30.婚約は強制イベントなの?
ゲームの世界では、キャサリンはエドワードと婚約していた。
主人公クララが、二人の皇子と仲良くなっていくのを妬んだキャサリンが、公爵令嬢の地位を利用して横取りする形で婚約にこぎつけるのだ。
それは、魔法学園の1年目に起こるイベントだ。
キャサリンは、ゲームの中のその一部始終を思い出す。
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あるパーティーで、キャサリンはエドワードたちと立ち話をしていた。
遠くからその姿を見つけた主人公クララは、軽率にもジュースの入ったグラスを持ったまま走り出した。
クララは目的地の手前で、キャサリン取り巻きの令嬢に足をかけられて転んでしまう。
キャサリンの純白のドレスは、亡き母の形見だった。
クララのこぼしたジュースで、ドレスを汚されたキャサリンは、泣きながら訴える。
「私の母は亡くなる前に、結婚式にはこのドレスを着て欲しいと言い残していたのです。
こんな汚されたドレスを着た花嫁をもらってくれる殿方など、いらっしゃいませんわ」
「ごめんなさい。
そんな大事なドレスを汚してしまって。
許してくださいとは申しません。
キャサリンさんの気持ちが少しでも和らぐなら、私にできることならどんなことでもいたします」
クララも泪を流しながら謝った。
取り巻きたちが騒ぎ出す。
「クララさん。
キャサリン様が結婚出来ないように、わざとやったんじゃありませんこと?」
「公爵令嬢が結婚出来ないようにしてしまうなんて、死んでお詫びしたって許されるものじゃありませんわ。
何が、『私にできることなら何でも』 なのかしら?」
会場の雰囲気は、ドンドン悪くなっていく。
クララが死んでお詫びでもしないと、許されないような雰囲気になっていく。
見かねたエドワードが、ここで男気を見せる。
「俺は、花嫁が汚れたドレスを着ようと、ツギハギのドレスを着ていようと構わない。
母の形見のドレスを、どんな状態でも着てくるのは、母思いの証拠だ。
そんな花嫁を責めるやつを俺は許さない」
取り巻きの一人が、感激した体で叫ぶ。
「それは、エドワード様がキャサリン様を花嫁として迎えるという事ですか?」
「え? それは……」
言い淀むエドワードに別の取り巻きが追い討ちをかける。
「母の形見のドレスを汚されて悲しむキャサリン様を見て、結婚式にはそのドレスを着て来いとおっしゃるなんて、さすがエドワード様ですわ」
「おめでとうございます、キャサリン様!
皇子様からのプロポーズですわよ」
「キャサリン様、おめでとうございます!」
エドワードは、皇位継承権が低いとは言え皇帝の一族だ。
日の出の勢いの公爵家とのいざこざは、許されない。
公爵令嬢に恥をかかせるわけにはいかない。
その場は、エドワード皇子がキャサリンの前にひざまずいて、手にキスをして収まった。
プロポーズは既成事実となり、翌日には正式に両家で契約が取り交わされた。
明らかに、主人公クララを救うためのプロポーズだった。
ただ、身分的にもつり合いが取れており、両家にとって都合の良い組み合わせでもあった。
余程の事が無い限り、そう簡単に婚約解消は出来ない。
双方に愛が無いなどという理由は、認められない。
ゲームの中では、キャサリンがいなくなるまで二人の婚約関係は続くことになった。
ゲームではこれは強制イベントで、どうやっても避けることは出来なかった。
でも、キャサリンの側ならば退避可能だ。
パーティーで、純白のドレスを着なければ良いはずだ。
大体母の形見のドレスは、それこそ何十着もある。
その中に純白のドレスもあるが、母がドレスに関して何か遺言をしたなど聞いたことも無い。
ただ、もしかしてクララのフラグをへし折ったせいで、このイベントが起きないとしたら、エドワード皇子との婚約も起こらないかも。
まあ婚約できなくても、あんな美少年と仲良くなれたら、それだけで嬉しい。
近くで眺められるだけでも、満足できそうな気がする。
キャサリンはエドワード皇子との婚約に、そこまで拘ってはいなかった。
ただとにかく、何か切っ掛けが欲しい。
二人の皇子のイケメンぶりを知ってしまった以上、仲良くならないまでも愛でたかった。
この世界には、待ち受け画面もポスターも無いので、本人に会うか心に焼き付けるしかないのだ。
まだ、心に焼き付くほど愛でていない。
父が帝都にいる間に行動を起こしてもらわないと、自分で皇子たちとの関係を紡ぐことは不可能だ。
忙しい父に、夕食の場でそれとなく匂わせてみた。
一週間後には、父のノーベル公爵は母を連れて公国に帰って行く。
ダイナマイトは、今は細々とパーライトのお屋敷の実験室で作っている。
今の生産量では、今の需要を満たすだけで何十年もかかってしまう。
工場の建設や物流体制の構築など、広範囲にわたって指示を出さないといけない。
基本方針さえ伝達できれば、ファルマイト公国の事務方は優秀だ。
ただ、優秀ゆえに放っておくと、てんでバラバラな方向に全速力で進んでいく。
キチンと手綱を握って、制御しないといけない。
公爵は一刻も早く領地に帰って、陣頭指揮をとらなければならない。
この状況では、娘の恋愛のために何かするなど、とても無理に思えた。
だが、ジェームス・W・ノーベル公爵は、出来る父親だった。
娘を帝都に置いて帰るのは、当然娘の意向もあったが、エドワード達との関係を深めるためとも考えていたのだ。
ちゃんと、手を打っていた。




