24.カーボン村
朝食の時間になって、公爵一家と護衛の者が食卓についた。
いつもキャサリンの横にいるソフィアがいないので、公爵は疑問に思う。
「あれ?
キャサリンの横にソフィアがいないなんて、どうしたんだ?
こんな野営地では、山賊や怪物が襲ってくる可能性も皆無ではないのに」
「お父さま。
野営地とはいえ、今後大都市になる予定地ですよ。
その中心に私たちは、います。
ここに居れば、危険はほとんどありません」
「まあ、それはその通りなんだが」
「あと、ソフィアの故郷であるカーボン村には、多くのオークが住んでいます。
多くのオークですよ」
「いや、面白いけど……
それを言いたいだけなのかい?」
面白いと言いながら、公爵はニコリともしていない。
「この一帯の治安は、オークにより守られています。
今、このテントから何キロも離れた位置で家を建てようとしている人達も、そのおかげで無事です」
「ああ、そのために先遣隊にはカーボン村にタップリ貢ぎ物を持って行ってもらったし、市場にもオークの占有スペースを十分に確保してある。
カーボン村の村長の許しが無ければ、看板を立てることも難しかっただろうな」
公爵は、「村と戦って勝利すれば別だが」という言葉を飲み込んだ。
平和的に同盟を結んで欲しいと、キャサリンに懇願されている。
それに、ソフィアの故郷と戦うのは気分も悪い。
彼の頭の中には、戦う選択肢は無かった。
「もし何かあるとしたら、オークが動いた場合だけですよね。
ソフィアはそれを心配していたので、少し休ませたのです」
「まあ、幼なじみと戦ったりする可能性も考えると、元気がなくなるのも仕方ないか。
しかし、彼女がそんな命令に従うとは信じられないな」
「彼女は騎士です。
主君である私の命令には、絶対服従です」
「そういうものなのか?
でもキャサリンに絶対服従してくれるなら、安心かな」
公爵は娘が何か企んでいることに、気付かぬふりをした。
アン夫人が慣れない旅で疲れていることも考慮して、1日空けてから公爵夫妻がカーボン村にあいさつに行くことになった。
友好的なあいさつに行くのと、何かあれば自由都市予定地から30分で駆け付けられるので、近衛部隊は予定地に置いていく。
キャサリンは万一に備えて、公爵に虎の子の手りゅう弾を2発預けた。
一つは、セメンタイトでも使った閃光手りゅう弾。
もう一つは、煙幕手りゅう弾だった。
煙幕手りゅう弾は、煙を出して隠れることが出来る。
オープンスペースで使用した場合には、煙が立ち込めるので、異常を知らせることも出来る。
煙幕手りゅう弾は、お砂糖を酸化剤(硝酸カリウム)と混ぜて処理すれば出来るので、実は帝都に来てからあり合わせの材料で作ったものだ。
硝酸カリウムは、帝都で買った肥料から抽出した。
フライパンを2つほど焦げ付かせて、数時間厨房を占拠したので、帝都別邸のメイド長はあまり良い顔をしなかったが。
予定地に建てた見張り台から、千里眼の魔法使いがカーボン村の方を見張っている。
万一、煙か閃光が見えたら近衛部隊が出動することになっているので、手りゅう弾はどちらも本当の非常時以外使わないようにと、キャサリンから言い聞かされていた。
「お父さま、お母さま、くれぐれもお気を付けて。
この表敬訪問は、自由都市の街づくりの要になります。
オーク(鬼)たちが、ビジネスパートナーとして契約を結んでくれるのか。
逆に人間との関係は、勢力争いにしか興味ないかも知れません。
それらを見極められる大事な行動ですが、大きな危険と背中合わせです」
「分かっているよ、キャサリン。
私達は、必ず無事に帰ってくる。
安心してくれ。
さあ、行こう、アンさん」
ジェームス・W・ノーベル公爵とアン夫人、それぞれの直衛の二人の武官を載せて、馬車はカーボン村に向けて出発した。
先遣隊の報告では、新しい街づくりに対して、カーボン村は概ね好意的な反応だという事だ。
だが、貢ぎものを持って来た先遣隊と違って、今回は公国のトップだ。
万一危害を加えたら、人間との全面対決となり、この一帯のオークは一掃されるだろう。
オークにはそれが分かっているから安全とも言えるが、村に恨みを持っている者がいれば、その者にとってはチャンスだ。
また、公爵を人質に取れば大概の要求は通るだろう。
部族よりも個人の利益を重視する者がいれば、危険だ。
どこにでも、ならず者はいるものだ。
どれくらい統制が取れているのかが分からない。
だから、危険度がはっきりと見えないのが怖い所なのだ。
しかし、キャサリンは、オークたちが自分の味方に付くことを確信していた。
実は、ゲーム『愛の弾丸娘』の学園生活最後の戦い、それはこのカーボン村の辺りだった。
そして、ゲームの中でキャサリンがけしかけた怪物軍団。
その主戦力は、オークたちだった。
つまり、ゲーム中のキャサリンは、カーボン村近辺でオークたちを配下にしていた。
間違いなくカーボン村のオークたちが、味方になっていたと考えられるのだ。
しかも、直衛騎士のソフィアがこの村の出身だという。
もはや疑いようもなく、この村は自分の味方になる。
それを踏まえて、ここに都市を造る計画を立てたのだ。
公爵夫妻の馬車は、カーボン村に到着した。
木の柵で囲まれた村の門を通って、村の中央に位置する村長の家に向かう。
実務的な交渉は、先遣隊が終わらせている。
公爵たちのあいさつは儀礼的なものになるので、市場の権利書などの目録だけを持って来た。
人間とオークの食生活の違いから、一緒に食事をした場合いらない摩擦が生じる可能性がある。
そこで、食事会などの宴は開かないことになっている。
例えば芋虫の丸焼きなど、アン夫人には絶対に無理だが、それをオークの村人がどう思うかという事だ。
村長と公爵夫妻の世間話は、終始和やかに行われた。
村のお茶と公爵持参の砂糖菓子をつまんでの、くだけた対話は無事終了した。
ホッとして帰ろうとする公爵に、村長が頼んできた。
「すまんが、副村長にも会ってやってくれんかの?
奴は、ちょっとへそを曲げておってのう」
「それは、人間との同盟に反対されているという事ですか?」
公爵は、少し緊張した。
「いや、この村に同盟に反対するものは、おらんよ。
みな豊かになることに、興味を持っておる。
ただ、全ての決裁をワシが執り行うことに、へそを曲げとるんじゃ」
「そう言う事でしたら、お会いして親睦を深めましょう」
公爵は、笑いながら答えた。
「ではお前たち、公爵閣下と夫人をご案内しろ」
指示を受けた、2名のオークが公爵夫妻を外へ案内する。
公爵夫妻と護衛の合わせて4名は、後を付いて行く。




