133.アジーンのぬいぐるみ
クララのウインクの合図を見て安心したのか、エリザベスが落ち着いて話す。
「あ、あの、ナナしゃんなんですけど……
あの、み、右端に座っている、私の同室の子のことなんですけど。
ナナしゃんは、本当は良い子なんです」
「どうして、良い子だって分かるの?
良い子は、こんなことしないよ」
クララは、責めるような口調だ。
「寮に入った一日目は、不安でいっぱいだったわだしを勇気づけてくれました。
それと、その晩ペットの話をしたんですが、ナナしゃんも実家ではウサギを飼っていて、話がすごく合ったんです」
「本来、ウサギ好きに悪い人は、いないはずなんだけどね。
ペット好きでウサギを飼っていたのに、アジーンにこんなひどいことが出来たと言うの?」
クララの言葉に、ナナしゃんと言われた子が言う。
「わ、私、いくらスカーレット様のご命令でも、アジーンちゃんに刃物を当てるのは無理です」
「「「こ、こら、そ、それはまずいよ」」」
隣3人ほどが小声で、けん制する。
(スカーレット様? 誰かしら?)
キャサリンには分からないが、クララとエレナは分かっている様子だ。
クララが、ハハーンという顔をして、エレナと顔を見合わせている。
「分かったわ。
今回だけは、リズちゃんに免じて見逃してあげる。
でも、私は本当に怒っているんだからね。
次は無いわよ!」
「「「「「はい、ごめんなさい」」」」」
5人そろって、頭を床にこすりつけるように謝る。
クララは、謝っている女子たちを無視して部屋に入っていくと、バラバラになったぬいぐるみの破片を拾い集めた。
「まったくもう。こんな酷いことをして。
とにかく、このアジーンはもらっていくわ」
「えっ?」
エリザベスが、悲しそうな顔になる。
「リズちゃん、心配しないで。
私が修繕して、明日にはリズちゃんのもとに届けるから」
「えっ? 本当だか?」
エリザベスの表情が、パッと明るくなる。
「リズちゃん。
私の裁縫の腕は知っているでしょ。
バッチリ元通り、というより絶対に前より可愛くしてあげるつもりだよ」
「ああ、素敵。
クララ様の針が入ったアジーン、すごく貴重じゃないですか。
家宝にします」
エリザベスは、恍惚の表情だ。
「では、私はそれを参考にして、クララ様お気に入りのアジーンちゃんのぬいぐるみを、新たに縫って差し上げます。
私、この日のためにモフモフな生地や布地を、タップリ貯め込んでいましたの」
エレナも、何かウキウキしている。
クララが危険を感じたのか、くぎを刺す。
「エレナさん。
先に言っておきますけど、抱っこできる大きさにしてくださいね」
「ええっ? このアジーンの10倍の大きさ位を考えていたのですが」
「そんなに大きかったら可愛くないし、第一ベッドの上がぬいぐるみだけで一杯になってしまいますよ。
リズちゃん、このぬいぐるみって、実物大だよね」
「残念ですわ。私の愛の大きさを示そうと思いましたのに。
仕方ありません。3倍くらいに留めておきます」
クララとエレナの関係も、別の意味でこじれているようだ。
結局、エリザベスのお陰で5人は許しを得た。
クララは、下手すれば命も取りそうな勢いだった。
被害者であるエリザベスが、取り計らってくれたから助かったのだ。
今後この5人は、恩人であるエリザベスに頭が上がらないだろう。
アジーンが元通りになれば、結局誰も傷つかずに、エリザベスへのいじめを止めることに成功しそうだ。
クララの能力に、キャサリンはただただ感服した。
一件落着と、みんなが気を抜いた時だ。
「何と傍若無人かと呆れられるのを承知で、お願いいたします。
キャサリン様、私たちをお助け下さい」
ナナしゃんと言われた子が、突然すがってくる。
思わぬ展開に、キャサリンは焦る。
(クララさんやエレナさんの10分の1も発言していないのに、どうして私?)
「い、一体どうしましたの?
取り敢えずかも知れませんが、もう、あなた達は許されたでしょう?」
「違います。
エリザベス様をイジメないということは、私たちはスカーレット様のご命令に背くことになってしまいます」
「スカーレット様?」
キョトンとするキャサリンに、エレナが解説する。
「モロイン公国の当主ハンセン公爵のご三女、スカーレット・ハンセン様のこととお見受けいたします。
恐らく、キャサリン様に勝手にライバル意識を持って、私たちの中で一番弱そうなエリザベス様をイジメようという魂胆なのでしょう」
ナナしゃんは、キャサリンに懇願する。
「私たちは、エリザベス様をイジメればキャサリン様とクララ様に、イジメなければスカーレット様に殺されるか、退学させられるかしてしまいます。
今後エリザベス様の味方になりますから、どうかお守りください」
なるほど、公爵令嬢に命令されているのなら、同じ公爵令嬢であるキャサリンがそれに対抗して守ってあげないと、彼女たちは板挟みになってしまう。
「分かりましたわ」
キャサリンは、余り気乗りしないのか、簡潔に返事する。
「ありがとうございます。キャサリンさま」
ナナしゃんの言葉に合わせて、5人一斉に床に頭を付ける。
しかし、後日この件は、『ばくやく令嬢が、対立する派閥の女子5人組を寮の廊下に正座させて、自分たちの配下になるよう強要した』という話に変わっていた。
スカーレット様という子の仕業だろうか?
次回更新は、3月23日(火)の予定です。
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