18.長年の間に絡まった誤解も粉砕ですわ
主人公クララのフラグをへし折ったキャサリンは、次の作業に取り掛かる。
皇子たちは、基本的に城から出ることは少ない。
城壁の外の森の中に住む主人公が、皇子と出会う可能性は無い。
あの外見なら、何かの間違いで皇子たちと出会っても恋愛フラグは立たないだろう。
しばらくは、ノーマークでも大丈夫そうだ。
ゲームの中でキャサリンは、悪役令嬢だった。
その意地悪な性格は、『家庭環境に由来する』と、わざわざキャラクター紹介の文章に記述されていた。
確か、こんな風に書かれていた。
- 幼くして産みの母を亡くし、ふさぎ込んでいた所を父に溺愛されて、わがまま放題に育った。
主人公だけでなく、気に入らない継母も精神的に追い込み、跡取りが必要な公爵家なのに、彼女には兄弟がいない -
(気に入らない継母を精神的に追い込むって、えげつない書かれようよね。
でも実際、私のせいで家庭環境はおかしくなっているんだから。
ゲームのシナリオライターに、文句は付けにくい所だわ。
主人公のフラグの次は、家庭環境の改善ね)
キャサリンは対策を練った。
問題の解決には、情報の分析が重要だ。
原因は、自分の過去の言動だ。
過去は変えられない。
母は、父を愛する人と言った。
父は、母と結婚出来て嬉しかったそうだ。
本当なら、仲の良い夫婦になったはずだ。
とにかく二人に会話をさせて、少しずつでも誤解を解いていかないと。
自分のせいで、父と母は不仲になってしまっている。
長年に渡る誤解がこんがらがって、大きな距離が出来ているのだ。
これを解消して、居心地のいい家庭環境を作ろう。
ゲームの世界がどうこうというより、安らぎが得られるはずだ。
キャサリンは、決心していた。
まず、夕食の場にお母さまを引っ張り出さなくては。
そのために、勇気を振り絞って、母を夕食に誘おう。
ついこの間母は、庭で転んだキャサリンにテラスから駆け寄ってきた。
テラスでくつろぐ時間が、あるはずだ。
テラスを注意深く観察していると、アン夫人がお昼過ぎにテラスのイスに座って、ため息をついている。
キャサリンは、テラスまで走って行った。
「お、お母さま、ハアハア」
「まあ、どうしたの?
そんなに息を切らして」
「お母さま、私小さい頃にお母さまに大変失礼なことを言ったと思います。
でも、今の私の気持ちは違います。
お願いします。今晩一緒に夕食を取ってください!」
こんな大事な所で、小細工をしたらダメだ。
まるで、ゲームの主人公の弾丸娘のように、真っ直ぐストレートに自分の気持ちを伝えた。
アン夫人は感極まった表情で、ハンカチを取り出した。
泪を拭きながら、もう一方の手でキャサリンの手を取る。
「キャサリンさん。すっかり大人になったのね。
わたくし、こんな日が来るなんて、来るなんて……」
言葉に詰まった。
「では、お母さま。
今日の夕食は、3人分を一緒に用意させますね」
「ええ、そうして頂戴。
キャサリンさん、ありがとう」
「いえ、私の方こそ今まで本当にごめんなさい」
夕食のテーブルについたノーベル公爵は、少し戸惑った。
テーブルの上に、食器が3セット並べられていたからだ。
キャサリンが、鼻をふくらませながら言う。
「今日は、お母さまが一緒にお食事をして下さるって」
「えっ? そうなのか?」
心なしか、父もうれしそうだ。
少し遅れて、アン夫人もやって来て、食事が始まった。
ただ、3人そろっての食事は4年ぶりの事だ。
みな、ぎこちなかった。
なかなか会話が始まらない。
前菜を食べて、スープを飲み終わった。
給仕の者が公爵の斜め後ろから、本日のメインディッシュがイノシシ肉のステーキであることを告げる。
「そうだ、こういう時のために取って置きのワインがあったんだ。
セバスチャン、取って来てくれないか」
そう言って、公爵はワインのエチケット(ラベル)の写しを手渡した。
こんなものを持っているなんて、公爵もいつか夫人が食事の場に現れることを想定していたのだろう。
受け取った給仕のセバスチャンは、一礼してスタスタと去って行った。
(この局面で、サッと勝負ワインを出してくるとは、さすが我が父)
キャサリンは、感激していた。
焼きあがったステーキと一緒に、セバスチャンが持って来たワインボトルのコルク栓を抜いた。
大人二人のワイングラスに、少し発泡した白ワインが注がれる。
シュワーという音と共に、ほのかな良い香りが立ち込める。
前世で成人していたキャサリンというか明神さくらは、よだれが出そうな気がした。
(ううーっ、今の私は子供だから飲めないーっ)
「ハハハ、キャサリンももう少し大人になったら、一緒に飲もうな」
父は、娘がワインを飲みたそうにしているのに気付いて、微笑んだ。
父と母は、顔の前にワイングラスを持ち上げて、
「「チアーズ(乾杯)」」
と言うと、グッと口に付けたグラスを傾けた。
「うーん、美味い!」
珍しく父が上機嫌だ。
イノシシ肉のステーキは、本当に美味しかった。
ノーベル公爵が、このイノシシの産地についてのウンチクを述べるのを、アン夫人はニコニコしながら聞いていた。
(おっ、雰囲気が良くなってきた。
これは、イケるかも)
キャサリンがワクワクしていると、アン夫人が口をナプキンで押さえ始めた。
「公爵様、申し訳ございません。
わたくし、4年ぶりのアルコールだったせいか、少し酔ってしまったようです。
本当に申し訳ありませんが、中座させていただいてもよろしいかしら?」
「あ、ああ、無理せずに、休んでください」
アン夫人が去った食卓に、デザートのフルーツが運ばれて来た。
「ああ、妻の体調も気遣えずに、ここでお酒を出してしまうのが、僕のダメな所なんだなあ。
ハアー」
ノーベル公爵が、とても落ち込んでいる。
キャサリンには、かける言葉も無かった。
翌日、キャサリンは自分の部屋で鏡を見ながら、つぶやく。
「『子はかすがい作戦』は、失敗に終わったわ。
続けていれば、少しずつ関係は改善するかも知れないけど。
このままでは、2人の仲はいつまでも平行線だわ。
少なくとも、私の破滅には間に合わないかも」
後ろで聞いていたソフィアが、感心する。
「さすがお嬢様です。
アン夫人を夕食に誘うだけのことでも、そのように緻密に作戦を立てて、実行されているのですね」
「いや、そんな大それたものでは無いですけど……
しかし、これで諦める訳には参りません。
こうなったら、『吊り橋作戦』しかありませんね。
今度こそ絡み合った誤解を粉砕ですわ」
「吊り橋?
帝都の周りは平地ですから、そんなものございませんよ。
山の方に行かないと」
ソフィアが不思議そうな顔で言った。




