2.ゲームの破滅フラグも爆破ですわ
ノーベル公爵が邸に帰ると、娘が飛び出してきた。
「お父さま、どうでしたか?」
「すごいぞ、キャサリン。
岩は本当に木端微塵になった。
お前は、こんなすごいことをどうやって考えついたんだ?」
「オホホホ。
お父さま、ワタクシ生まれ変わりましてよ。
もう箱入りの公爵令嬢では、ございませんわ。
これからは、人呼んでばくやく令嬢 キャサリンですわ」
実は、娘は本当に生まれ変わっていた。
理系女子で、ゲームが大好きだった明神さくら。
彼女は、ゲーム『愛の弾丸娘』の主人公のライバルキャラ、キャサリンに生まれ変わってしまった。
そのことに気付いたのは、父の留守中に忍び込んだ実験室で、フラスコを軽く振った時だった。
パーンッ
中に少し入っていたニトログリセリンが爆発したのだ。
フラスコは、粉々になって飛び散った。
量が少なかったので、怪我をすることは無かったが、ビックリして転んでしまった。
「ニトログリセリンを液体のままフラスコに入れておくなんて。
お父さまったら、なんて馬鹿なことを……
運よく、怪我をしなかったけど。
大事な娘の顔に傷でも付いたら、どうするつもりなのかしら?」
自分で言った言葉に、キャサリンは驚いた。
「あれ?
どうして私は、これがニトログリセリンだって知っているの?
それに、爆薬の扱いも知っているし、もっと強力な爆薬も作れる。
私は、キャサリン。
でも、明神さくら、さくらよね」
そして、少し考えこむ。
「私、異世界転生してしまったのね。
でも死んだ記憶が無いわ。
ただ、生きていた記憶も30才くらいまでなのよね」
思い出そうとしたが、やはり前の人生の終わり方は思い出せない。
夢を見ているのだろうかと、頬をつねってみた。
(痛い!) と思った瞬間、何かが頭の中に湧いて来た。
「キャサリン・ノーベル。
どこかで聞いた名前よね。
ハッ、まさか……」
彼女は思い出してしまった。
前世でハマっていたゲーム『愛の弾丸娘』のことを。
そして、その登場人物の事を。
ゲームの主人公が、平民から伯爵令嬢に成り上がって、魔法学園に入学する。
その魔法学園編で、最後に戦うのがキャサリン・ノーベルだった。
キャサリン・ノーベル。
悪役の公爵令嬢。
ゲームの中で、主人公の前に立ちふさがるライバルの一人。
主人公は物事を真っ直ぐ解決する性格で、弾丸娘と呼ばれていた。
弾丸娘と爆弾娘の戦いだ。
ゲームは、アドベンチャーパートと戦闘パートに分かれていた。
アドベンチャーパートでは、各種イベントを通して対象キャラクターの好感度を上げる。
好感度に応じて新しいイベントが起き、好感度の高いキャラは戦闘パートで味方になって、助けてくれる。
キャサリンは、正式な直系公爵令嬢で傍系伯爵令嬢の主人公クララより格上だ。
そして、キャサリンの母国は爆薬で財を成している。
彼女の実家が爆薬で儲けていたから爆弾娘だ。
ゲームの中では、別に爆弾を使って戦うわけでは無かった。
ただ、実家の資金力も、大きく凌駕する。
ゲーム内の彼女のパラメータは、非常に高い数値だった。
全てにおいて、彼女は主人公のスペックを上回っている。
しかし、主人公はストーリー進行によって、皇帝の息子二人を味方につけることが出来る。
その他好感度の高いキャラクターを連れて、戦闘パートに臨む。
主人公が卒業前の戦いに勝てば、キャサリンは主人公を虐げたことを恨む皇子に、戦闘のドサクサに紛れて殺されてしまう。
主人公が負けても、皇子の好感度が高ければキャサリンの運命は同じ。
皇子の好感度が低ければ命は助かるが、キャサリンの実家は爆薬の暴発で吹っ飛んで、落ちぶれていく。
ゲーム内では、どう転んでもキャサリンが幸せになるルートは無かった。
主人公に勝っても没落するのだから、救いようがない。
ゲームは主人公の学園卒業後も続くが、死ななくても爆弾娘は二度と登場しない。
「キャサリンは、失意のまま行方不明となった」
冷たい一言で説明されるのみだった。
主人公としてゲームをしていた時には気にも留めなかったが、キャサリンの運命は全く酷いものだ。
そんなキャサリンに生まれ変わっていることに気付いて、絶望しそうだった。
だが記憶の壁も、帝都までの障害物も爆薬で吹っ飛ばしている。
(主人公の敵役は、憎らしくないといけないし。
憎らしい敵は、酷い目に会うものよね。
だからといって、運命に任せて没落するなんて嫌!
破滅フラグも、残らず吹っ飛ばせば良いじゃない!)
そう考えた彼女は、一刻も早く主人公と皇子たちが出会う10才の帝都に行きたかったのだ。
皇子二人を主人公から引き離して、戦いに勝つ。
爆薬もすべて珪藻土に吸い込ませて、暴発を防ぐ。
この二つで、彼女が生き残る可能性はグッと上がるはずだ。
「ふっふっふっ。
いや、もう私は明神さくらじゃ無い。
今はお嬢様なんだから笑い方も変えないと。
オホホホ
私の破滅フラグは、全て爆薬で吹っ飛ばしてお見せしますわ。
木端ミジンコよ」
自分に向かって、高らかに宣言してみた。
まず最初に、帝都への道を塞ぐ障害物を爆破した。
次は、帝都で障害物を排除していこう。
別に爆破する必要はない。
公爵家の威光を存分に発揮すれば良いはずだ。
父の公爵を急かして、帝都への旅行の準備を進める。
「キャサリン、どうしてそんなに帝都に行きたがるんだい?
ファルマイト公国の首都マルテンサイトも、十分に都会だよ。
岩がどいたから、商隊をもうすぐ出発させるが、爆薬運搬に大切な娘を同行させるわけにはいかない。
この輸送部隊が帰ってくるまでくらい、待っておくれ」
父の意志は固く、今回の遠征に簡単には付いて行けそうにない。
今回の出荷分は、氷の魔法で作った容器に入れたニトログリセリンだ。
珪藻土に染み込ませたダイナマイトは、まだ持って行かない。
公爵は、準備を整えてからお披露目をする腹積もりの様だ。
キャサリンも父を見習って、しっかり準備を整えてから帝都に行くことにした。