10.悪代官の悪だくみだって、木端ミジンコですわよっ(その5)
もちろん、突然石柱が倒れたのは、キャサリンの仕業だ。
彼女が舞台の設営を見に行く振りをして、石柱の継ぎ目にプラスチック爆弾を仕込んだのだ。
重い石柱の破片が乗っかかって、急造の舞台はつぶれている。
もし、リー男爵の配下が舞台の下にいたら、死者が出ていただろう。
ここに隠れる予定だったのは、荒くれ者達だった。
しかも、決行日が前倒しになって、急に呼び出された。
狭い舞台の下に、何時間も大人しく隠れてはいられない。
舞台は、下水道を兼ねた地下水路の出入り口の上に設営された。
荒くれ者達は、地下水路に隠れていたため全員無事だった。
舞台はひしゃげてつぶれたので、地下水路の出入り口は開かない。
男たちは、そこで立ち往生していた。
彼らは、どうしたものか困ってしまった。
あちこちで、いさかいが起こっている。
「ここを出て行って、暴れる約束で金をもらっているんだ。
ちゃんと仕事はするべきだろう」
「出入り口が開かねえんじゃ、出ていくもクソも無いだろう」
何やら大きな音はしたが、リー男爵から出動の合図が無い。
時間が経つにつれて、男たちの数は減っていった。
舞台から飛び出す時に指揮を執るように、指示を受けていた隊長が気付いた時、リー男爵の親衛隊兵士数名以外誰もいなかった。
しびれを切らした荒くれ者たちは、全員コッソリ別の出入り口から逃げたのだ。
広場に出ていけないなら、成功報酬は期待できない。
もらった前金で、飲みに行ってしまっていた。
もうこれで安心と思ったノーベル公爵が、娘と護衛のソフィアに『帰ってきて良い』と伝令を出そうとした。
だが、すぐに二人とも公爵の元に戻ってきた。
あのタイミングで石柱を爆破できるという事は、すぐ近くにいたという事だ。
「キャサリン。
おかげで助かったけど、危ない事はしないでおくれ」
ノーベル公爵は、娘に頼み込んだ。
「お父さま。
私は、危ない事なんかしていませんわ。
近衛部隊が、近辺を制圧しておりましたから。
さすがは、お父さまです」
「全く、ウチの娘の優秀さには舌を巻くしかないな。
ハハハハ」
「私も、この様に優秀なお嬢様の護衛が出来て、光栄でございます」
ソフィアが、かしこまる。
「ソフィア、何を言っているの。
信頼できるあなたが私のそばにいるから、危ない冒険も出来るのよ」
キャサリンの言葉に、公爵が呆れるように重ねる。
「危ないって分かっているなら、冒険はやめて欲しいものだなあ」
辺りに、笑いが起こった。
実は、ソフィアはこのやり取りに感激していた。
彼女は、ハーフオークだ。
小さい頃、人間でもオークでもない存在として、ずっと虐げられてきた。
ちゃんと人として扱ってくれる公爵親子。
そして、信頼していると明言してくれる、お嬢様キャサリン。
その明け方、大きな爆発音があちこちで鳴り響いた。
リー男爵の武器庫が、次々と崩れ落ちた。
キャサリンが、ソフィアと一緒に回った2度目の市内観光中に、怪しい倉庫には時限爆弾を仕掛けておいたのだ。
2次被害が出ないように、人通りのない明け方に爆発するようにセットしてあった。
これでリー男爵は、武器庫の大量の兵器を失った。
掘り出さないと使えない。
クーデターを起こすのも、すぐには無理だろう。
ノーベル公爵は夜のうちに、パーライトに向けて早馬を飛ばしている。
数日のうちにやって来る公国正規軍には、男爵軍は一ひねりでやられてしまうはずだ。
命がけの陳情団の事を考えても、人心も離れている。
正規軍が来た時に、どれほどの者が男爵のために戦ってくれるのか怪しい所だ。
リー男爵が窮余の一策を思いつかないうちに、サッサと出発するべく、ノーベル公爵一行は日の出とともに出発の準備を急いだ。
だが、昨日からのキナ臭い雰囲気を感じ取って、周囲の動きも早かった。
リー男爵の配下の者達が次々と投降してきた。
皆自分は公国ひいては公爵に忠誠を誓っていることを、強調した。
彼らが、リー男爵の企みを包み隠さずに申告するので、彼の今までの不正も公爵の知るところとなった。
それらの対応で、少し出発が遅れてしまった。
公爵親子が宿の扉を開けて、馬車に乗り込もうとした時だった。
馬車の台車の下に掴まるなどして、隠れていたのだろう。
リー男爵と数名の取り巻きに、2人は囲まれた。
「ジェームス、そしてその娘キャサリン!
よくもワシを貶めてくれたな!
貴様らは今から、ワシの人質となる。
安全な所まで、ついて来てもらうぞ!」
公爵親子を人質に取って、街を出る気のようだ。
一晩の間に、街にいる官吏たちはリー男爵の言う事を聞かなくなっていた。
公爵の一隊を足止めしようと、門の衛兵に通達を出すと、
「反逆者の命令には、従えない」
との答えが返ってきたのだ。
リー男爵は人質無しでは、自分自身さえ外に出る門を通れない状況だ。
ノーベル公爵の護衛たちは、焦った。
これで男爵が街を無事に脱出した場合、人質は殺して捨てられるのが、この手の賊のやり口だ。
絶対にこの場で救出しないといけない。
「こんな争いを起こして、どういうつもりなんだ?
戦いは何も生み出さないぞ」
ノーベル公爵がなだめようとする。
「戦いが悲惨なことは、大いに結構なことだ。
そうじゃないと、我々は戦争が好きになってしまうからな」
リー男爵は聞く耳を持たないようだ。
※アメリカの南北戦争で、大敗した北軍の惨状を見た南軍のリー将軍は、同じような言葉を語ったそうだ。
重みが全然違うだろうが。
「戦争が好きじゃないなら、こんなこと止めたらどうだ?」
ノーベル公爵は食い下がる。
リー男爵は、大声で叫ぶ。
「ワシは、この街の功労者なんだ。
それなのにどうして、交代させられないか心配しなきゃいけないんだ?
街が発展していないだって?
こんな田舎町、発展する訳無いだろうが!」
公爵は、言い返したいことは山ほどあったが、これ以上刺激しないために黙っていた。
リー男爵の配下数人がクロスボウを持っていて、キャサリン側付きのソフィアとにらみ合う。
※クロスボウ
銃のように矢を撃てる弓。別名ボウガン。
ソフィアが、剣の柄を握りながら脅し付ける。
「そのクロスボウから弾を発射した瞬間、貴様の首を刎ねるぞ!」
リー男爵配下の者は、怖じ気づいて発射をためらう。
お互い、どちらかが動いた瞬間に乱戦になる。
男爵側は、男爵自身が傷つきたくない。
公爵側は、娘を傷つけたくない。
まさに膠着状態となった。
「お父さま、ソフィアさん、昨日言ってたモノを使いますね」
そう言うと、キャサリンは何かを空に放り上げた。
公爵親子と『昨日言ってたモノ』について聞いていたもの以外は、その投げられたものが何なのかと注視した。
その投げられたモノは空中で、カッと凄まじい光を発した。
クロスボウを構えていたものも、リー男爵も一瞬にして視力を奪われた。
キャサリンたちは、目をつぶっていたので大丈夫だ。
次の瞬間、ソフィアと数名の護衛は、剣を抜かずに拳で男爵以下数名を殴り飛ばした。
近距離過ぎたので、剣を振るうと公爵やお嬢様が怪我をする危険があったからだ。
拳とは言え、鉄の籠手をはめている。
殴られた者は、歯が折れたのか出血して気絶している。
全員縛り上げられた。
「お前たちに少しでも言葉をかけるとしたら、素早く行動を起こしたことだけは褒められるな。
情報を入手して、謀反を実行するまでの時間差の少なさ。
この才能を領地経営で活かしてくれれば、馬鹿なことを考える必要も無かったのに」
ノーベル公爵が賊たちに、憐れむような視線を向けた。
謀反を起こしただけでも死刑に相当するが、公爵親子を人質に取ろうとしたのだ。
ほぼ、命は助からないだろう。
ただ、昔からの貴族である。
取り敢えず、首都マルテンサイトにある刑務所に送られることになった。
ファルマイト公国の正規軍が来るまでの間、セメンタイトの刑務所に入れて監視をつけることになった。




