42.シーフォー? シフォンケーキ?
第一回目の絵の授業に備えて、キャサリンは絵の道具を買い揃えた。
教会に行って、クララが描いた天使の絵も見ておいた。
確かに見る者が圧倒されるような、上手な絵だ。
ファビオが言うように、筋肉も素晴らしく表現されていた。
筋肉の話をするとソフィアが嫌がるので、口にはしなかったが、すごい技量なのは間違いない。
ソフィアも、絵には感動しているようだった。
「ここまでのモノとは、驚きました」
「そうだね。
ずっと見たかった絵を見ることができて、すごく幸せなんだよ。
パトラッシュ……疲れたろう。僕も疲れたんだ」
「あの、お嬢さま。
時々おかしな名前で呼ばれるのは、少し抵抗があるのですが」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お屋敷の庭にキャンバスを並べて、絵の授業の準備をしていると、クララがエレナを連れて現れた。
今は、クララに絵を習うことになっている。
しかしゲームの通りに進むなら、今後彼女とは敵対することになる。
キャサリンは、最大級の警戒をしながらクララを迎えた。
彼女の警戒心を感じて、ソフィアも最高にピリピリしている。
並べられた絵の道具を見て、クララが申し訳なさそうに申し出る。
「あ、ごめんなさい。
連絡しておくべきでしたね。
一回目は、どんな絵を描きたいのか、率直な話をするだけにしているの。
キャンバスとか絵の具とか、色々用意させてしまって申し訳ありませんでした」
「えっ? どんな絵って、みんな違うんですか?」
「ああ、皇子の二人は、貴族として私に絵を習ったっていう実績が欲しいだけみたいなんです。
騎士団団長のファビオさんは、躍動する筋肉の絵が描きたいって。
描きたいものによって、授業内容も考えないといけないでしょ。
キャサリン様、あなたはどんな絵が描きたいんですか?」
キャサリンは、想定外の質問を受けて困ってしまった。
芸術の才能が生まれつきなのかどうか、転生者かどうかなど、探りたいことがタップリあったのだが、肝心の自分が絵を習う動機を考えていなかった。
「お、お話をするんでしたら、日差しもありますし、私の部屋に行きませんか?」
キャサリンは、部屋に着くまで考えたが、何も思いつかない。
元々、前世でも絵は苦手だった。
「実は私、絵を習う気は無かったの。
エドワード様たちが、絵の授業の事を楽しそうに話されるのを聞いて、羨ましそうにしていたら、気を利かして申し込んで下さったのよ」
「まあ、それでは別に絵が描けなくても良いってことですか?」
「申し訳ないんですけど、正直に言うとそういうことですわ」
「じゃあ、こうやってお話だけして、口利きをしてくださった方の顔が立つように何回かやったら、終わりにしますか?」
「え、それって、私には余り教えたくないとか、会いたくないとかそういうのではありませんよね?」
「あ、それは絶対にありませんよ。
公爵令嬢様っていうだけで、憧れちゃいますし。
私の方は、公爵のご令嬢に絵の授業をしているってだけでカッコいいし、お金にもなるから、続けたいんですけど。
日の出の勢いの公爵家だと、お忙しいでしょうから時間を無駄にするのは悔しいでしょう」
キャサリンがどうしようか迷っていると、クララが続けて提案してきた。
「名目は絵の授業ってことにして、私の得意なお菓子を食べるだけの授業でも良いですよ。
この前、テディ、オ、オッホン、エドワード様たちの所で出したカスタードプリンは、どうでした?」
「あ、あれ、すごく美味しかったです」
「でしょ、でしょ。
私、お菓子作り得意なんですよ。
絵でもらえるお給金で材料を買って作って来れば、お嬢さまは美味しいスイーツが食べれて、私はお菓子作りの練習が出来る。
ウイン-ウインの関係と思えませんか?」
(あれっ? 今、テディって言いかけた?
くそっ、エドワード様をそんな呼び名で呼んでいるんだ。
羨ましい。
そんな短期間で、どうしてそんなに仲良くなれるの?
でも、悪気は無さそうだし、根は良い子なんじゃない?)
エリザベスはクララの事を猛獣と言っていたが、素直な猛獣なんじゃないかとキャサリンが油断し始めていた時だった。
「クンクン。
そう言えば、この部屋に入った時から、甘い香りが部屋にこもっているんですよね」
そう言うと、クララは部屋にあったタンスの引き出しをスッと開けた。
「あっ、その引き出しは……」
引き出しの中には、業務スーパーの1リットル紙パックから出した水ようかんのような形の、プラスチック爆弾が並んでいた。
「あれっ? シーフォー?」
クララは、思わずつぶやいた。
「えっ、今シーフォーって言いました?」
キャサリンも思わず聞き返した。
※シーフォー(C-4)
アメリカ軍でのプラスチック爆弾の呼称。
コンポジション4を略してC-4。
最初のプラスチック爆弾は、ノーベルが発明したと言われている。
それを改良していって、C-2、C-3ときて2020年現在C-4。
甘い香りで、実際に甘い味がするそうだが、食べると有毒。
「シーフォン、シフォンケーキって言ったんですよ。
次回は、早速シフォンケーキを作ってきますね。
私、メレンゲづくり得意なんですよ。
メレンゲのクララと呼んでもらっても、構わないですよ。
アハハハハ」
クララが早口で話す。
いかにも、怪しい。
※シフォンケーキ
クララの言う通り、メレンゲを使ったスポンジケーキ。
フワフワの食感で、口の中で溶けるようなモノが多い。
絹織物のシフォンのように軽い口当たりから名付けられたとされる。
(いやいやいや。
怪しい。 怪し過ぎるから。
この世界の人間は、プラスチック爆弾なんか知らないはず。
本当にシフォンケーキを言い間違えただけの偶然かもしれないけど、異世界転生者の可能性は、グーンと上がったわ。
さらにそれを、C-4と呼ぶなんて、たとえ地球から転生してきたとしても、かなり特殊なケースだわ。
日本には爆薬開発していた女性エンジニアなんて、数えるほどしかいなかったはず。
軍の関係者? ヘビーなゲーマー? 前世は男?
主人公クララの正体は、一体何者なの?)
「クララ様、ダメですよ!
人様の家の引き出しを勝手に開けては」
クララが、付き人のはずのエレナに怒られている。
某国民的ロールプレイングゲームじゃ無いんだから、人の家の引き出しを漁ってはいけない。
「えへへー、ゴメンゴメン。
つい、匂いに釣られちゃった」
クララは、キャサリンの方に向き直る。
「キャサリン様、勝手に引き出しを開けたりしてごめんなさい。
お詫びに、来週はすっごく美味しいシフォンケーキを作ってくるから、それで許してください」
この喋り方は、完全にゲームの主人公クララの口調だ。
もし転生者なら、前世の自分の話し方に引っ張られるんじゃないだろうか?
声優さんの話し方を完全にトレースできるという事は、ゲームをやっていた可能性も高まる。
キャサリンは、ますます危機感を抱いた。




