16.ハーフオークのソフィア
エルフとハーフエルフの親子が、無事に帝都を出ていった。
二人が家に帰るまで、ソフィアとキャサリンは馬に乗ってこっそり見届けた。
「これで、最大の心配事が片付いたわ」
キャサリンは、安心の笑顔を見せた。
「お嬢様、破滅というのは一体?
あの親子がお嬢様に危害を加えるのであれば、本当にこのまま見逃すわけにはいかないのですが」
ソフィアがあまりに強く言うので、キャサリンも一部だけ打ち明けることにした。
「実はあの娘が将来、私と皇子さまを取り合うっていうお告げがあったの」
「皇子様というと、ゲオルグ様かエドワード様ですか?」
「ええ、多分。
でも、彼女の方が魅力的なので、私は負けてしまうみたいなの」
「そのお告げは、現実的にあり得ない内容ですね。
たとえ彼女が、世界一の美女になったとしても、お嬢様と皇子を取り合うのは不可能です」
「彼女は今は平民だけど、実は貴族の血を引いているの。
だから、不可能とは言えないのよ」
「いえ、彼女がお嬢様と同じ公爵令嬢だったとしても不可能です」
ソフィアがハッキリと言い切るのが、キャサリンには理解できない。
「彼女が世界一の美女になって、地位も同じ位になったとしたら、私がかなう訳ないんじゃない?」
「本当に、何故だか分かりませんか?」
「ええ、私に一つでも勝てる要素があるなら、教えて欲しいくらいですわ」
ソフィアは膝の上のキャサリンをギュッと抱きしめた。
「えっ? ソフィア?
どうしたの? 急に」
「その理由が本当に分からない所。
それが、私がお嬢様をお慕い申し上げる一番の理由です」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ソフィア・リオナ・セレステ。
それが、ソフィアのフルネームだ。
彼女は、ファルマイト公国の小さな集落、カーボン村に捨てられていた。
カーボン村はオーク(鬼族)の住む集落で、人間との交流はほとんど無かった。
だが、人間は便利な魔法具を次々と発明し、魔力の無いものでも生活の中に、火や氷など便利なものを使えるようにしていた。
魔法を使えるものが少ないオークにとって、魔法具はどうしても欲しい品物だ。
自然と、魔法具を手にれるためにお金を必要とするようになった。
彼女の手には、いくばくかの銀貨が握られていた。
そのため、彼女の引き取り手はすぐに見つかった。
彼女の着せられていた服にソフィアと書いてあったので、ソフィアになった。
拾われたときの大きさから、その時3才だったことになった。
村の外れで彼女を拾ったオークの夫婦は、小さい間は可愛がってくれたらしい。
しかし、拾って1年も経つと顔がだんだん人間になってくる。
どうやら、人間の女がオークとの間に生まれた子供を育てられずに、オークの村に捨てていったようだ。
母親の手がかりも全くなく、事情は分からない。
ハーフオークだと分かった途端に、二人は捨て子を邪険に扱うようになった。
推定8才の寒い冬だった。
ソフィアは、風の吹く屋外で仕事をしていた。
霜焼けになって血がにじむ小さな手で、凍えながら豆の木から鞘をちぎって集めていた。
カゴに一杯集めたので家に戻ってくると、窓から話し声が聞こえる。
「あんた、あの子の食費はもう何年も、働きにちっとも見合ってないよ。
捨ててくる訳にはいかないのかい?」
「まあ、そう言うな。
オークの中には、人間の女が好きな奴が結構いるんだ。
後何年かすれば、男の相手が出来るようになるだろう。
そうすりゃ、ハーフオークのあいつは、高い値段で売れるんだ。
もう少しの辛抱だ」
それを聞いて、ソフィアは目の前が真っ暗になった。
自分は、一体何なのだろう?
売り飛ばされるために育てられている。
まるで、家畜のようだ。
気付いたら、彼女は村の柵を乗り越えて逃げていた。
オークは、自分を受け入れてくれない。
人間が築いた強大な帝国、その首都を目指した。
何十キロも走り続けて、街道沿いにキャンプしている商隊を見つけた。
ロバに引かれた荷車に隠れて、何日も飲まず食わずでジッとしていた。
おかげで、見つからずに帝都の城壁の内側に侵入することが出来た。
しかし、手持ちのお金も無い。
あっという間に行き倒れて、警備の兵隊に捕まった。
身寄りが無いという事で、教会が運営する孤児院に入れられた。
孤児院で下働きをするようになって、ご飯が満足に食べられるようになった。
孤児院の子供は、ファミリーネームは皆セレステだった。
彼女は、ソフィア・セレステになった。
孤児院の子供たちは家族のはずだが、ハーフオークのソフィアだけは孤独だった。
顔の作りは、人間そのものだった。
そのために、オークの村で暮らせなかった。
だが、獣の耳が人間よりも上の方に付いていて、一目でハーフオークだと分かってしまう。
肌の色も少し緑がかっていて、違いは一目瞭然だ。
15才になるころには、身長は2メートル近くに成長した。
男子を合わせても、孤児院で一番大きかった。
孤児院の男の子は、ほとんどが15才で兵士になる。
女の子は、容姿に優れたものは貴族の家に下働きに出る。
容姿に優れない女子は、武芸に秀でていれば女性兵士になるが、そうでなければ帝都の外にある農場に働き手として売られていく。
孤児院の子供は、教会関係の仕事には付けなかった。
それを許すと、貧乏な家の子供が孤児院狙いで捨てられる可能性が出る。
この世界の教会は、裕福だ。
それなりの家柄の人間しか、受け入れなかった。
下働きは、給料を払わなくて良い孤児院の子供で足りている。
ソフィアは兵士になりたくて、教会で神父に紹介を頼み込んだ。
「ソフィア。
残念だけど、この帝都では人間以外は、軍隊に入れないんだ。
もう少し体が小さくて、可愛げがあれば夜の街ででも働くことが出来るんだが。
親がいなくてハーフオークのお前は、多分帝国内では仕事にありつけないよ」
亜人の血が混じっていても、親の仕事を継ぐことなら出来た。
身寄りのないソフィアには、それも望めなかった。
「そ、そんな。
私は普通に生きていくことも許されないのですか?
大きな体を活かして、農場で働くことも出来ないのですか?」
「ああ、農場では監督官に従って作業をする。
お前は、間違いなく監督官より強いだろう。
万一暴れたら怖いから、雇われないよ」
ソフィア・セレステは、その場で泣き崩れた。
「私には、真っ当に生きていく価値が無いという事なんですね」
可哀そうに思った神父は、ひとつ提案した。
「帝国の南にファルマイト公国という国がある。
お前は、そっちから来たと言っていたね。
さらにその南のダーバンという国は、獣人たちが住む国らしい。
そこまで行けば、お前も普通に生きていくことが出来ると思う。
ただ、そこまでは馬車でも30日以上かかる距離だ」
※ほぼ、NYからLA位の距離です。
アメリカ大陸を横断するのと同じ距離の設定です。
「そんな所まで行くのは無理です。
普通に生きていくことは、無理だと言いたいのですか?」
「いや、帝都の武術大会がもうすぐ開催される。
優勝賞金が、銀貨50枚だ。
銀貨25枚でダーバンまでの馬車代が払える。
5回勝てば、馬車代が出る。
優勝すれば、旅の間の食費も大丈夫だ。
出てみたらどうだ?」
※銀貨1枚が令和の初めの日本円で約千円くらい。
2万5千円で、馬車代が払えることになる。
武術大会は、それから一週間後だった。
ソフィアは、神父に木剣をもらって、一心不乱に素振りを繰り返した。
銀貨25枚は、アムトラックの値段を参考にしました。
アムトラックは、アメリカの旅客鉄道です。
アムトラックでNY-LA間が、3日以上かかって費用は2万5千円くらいです。
当然、食事や寝台は別料金です。
新幹線と違って、平気で10時間くらい遅れると聞いたことがあります。




