28.吊り橋を渡ったのは、私の方だったようですわ
「ハッハッハッハッハ
いやいや、大した覚悟じゃ。
ノーベル公爵は亜人に対して偏見を持たないとは聞いておったがな。
ソフィアがこれ程までに言い切るとは、まさしく真実なのだろう。
皆のモノ、剣を収めよ!」
村長が大声を発すると、オークたちは皆剣を収めた。
だが、ソフィアは剣を構えたままだ。
「待て! 貴様。
私を試したというのか?
その様な、なめた真似を私が許すとでも思うのか?!」
村長は、ペコリと頭を下げる。
「すまんすまん。
ソフィア、ワシが悪かった。
ここは、ワシに免じて怒りを抑えてくれ。
どうしても許せんと言うなら、ワシの首を取ってくれても構わん」
そこまで言われて怒り続ける訳にもいかず、ソフィアも剣を収めた。
「だが、全て許した訳では無いからな」
頭に血が上っているのか、顔は真っ赤だ。
村長は、話を続ける。
「ワシらも、人間どもには小さな集落と思われておるが、数千のオーク族が住む、決して小さくない集団じゃ。
さらに、近隣には様々な亜人や動物・怪物が生息しておる。
ワシらが人間と手を組むということは、人間と亜人の間の力の均衡が崩れるという事じゃ。
そう簡単に同盟は、結べんのじゃ」
「それは、人間と亜人が対立する前提の話ですよね。
みんなが協力して生きていけるなら、みんなが心豊かに暮らせるなら、争うことも奪い合うこともしなくて良いはずです」
キャサリンというか明神さくらにとっては一般的な、現代日本人の考え方を述べた。
※パナソニックの創業者松下幸之助さんが唱えた水道哲学。
水道の水のように、欲しいモノが普通に手に入るようになれば、争いは無くなって平和で幸せな暮らしが出来るという考え方。
日本の経営者の多くがこの考え方の元に、良いものをより安く人々の元に届けようとした結果、現代日本人は豊かになり、穏やかになったという説がある。
「キャサリン・ノーベル公爵姫。
あなたは、本気でそんな夢物語を語るのか?」
村長は、少し疑いの眼差しをこめてキャサリンを見る。
「夢物語じゃ、ありません。
私は、今回の都市建設予定地に『自由都市』と書いてもらいました。
自由と言うのは、解き放たれることです。
この街では、身分とか、人間か亜人かとか、そういう束縛から自由に羽ばたける、みんなが自由に生きられる街を作りたいんです」
「なんと、公爵令嬢自らが身分を無視した街を作りたいと、おっしゃられるのか?」
「そのとおりです。
領土は広いけど、人間の人口がそれほど多くないファルマイト公国は、帝国直轄領程には栄えていません。
でも、亜人の人口を加えて経済活動を活発化すれば、きっと豊かになります。
最初は夢物語と思う人の方が多いでしょうけど、すぐです。
3年後には、自由都市は近隣諸国と比べても、比類ないくらいの大都市になります。
人の心はそう簡単には変わらないかも知れないけど、時間が経てば変わっていきます」
5年後にゲームの舞台が始まり、都市開発や内政に関与できなくなる。
6から8年後に、自分は破滅してしまう。
彼女は絶対に、自由都市を3年後には大都市にしたかった。
「そのような明確なビジョンを聞かされては、否定するのは野暮ですな。
分かりました。お嬢さまを信じましょう。
と言うよりも、私はあなたの信者になってしまったかも知れません。
近隣の亜人たちも説得しましょう。
恐らく、我々オークだけでなく、近隣の全部族が自由都市に協力することになりましょう」
「有難うございます。村長さん」
両手でスカートの裾をつまみ、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を深く曲げ、頭を下げて、カーテシーを決めた。
「ところで、もし私が裏切っていたらお嬢様たちは、どうするつもりだったのですか?」
ソフィアが、村長に詰め寄る。
「その場合は、『人間の浅知恵など、こんなものだ』と言って、新しい都市の主導権を握る交渉をするつもりじゃった。
交渉の時には人質はお返しするが、交渉材料にはするイメージじゃな」
「では、キャサリン様たちに危害を加える気は無かったと?」
「ああ、公爵殿が亜人に偏見を持っていないことは事実じゃ。
そんな貴重な方たちを傷つけるつもりはない。
ただ、我々がより豊かな暮らしをするために、利用させてもらおうと思ったのは事実じゃがな」
「お互いが平和的に利用し合えば、みんな豊かになれますよ」
キャサリンの言葉に、村長は親指を上に突き出して答えた。
このポーズは、オーク族にとっての「いいね」サインだそうだ。
「まあ、お嬢様を傷つけるつもりが無かったのなら許しましょう」
ソフィアの怒りが、ようやく解けたようだ。
「しかし、ソフィアよ。
カーボン村に、あまり良い思い出が無いようじゃな。
お前にとってはどうなのか分からんが、ワシらにとってはお前はこの村の誇りじゃぞ」
村長の言葉に、ソフィアは意外そうだ。
「それは、一体どういう……」
「今回、お前がお嬢さまを慕う気持ちは十分に伝わった。
同時に、お嬢さまのお前に対する信頼もすごいものじゃった。
お嬢さまは、ワシらオークに対しておかしな偏見も持っておらんし、必要以上に恐れてもいない。
確かにお嬢さまも立派なんじゃが、やはりソフィアが信頼感を勝ち取っているからこその事だと思うんじゃ。
ソフィア。お前は、人間とオークの架け橋なんじゃ。
お前のような奴がワシらの村出身なのを、本当に誇りに思うぞ」
「ソフィアが居るからオークが怖くないのは、間違いないわ」
キャサリンの言葉に、ソフィアは片膝をついて敬礼する。
「もったいないお言葉です」
キャサリンとソフィアの間の絆は、さらに深まった。
「結局、吊り橋を渡ったのは、私の方だったようですわね」
「お嬢様は、吊り橋の近くにはおられましたが、渡ってはおられませんよ」
馬の上でソフィアは、キャサリンを軽く抱きしめながら笑う。
「ソフィアったら、そんなジョークも言えるようになったのね」
ソフィアとキャサリンは、笑い合った。
馬車の窓のカーテンが開いて、公爵が顔を出す。
「キャサリン、今日のはちょっとジョークで済ませられるレベルじゃ無かったぞ」
「申し訳ございません。お父さま。
私、オークの頭の良さをなめておりました。
あんな風に、裏の裏を読むような作戦を実行するような方々とは、知りませんでした。
以後、気を付けるようにいたしますわ」
「まあ、分かればいいよ」
父は、危機に際して妻が自分を頼ってくれたことを、密かに喜んでいた。




