389.ドレスコード対策
「でも、ドレスコードの問題は残ったままなんですよね」
クララが、ポツリと漏らす。
真面目そうなメガネ女子が、また焦り始める。
「そ、そうです。それも大問題です。
私たち、パーティーに着ていくような服を持っていません。
こんな学校に来るような格好で、お城のパーティーに行っても良いものなのでしょうか?」
「でも、いくら庶民と言っても結婚式とか地域のお祭りとか、着飾る場所もあるのではないですか?
そういう服で十分だと思いますけど。
皇子たちも、パーティーに庶民を招くということはそういうことだと理解すべきです。
格式ばったドレスコードに拘っては、いけないと思いますわ」
パーティーで女性がきっついコルセットなどをはめることが苦痛だと思うキャサリンは、こういうパーティーがそんな風潮に一石を投じることになるかも知れないとチョット期待しつつ言ってみる。
これには、クララが反論する。
「確かにキャサリン様のおっしゃることは、正論です。
でも、お城の人たちがどう考えるかが重要です。
せっかくおめかしして楽しい気分でお出かけして、パーティーにふさわしい格好じゃないからと門前払いされたりしたら、すごくショックじゃないですか」
キャサリンは、少し考えて答える。
「確かにそうですわね。
でも、帝都は大きな街ですから、レンタル衣装店とか無いのですか?」
「レンタル……?」
首を傾げるクララを見て、キャサリンはやってしまったと思う。
庶民はめったに着飾らない上に、お金もない。
貴族は、買う。
レンタル衣装店など、この世界で経営が成り立つはずないと思い当たった。
「分かりました。
みなさん。明日の授業の後、私の家に来てください。
パーティー用のドレスをお貸しいたしますわ」
クララが、驚いたように聞く。
「えっ? でも、色んなサイズの人がいるのに、どうするんですか?」
「ノーベル家の女性は、私一人ではありません。
ファルマイト公国の本国のドレスと帝国のドレスを各種、無駄なほど揃えてありますから大丈夫ですわ。
母のドレスもありますし、お客様用にサイズを何種類もそろえた標準ドレスもあります。
私の家の使用人たちは優秀ですから、少々の丈直しくらいならその場で済ませられますし。
見た感じ、それほど特殊サイズの方はおられないように思いますわ」
実際、クラスの女子で太った体型なのはナタリーだけだ。
ナタリーは、ドレスを借りる必要はない。
体の小さい女子は、キャサリンの数年前のドレスでバッチリだろう。
メガネ女子が、遠慮がちに言う。彼女は、ばくやく令嬢キャサリンのファンだったので、色々なことに詳しいのだ。
「キャサリン様のお母さまは、キャサリン様が幼いころに亡くなっておられますよね。
そんな形見の品をお借りするなんて、恐れ多いです。
万一、汚したり破いたりしたら、どうやって償えばよいのか分かりません」
「大丈夫ですわよ。わざとじゃなければ、私は気にしませんから。
お母さまのドレスたちも、ずっとクローゼットの奥で眠っているより、たとえ汚れたって破損したって、着てもらった方がうれしいと思います。
大切に扱ってもらえれば、それでいいです」
「キャサリン様って、本当はお優しいのですね?」
感激した女子の一人が思わず漏らす。
「本当は……、ですって?」
キャサリンは思わずにらんでしまったのだろう。
その女子は平謝りに謝る。
「ご、ごめんなさい。キャサリン様は、本当にお優しいというのを言い間違えてしまいました」
まあ、夏休み前までは悪役令嬢のキャサリンだったのだから仕方ないか、とため息をついたが、前世で目が悪かったせいで目つきが悪くなっていることを恨めしくも思った。
「気にしてませんわよ。
私の目つきが厳しいせいで、誤解させてしまったかしら。オホホホ」
その女子の後ろで、エリザベスが小さな声でボソボソとつぶやく。
「あ、あのー。あだしは平民じゃないだども、皆さんとご一緒してよろしいでしょうか?」
「あら、リズ。もちろん大歓迎よ」
エリザベスの表情がパアッと明るくなる。
「あだしの家も貧乏な田舎貴族だから、帝都の華やかな人たちの中で田舎臭い恰好をするのに、すごく引け目を感じてただよ。
キャサリン様の服を借りられたら、そんな心配なくなっちまうだ」
「リズは元が良いんだから、引け目を感じる必要なんてないのに」
21世紀の日本人目線だと、エリザベスは田舎臭いのではなくイケイケギャルにしか見えない。
「なんだかキャサリン様は、夏休みが明けたら人が変わったように話しやすくなっただな。
リズって、そんな気安く呼びかけられたら、照れちまうだ」
「リズは、リズよ。覚えていないみたいですけど、私たちはお友達だったのよ」
「ええっ? キャサリン様とお友達? 夢みたいだあ」
エリザベスは、本当に恍惚の表情だ。
キャサリンは、(あと何週間かすれば、きっと思い出すはずですわ)と心の中で話しかけていた。
クララが、蚊の鳴くような小さな声で、「私もわざとじゃなかったんだけどな」とつぶやいていたが、キャサリンは気づいていなかった。
翌日の学校では、クラスの女子たちがソワソワしているのが傍目にもはっきり分かった。
どんな素敵な服が着れるのかと、女子たちはその話題で持ちきりだ。
その様子を、他のクラスの女子たちが羨望の眼差しで見ていた。
うわさを聞き付けた男子たちも、サナンダにお願いして礼服を借りることにしたらしい。
だが、ファルマイト公国公邸には、さすがに礼服は貸し出すほど無いみたいで、サナンダは何とかすると断言したということだ。
授業が終わった夕方、キャサリンの住むファルマイト公国公邸にクラスの女子のほとんどが集まってきた。
ナタリーも、服は借りないけれど公邸の中に入ってみたいということで、馬車に乗ってやって来た。
間を取り持ったクララも付き添いのような形で、みんなを連れて徒歩でやって来た。
男子たちは、サナンダの住んでいる離れの方に集まっているそうだ。
サナンダの方は、町の服屋を呼び寄せて服を作らせている。
こちらは服を仕立てているので、それなりのお金がかかる。
ただ、ファルマイト公国はダイナマイトで儲かっているので、サナンダにとってははした金だ。
男子たちはサナンダに借金をした形になるが、出世払いで良いと言われているみたいだ。
もはやサナンダは、このクラスの男子たちにとって皇帝陛下のように君臨する存在となっていた。
これまでは、エドワードが皇帝陛下直系ということで一目置かれていた。
この日を境に、キャサリンの扱いに関してエドワードを諫めたサナンダが、クラスの中心的存在になる。
それも、エドワードの開催するパーティーが原因で。
何やら諍いの予感が、立ち込める。
次回更新は、1月31日(火)の予定です。




