34.ヴェンデリンは竜人の血が濃い
皇帝の息子3兄弟と会った翌日、ノーベル夫妻は領地に向かって旅立って行った。
その4日後、ヴェンデリンの母ウリヤーナ夫人が、血相を変えてキャサリンの元を訪ねてきた。
「キャサリン様。
こんなことをお願いしてよいものかどうか、迷ったのです。
でも、どうしようも無くて訪ねてまいりました」
その尋常ならざる様子に圧倒されながら、キャサリンは事情を聴く。
「ちょっと落ち着いて下さい。
一体何が起こったのでしょうか?」
「実はウチの息子ヴェンデリンが、部屋に閉じこもって出てこないのです」
「ああ、小さな子供にありがちなやつですね」
そう言いながら、自分も未だ小さかったか、と思うキャサリンだった。
「何日も閉じこもって出てこないなんて、ありがちなことなのでしょうか?」
「い、いや、何日もとなると、そうそう無いですわね」
(そんな深刻な問題を、10才の少女に聞くなよ!)
キャサリンは少し呆れたが、ウリヤーナ夫人は真剣だ。
聞けば、この間登城した時に城の前で会った、伯爵家の息子たちに馬鹿にされたらしい。
それで怒ったヴェンデリンは、魔力を暴走させて伯爵家の子供たちに大けがをさせた。
先方の親である伯爵は、相当強く皇帝に抗議したようだ。
ヴェンデリンは皇帝陛下直々に、きつく怒られたという事だ。
それ以来、自分の部屋に閉じこもっているらしく、ついこの間ヴェンデリンが懐いていたキャサリンを頼って来たらしい。
ヴェンデリンが登城したのは、自分がゲオルグたちと上手に話を出来なかったことと、無関係ではない。
登城しなければ、伯爵家の子供たちとのトラブルも起こらなかったと考えると、キャサリンは少し責任を感じた。
部屋から引っ張り出せるかどうかは分からないが、協力することにした。
キャサリンは、護衛のソフィアを伴ってウリヤーナ夫人の馬車に乗り込んだ。
「でも、皇帝の息子を馬鹿にするなんて、伯爵家の子供たちも調子に乗り過ぎですよね」
キャサリンは馬車の席に座って、ため息をついた。
「いえ、ヴェンデリンは確かに皇帝陛下の息子なのですが、皇位継承権が無いのです。
ですから、伯爵家の人たちなら、ヴェンデリンに失礼なことをしても罪にはなりません」
「ええっ? どうして皇帝の息子なのに皇位継承権が無いのですか?」
キャサリンは驚いて、素っ頓狂な声を出してしまった。
「ヴェンデリン様は、竜人の血を引いておられるのですね?」
ソフィアが尋ねた。
「はい、わたくしはとても濃く竜人の血を引いております。
そのせいで、ヴェンデリンも生まれた時から、強い魔力を持っています」
ウリヤーナ夫人は、チロチロと蛇のような舌を出して見せた。
ウリヤーナ夫人は、帝国の北西にあるリエリー公国の出身らしい。
リエリー公国の者は、その西に住む竜人族との交配が多い。
元々人間は、魔法など使えない種族だった。
しかし、魔法の得意なエルフや強力な魔力を持つ竜人族などと混血を繰り返して、魔法を使う力を手に入れた。
要するに他種族の血が濃いほど、魔法が得意になる訳だ。
しかし、何世代も進むにしたがって、完全に人間の外見のまま魔力を持ち、魔法を使える者が現れた。
人間が、その数と集団での戦闘能力でこの世界の覇権を握り始めると、そういう人間の外見で魔法を使える者たちが、貴族としてもてはやされた。
実際には、魔力の強い種族との交配を繰り返さないと、そのうち魔力は無くなってしまう。
帝国直轄領の貴族には、魔力を失った貴族が結構いるらしい。
そういう者たちが実権を握っているため、帝都では人間の血統自体が重視されている。
だからこの仕組みを知っている上位貴族は、魔力の強い種族の血を濃く受け継いだ側室を囲い、完全に人間の外見を持っている者だけを皇位や爵位の継承者に加える。
複雑なルールで、継承順位が簡単には分からないようにしている。
そうやって、魔力を失わないように工夫しているのだ。
ヴェンデリンは、背中などにウロコがあって竜人の特徴を強く出しているので、皇位継承権は認められない。
魔力の無い伯爵の息子たちは、そんな裏事情は知らない。
そして、魔力が強くて人間と違う外見を持ったヴェンデリンを、いつもバカにしていたそうだ。
「あの子は暑い季節なのに、お会いする時いつでも長袖を着ているでしょ?
キャサリン様に、腕のウロコを見られたくないからだと思うんです」
「そんな事情があったんだ。
私、何も知らなかったですわ」
ヴェンデリンの家に着いて、彼の部屋の前に案内された。
もう三日も出てきていないらしい。
完全に閉じこもっているから、水も食料も差し入れできない。
「このままじゃ、死んじゃうよ。
お願い、ドアを開けて出て来て」
「もう、ボクの事は放っておいてよ!
ボクは、頭に来たら人を傷つけちゃうダメなやつなんだ。
おねえちゃんも、ボクの事嫌いになっちゃったでしょ」
「そんなことくらいで、嫌いになんかならないよ。
お願いだから、ドアを開けて!」
「もういいよ。
ボクは、このままずっとここで一人で、、、暮らす、、、か、、ら」
力のない声が聞こえた。
その後、いくら話しかけても返事が無い。
キャサリンは、声の方向からヴェンはドアの正面にはいないことを分かっていた。
さっき聞いた部屋の構造では、ドアの線上にはベッドは無い。
恐らくヴェンデリンは、ずっと飲まず食わずでベッドの上にいると思われる。
ヴェンデリンの篭る部屋の前で、キャサリンが叫ぶ。
「ヴェン、ドアに近付かないでね。
今からこのドアを吹っ飛ばすから」
周りの人たちが驚く。
「キャサリン様、確かに今ヴェンデリン様は難しいお立場に居られますが、曲がりなりにも皇帝のご子息です。
そんな方の部屋を爆破するなんて、とんでもないことです」
「水も飲まないなんて、本当に死んじゃいますわよ。
私にできることは、このドアを吹っ飛ばすことだけです。
ヴェン、もし万が一ドアの近くに居るなら、少しでも離れてね」
そう言うと、キャサリンはドアの下の隙間にダイナマイトを一本差し込んだ。
「皆さんもドアから離れて下さい」
キャサリンは、ダイナマイトの導火線に火を点けると走って逃げた。
シュルシュルシュル……ドッカーン
木で出来たドアは、二つに折れて部屋の中に飛び込んでいった。
爆発音を聞いて飛んできた護衛の兵士は、ソフィアに制止された。
「ヴェン、大丈夫?」
キャサリンが部屋の中に入ると、部屋の奥にベッドが置いてあった。
その上で、ヴェンデリンが力なく横たわっている。
「ヴェン、返事して!
生きてるわよね」
「キャサリンおねえちゃん。
ボク、生きている値打ちなんか無いよ。
人を傷つけることしか、できないんだ。
このままにしておいてくれたら、良かったのに」
キャサリンは、ヴェンデリンの頭をポカっとげんこつで叩いた。
「あいたっ」
「ヴェン、死んでいい人なんていないからね。
少なくとも、あなたが死んだら私が悲しむから。
あなたが死んで悲しむのは、あなたの事を好きな人たちなのよ。
人を傷つけたって思って、自分が傷ついているんでしょ。
それは、あなたが優しいからよ」
「おねえちゃーん。ウワーン」
ヴェンデリンは、キャサリンに抱きついて、何時間も泣きじゃくった。
その日キャサリンは、ヴェンデリンの家で一緒に夕食を食べて、同じベッドで寝た。
「おねえちゃん。
ボク、本当におねえちゃんの騎士になるから。
絶対になるから」
翌日、元気になったヴェンデリンが力強く言った。
「そうね、じゃあ期待しているわ」
キャサリンに頭を撫でられて、ヴェンデリンは嬉しそうに笑った。




