を倒せる力だとしても、ソフィアは勝てない。
クララとエレナのどちらかを倒せても、自分も倒されるからだ。
しかし、さらにソフィアが二人の2倍の速さで攻撃出来るなら、二人とも倒せるか自分が倒されるかは運次第となって、勝負は分からなくなる。
つまり、2倍の数の敵と互角に戦うには、敵の4倍の強さが必要になる。
これが、ランチェスターの法則であり、この強さの比率が交換比率である。
ちなみに、3人で16人に勝つには、約29倍の強さが必要になる。
子供3人が、訓練された大人の警護兵相手に数倍の強さを持つはずが無い。
聖女は、女神ラスナのご加護で交換比率を20から30倍くらいブーストすると思わせられれば、大成功だ。
この話が拡散されれば、近隣諸国に聖女の威力を示すことが出来る。
戦争の時に、帝国にいる聖女の動向が戦局を左右することになる。
聖女が実際にそれだけの力を持たなくとも、敵からすると大きな抑止力となる。
「ヴェン、実はあなたが今食べているケーキは、その聖女クララが作ったんだよ」
「お菓子を作れるお友達って、クララ様だったの?
聖女クララ様は、ケーキも作れるの?
そんな凄い人と知り合いなんて、おねえちゃんはやっぱり凄いや」
(もはや巷では、クララ様なのね。
それにしても、このケーキ。
生クリームの出来もすごいけど、スポンジケーキ部分のバターの濃厚な味わいといい、あの娘の餌付け能力は、本当に侮れないわ)
そう思いながら、キャサリンはヴェンデリンの口の周りの生クリームをハンカチで拭き取ってあげた。
「お兄ちゃん二人は、3人を無傷で倒して、おねえちゃんは護衛と猟犬を爆弾で吹っ飛ばしたんだよね。
やっぱり、ばくやく令嬢はすごいなー」
「ち、違うわよ。
ほ、本当は、クララが全部やっつけたんだから。
私は、公爵家の威光でビビらせただけよ。
大人の事情でそんな話になっているけど、ヴェンはおねえちゃんが慎ましいお嬢様だって知っているよね?」
「う、うん」
ヴェンデリンは頷くが、納得していないことが表情から読み取れた。
ヴェンデリンの部屋の扉をふっ飛ばす所を見られているのに、慎ましいお嬢様というのは少し無理がある。
キャサリンは、ハタと気付いた。
ランチェスターの法則は、戦争のためだけの理論では無かった。
クララのスイーツは美味しいが、プレゼントでしっかり弾幕を張れば、数で勝てるんじゃないかと。
これはいける、と思ったのは束の間だった。
自分で作れるクララと違って、スイーツを渡す理由が無い。
スイーツ以外で数を稼ごうにも、ホイホイ会いに行けるほど恋愛スキルは高くない。
(私が前世から持って来た各種のチート知識は、本当に恋愛に関しては無力ですわー。
せめて料理スキルでもあれば、随分違っていたでしょうに)
キャサリンは、心の底から悔しがった。
だから、ヴェンデリンへのケーキが弾幕の一部になっていることに気付くことも無かった。
ゲームじゃ無いので数値化はされないが、ヴェンデリンの好感度は間違いなく上がっている。
ヴェンデリンの話をちゃんと聞いてあげて、トラブルの後の心細い時期に、好きなものを持って訪ねてあげる。
確かに慎ましいとは思ってもらえないかも知れないが、すごい活躍をしたことをアピールしたりせずに、ヴェンデリンの話を聞いてあげる。
実に慎ましい態度だ。
キャサリンは爆薬令嬢なだけで、中身は気の弱い(とは言えないか?)令和日本の普通の女性なのだ。
弟の好感度をこれだけ上げれば、仲の良い兄たちの好感度も当然上がる。
確かにクララは、お菓子作りで皇子たちの胃袋をつかんだ。
優雅な貴族社会で育った皇子たちには、がさつだが自由奔放なクララは魅力的に映る。
だが、日頃キチンとしているのに突然敵をふっ飛ばすギャップ萌え。
損得ではなく、優しさからくる気づかいのこもった行動。
子供や動物に好かれる性質は、見る人は見ている。
本人が思う以上に、彼女の異性への恋愛攻撃能力は高い。
もちろん計算してやっている訳では無いし、好感度が上がっていることに気付いてもいない。
彼女はきっと前世でもこうやって、無意識に罪作りな行動をしていたのだろう。




