17.ソフィアは爆薬令嬢を絶対に守る
ソフィア・セレステ 15才の冬だった。
ハーフオークの彼女は、普通に生きていくことがとても難しかった。
教会で神父に、はるか南のダーバンという国は獣人が支配する国なので、ハーフオークでも暮らしていけるかも知れないと教えてもらった。
そのためには、ダーバンまで行かないと始まらない。
馬車代を払うために、帝都で開かれる武術大会に出場することにした。
身長約2メートル、恵まれた体格のソフィアは、出場者の中でも際立って強そうに見えた。
彼女は、力任せに木剣を振るって、1回戦を順当勝ちした。
2回戦も、少し時間はかかったが、勝つことが出来た。
もう心は、ダーバンでの生活について考え始めていた。
(あと3回勝てば、少なくとも馬車代は賞金で払える。
獣人の国という事だが、本当にハーフオークでも生きていけるのだろうか?
オークの村でも、ハーフオークは仲間外れだった。
結局、獣人の国に行ったら獣人以外は差別されるんじゃないだろうか)
心に邪念が生じたせいだろうか、3回戦でソフィアの剣は悉くかわされて、頭に一撃を食らった。
ソフィアは、3回戦で負けてしまった。
賞金は銀貨1枚だった。
これでは、隣の国まですら行けない。
結局のところ、体が大きいだけで戦いが強い訳では無い。
控室で椅子に座って、自分のダメさ加減を思うと泪がこぼれた。
大きな体を活かして、山賊として暮らしても良いとさえ思い始めていた。
強くなくてもビビらせれば良いし、逃げ足さえ早ければと。
「やあ、ソフィアさんだったかな?」
顔を上げると、若い青髪の男が話しかけてきたことが分かった。
武術大会に女性が出場することは稀だ。
控室は、男女で分かれていなかった。
「ああ、何か用か?」
ぶっきらぼうに答えた。
「君、すごい体格だよね。
ちゃんと訓練すれば、もっともっと強くなれるだろ」
「私は、訓練してもらうことは出来ない。
だから、これ以上強くなることは出来ないんだ」
「そんなに落ち込まなくても良いんじゃないか?
僕も3回戦で負けちゃったけど、僕は本当にこれ以上強くなれないと思う。
君のような、恵まれた体の人が羨ましいよ。
君はまだ若いんだろ?」
「ああ、15才だ。
もう、孤児院を出なくちゃいけない年なんだ。
大事な大会で負けてしまって、もう私には未来が無いんだ」
ソフィアは、力なく答えた。
「もったいないな。
僕の所に来ないかい?
あっ、エッチな意味じゃ無いよ」
「ハハッ、私にエッチなことをしたい男なんていないだろ。
兵士として雇ってくれるとでも言うのか?
こんな、弱いやつを」
「僕の所には剣の先生もいるし、すぐ強くなるよ」
ソフィアは、投げ槍になりながら青髪の男について行った。
実際の所、ソフィアは自分に魅力が無いと思っていた。
もし、兵庫県の温泉街にある歌劇団のようなものがあれば、彼女は男役として大人気になっていただろう。
そういう顔立ちだった。
男の家は、豪邸だった。
男は、ジェームス・W・ノーベルと名乗った。
ファルマイト公国の第一王子だ。
そんな男が武術大会に出ていたことに驚いたが、そのことを全く匂わせもしなかったことに更に驚いた。
彼女の知る貴族は、もっと威張っていて平民を道具としか見ていない者ばかりだった。
彼女は最初、ファルマイト公国に連れて行ってもらえばダーバンに近付けるので、喜んだ。
だが、ジェームスは約束通り剣の先生を付けてくれた。
ソフィアは、公爵家の兵士になって、メキメキと力を付けた。
身長も2メートルを超えて、公国軍の中でも指折りの強さと言われるほどになった。
彼女はそのことよりも、憧れの公爵に仕えられることが嬉しかった。
いつの間にか、気さくで種族を気にしない公爵を好きになっていた。
かなわぬ恋と分かっていたが、近くに居れるだけで幸せだった。
もう、ダーバンに行く気は失せていた。
(オークの中ではオークじゃないと言われ、帝国では人間として扱ってもらえなかった。
でもこの人は、人の本質にしか興味が無いんだ。
こんな人が沢山いる世界になったら、私も幸せに暮らしていけるんだろうな)
その年、ソフィアの淡い初恋は終わった。
ジェームスは、奥さんをもらった。
ソフィアは、結婚式の警護をした夜、泣き明かした。
ジェームス夫妻は、すぐに女の子を授かった。
キャサリンの誕生だ。
ジェームス王子は、大喜びした。
ねこっ可愛がりしているという噂が、聞こえてきた。
ソフィアが聞いていた普通の貴族は跡取りの男の子を欲しがって、女の子だと落胆すると聞いていたが、彼は全く違った。
数年後、流行り病で先代の公爵、続いてジェームスの妻、つまりキャサリンの母が亡くなった。
ソフィアの好きだったジェームスは、先代の後を継いでノーベル公爵となった。
公爵は、ソフィアの実力を認めて、近衛騎士団所属の騎士に任命してくれた。
騎士は、この世界では貴族だ。
ソフィアは貴族の仲間入りをして、ソフィア・リオナ・セレステになった。
ファルマイト公国は、帝国連邦の中の一国だ。
連邦の国々や友好国との合同軍事演習が度々あった。
その度に、ハーフオークが騎士だと後ろ指を指された。
(この公国以外では、人間でない貴族は珍しいんだ。
ファルマイト公国に来れて良かった。
でも、ここ以外には私の居場所は本当に何処にもないのだな)
その後独身が許されず、形だけの結婚をした公爵は、ますます娘に入れ込んだ。
ソフィアはキャサリンの事を、我がままな典型的貴族のお嬢様と聞いていた。
(私が憧れた青髪の王子。
そのお嬢様は、同じ青髪だけど我がまま放題の貴族のお嬢様か。
貴族なのに貴族じゃない考えの人は、あの方だけなんだな)
公国でダイナマイトが発明され、そのお披露目に帝都に向かうことになった。
今回はキャサリンお嬢様も、同行するそうだ。
ソフィアは、キャサリンお嬢様の護衛を仰せつかった。
(わがままな貴族のお嬢様の護衛か。
気苦労が絶えないんだろうな)
「よろしく。ソフィアさん。
私は、キャサリンといいます。
今回の旅は私にとって、とても大切なものなのです。
護衛をしっかりお願いします」
あいさつに訪れた先には、恋焦がれたジェームスの娘がいた。
種族への偏見が無い。
ハーフオークの自分を、お姉さんのように慕ってくれる。
旅の途中では、何度も自分の馬に一緒に乗って、体を密着させても何の違和感も感じない。
帝国では、たとえ平民でも騎士の自分に接触したら「汚らわしい」と言う者がいた。
ソフィアはキャサリンの事を、まるで血を分けた妹か娘のように愛おしく感じた。
初恋が破れた後、結婚することを考えたことも無い。
そんなソフィアにとって、憧れの人の娘キャサリンは、もはや自分の娘のような存在といってよかった。
そのキャサリンが、妙に固執するハーフエルフの少女。
「彼女はハーフエルフだから、帝国本国の貴族にはなれません。
特に皇帝の一族は血統を重んじるから、彼女は皇子とお付き合いすることすら許されないでしょう」
そう言いたかったが、たとえわずかでもキャサリンに種族や血統に対する偏見を持って欲しくないソフィアは、口をつぐんだ。
(私が騎士になれたように奇跡が起こって、あのハーフエルフも皇子の気を引くくらいは出来るかも知れない。
でも、私の目の黒いうちはお嬢様を悲しませるような者は許さない。
お嬢様に無関係なら、同じ半亜人として応援したかも知れない。
エルフは、美しい者が多いらしい。
血統に拘らない地方の貴族の側室になら、なれるだろう。
もしお嬢様の障害になるのなら、私が説得して、力づくでも進む方向を正すだけだ)




