11.お父さまのノブレスオブリージュ
ソフィアが感心する。
「お嬢様、ものすごい秘密兵器をお持ちですね。
目をつぶれとは言われていましたが、目を開けていた者はみんな、目が見えなくなったようです」
「閃光手りゅう弾よ。
みんな、ちゃんと目をつぶってくれて助かったわ」
※閃光手りゅう弾
殺さずに敵の動きを封じる手りゅう弾。
キャサリンのモノは、マグネシウムの燃焼による閃光だけだ。
通常現代戦で使用されるものは、音も出して敵を無力化する。
※※マグネシウム
軽金属の一種。
軽量で強度があるので、飛行機、自動車、PC、携帯電話など、様々な分野で使用されている。
一旦火が点くと、激しく燃える。
1975年フォークランド紛争で、イギリス海軍の駆逐艦シェフィールドが、アルゼンチン軍のミサイルを食らって沈んだ。
この時、軽量化のために使用したマグネシウム合金の装甲に火が点いて、消火出来なかったことが原因と言われている。
後で分かったことだが、街の中にたくさんあった倉庫は、半分は武器庫だったが、残りの半分は本当に倉庫だった。
リー男爵の隠し財産の貴金属類や食料、香辛料が、崩れた倉庫で発見された。
中身を見れなかったので、片っ端から爆破したが、半分は爆破の必要は無かったようだ。
「彼は、税金は自分のお金だと思っていたんだね。
キャサリン、将来税金を得る立場になったら、これだけは忘れないでね。
税金は、みんなの生活基盤をみんなで作るために集めるものなんだ。
その税金で生活する貴族は、みんなの幸せを考えないと値打ちが無いんだ。
少なくとも、お父さんはそう考えるからね」
「立派な考えです。尊敬いたします。
君主ノーベル公爵」
ソフィアが、感激している。
「はい、心に刻みます」
(本物のノブレスオブリージュですわ。
このような立派な人が父だなんて、ゲームだったら親ガチャで伝説級の当たりを引いたようなモノね)
キャサリンも感激していた。
※ノブレスオブリージュ
高貴な者が負うべき義務。
さくらのいた世界では、フランス語。
社会的地位を持つ者は、相応の社会的義務を負うという意味。
しかし、親ガチャで当たりとか、せっかくの良い話が台無しである。
倉庫の一つには、リー男爵の銅像が隠されていた。
ノーベル公爵の銅像の2倍以上の大きさだった。
「こんな意味の無いものに金をかけずに、もっと実効性のあるものに金をかけていれば、もう少しマシな結末を迎えられたのにな。
まあ、元々実効性を考えられる頭を持っていたなら、執行官を首になる心配なんかしなくて良かったんだから、それは無いか」
笑い飛ばす公爵を見て、娘のキャサリンは少し安心していた。
(お父さまは、優秀だわ。
これなら、ダイナマイトでお金をタップリ手にすれば、国を栄えさせて最強の軍隊を作ってくれるはず。
つまり、私の生存確率がグッと上がったわ)
この世界がゲーム世界と割り切れば、キャサリンは安心出来た。
だが実際には、トゥキディデスの罠にはまることになる。
公国は、あまりにも急激に成長することになる。
いくら連邦国家とは言え、帝国本国にとって目障りな存在となっていく。
※トゥキディデスの罠
国際社会のトップにいる国はその地位を守るために現状維持を望み、台頭する国はトップにいる国につぶされることを懸念し、軍事的な争いに発展しがちな現象を指す。
トゥキディデスは、アテネの歴史家の名前。
紀元前に、海上貿易で発展したアテネが経済大国となった。
当時の覇権国スパルタとの間に摩擦が起こり、戦争まで起こった。
最近の米中の関係、第二次世界大戦前の日独と米英の関係で、良く引用される。
リー男爵の後釜には、グラント男爵という人が就くそうだ。
グラント男爵は、リー男爵と違って、しがらみではなく実力を買われての抜擢らしいので、街も栄えるだろうし、そこまでの重税も課さないだろう。
陳情団の人たちも、これで納得してくれるだろう。
ただその後、ひとつ懸案事項が生じてしまう。
正規軍が到着して、リー男爵を連行しようとすると、刑務所に彼らの姿が無かったのだ。
ノーベル公爵は、正直リー男爵の今後の処遇についてあまり興味が無かった。
それよりも、娘の安全を優先したかったので、セメンタイトに兵士を一人も置いていかなかったのだ。
人心が離れていたとはいえ、リー男爵に通じたものが手引きして逃がしたのだろう。
公爵家に恨みを持つ者が、野に放たれたことになる。
到着した正規軍の司令官が調査したが、結局手引きした者は判明しなかった。
そのような者が、この街に隠れている。
そういう意味でも、後に憂いを残す一件だった。
おかしな男爵のせいで、時間をロスしそうになったが、1日ですんだ。
それは良かったが、想定外の事もあった。
キャサリンは、ここで持って来たプラスチック爆弾の半分以上を使い果たした。
倉庫の構造は稚拙だったので爆薬の使用量は少しで良かったが、いかんせん数が多かった。
時限装置は街で買った小型時計を使ったが、使い捨ての雷管は消費した。
帝都で部品を補充できれば、問題ないのだが。
さらに、秘密兵器の手りゅう弾も一発使用してしまった。
残りは2個しかない。
こちらは、マグネシウムの精製に電気を使うので、帝都での補充は不可能だ。
万一マグネシウムの塊が手に入っても、粉末化できないので、やはり無理だ。
※マグネシウムの粉末化
マグネシウムは少量になると、すごく燃えやすい。
削ったりすると、生じた粉に引火して爆発するほど危険物だ。
粉末状になると、扱いの難しさは飛躍的に高くなる。
最近は3Dプリンタの材料として意外と手に入るが、以前は厳密な身分証明が必要だった。
(テロに使えるほどの危険物なので)
「せっかく用意した武器を、随分消耗してしまったわ。
これからの旅で、盗賊に襲われたらどうしましょう」
心配そうに言うキャサリンを、ソフィアがなだめる。
「お嬢様、公爵の近衛部隊の護衛が付いているのに、襲い掛かる盗賊団なんていませんよ」
「でも、リー男爵は襲い掛かるつもりでしたわ」
「彼は、ちゃんと損得勘定が出来ない輩だったからですよ。
貴族は後ろ盾があるから、本人の実力は問われません。
貴族と違って、盗賊団は馬鹿なリーダーに命を預けるのは危険すぎます。
したがって、そんな馬鹿な盗賊団は存在しません」
「でも、馬鹿な盗賊団も何処かにいるかも知れません。
やっぱり心配です」
「万が一、そんな馬鹿な盗賊団がいたとしたら、馬鹿が私を倒すことは不可能ですから、やっぱりお嬢様は安全です」
そこまで言われると、キャサリンもさすがに安心したようだ。
この旅の間で、キャサリンはソフィアと随分打ち解けた。
ソフィアの方も、キャサリンの知識と優秀さに舌を巻いていた。
これほどのお嬢様がいれば、ファルマイト公国は安泰だろう。
ハーフオークであるソフィアにとって、種族に偏見のない公爵やキャサリンは、本当に大切な存在だった。
そして、彼らが治めるファルマイト公国は、ソフィアにとって命をかけて守るべき地だったのだ。
逆に、跡目争いに巻き込まれてキャサリンがいなくなるようなことがあれば、国の危機だ。
どんなことがあっても彼女を守り切ろうと、誓いを新たにしていた。




