1.最初の障害物を爆破いたしますわ
道を塞ぐ巨大な岩。
そこに入った沢山の亀裂に、ダイナマイトが仕込んである。
軍隊が指揮を執っている中、この国の君主直々に工事を見守っている。
約10人程度の兵士を率いる小隊長が合図を送ると、ダイナマイトが一斉に爆発した。
ズズーーーン、ドドーン、ガラガラガラ
大きな音を立てて、岩が崩れていく。
現代日本の土木工事において、少し前まではダイナマイトを使った爆破は、それほど珍しいものでは無かった。
だがここは、『異世界』
地球ですらない。
剣と魔法がモノを言う、「科学? 何それ?」な世界である。
その世界で初めて、ダイナマイトが土木工事で使われた瞬間だった。
現場を見た軍の将校は、感心して言葉を漏らす。
「しっかし、すげえ威力だな。
ウチのお嬢様は、本当にすげえ。
このダイナマイトの威力といい、同時に爆発するように仕掛けられた導火線といい、こんなことどうやって考えついたんだろうな」
◇◆◇◆ その数日前 ◆◇◆◇
「少し前の地震の後、道を塞いでいる巨岩を何とかしたい」
ファルマイト公国の君主ノーベル公爵が、街の商人や魔術ギルドのマスターを城のような屋敷に呼んで依頼をするが、皆うつむいている。
あの巨岩を吹き飛ばすほどの魔法使いは、この近隣の街にはいないようだ。
少し動かすことすら無理だろう。
巨岩に、それを吹き飛ばすほどの魔法をぶつけたら、破片が飛んできて術者も危ない。
何トンもある岩の一部、10キロの塊が飛んできても、頭に当たれば致命傷だ。
元々、巨岩を吹き飛ばすような魔法を使える者が、存在するのかどうかすら怪しいが。
少しの科学と豊富な魔法が、人々の生活を支えるファンタジー世界。
ファルマイト公国は、先代がその少しの科学に傾注して財を成していた。
そして、この世界で最大最強のナードハート帝国連邦の中核のひとつとなる国家だった。
ノーベル公爵は、帝都と公国を結ぶ唯一の街道をふさぐ巨岩を、何とかして排除したかった。
彼は最近、グリセリンを硝酸エステル化した爆薬を精製して、注目を集めた。
いわゆるニトログリセリンである。
※グリセリンを硝酸エステル化
なにを言っているか分からねえと思うが、ポルナレフにも分からないから大丈夫だ。
要するに、分からなくても物語の進行に支障ありません。
どうしても知りたい人用に記述すると、-ONO2基を化合物(この場合グリセリン)に付与すること。
わずかなショックで爆発するため、少量ずつ氷の魔法で覆って出荷する。
この爆薬を容器に入れてショックを与えると、爆発する。
扱いが難しいが、爆裂魔法の代わりとして帝国の首都で最近人気が出た。
小爆発で何かを吹っ飛ばして見せたり、音で驚かす。
要するに、見世物用だ。
少しの振動で爆発するため、輸送が難しく、値段も高くなる。
とにかく珍しいものだった。
貴族がパーティーの余興に使うのに、流行っているのだ。
多くの注文を得たのだが、公国から帝都につながる道が通れない。
エンターテイメントがほとんどない世界とはいえ、流行はそうそう長くは続かない。
まごまごしていたら、せっかくの商機を失ってしまう。
ノーベル公爵は、焦れていた。
「お父さま、私にお任せください」
部屋の外から、ずいっと足を踏み入れた一人の女の子に注目が集まる。
彼女は、キャサリン・ノーベル。
ノーベル公爵の一人娘。
だが次の瞬間、乾いた笑いが部屋中に蔓延した。
公爵が、笑みを浮かべながら取り繕う。
「おお、愛しのキャサリン。
お父さまが困っているのを見て、助けに来てくれたんだね。
でも、大きな岩は10才の子供に、どうにか出来るものじゃ無いんだ。
お前は、岩がどいた後にお父さまが馬車で帝都に連れて行ってあげるからね」
そう、彼女は未だ10才だ。
でも、10才になったら帝都に行かなくてはならない理由があった。
だからずっと、父親に帝都に連れて行くように、ねだっていた。
道が塞がっているくらいで、立ち止まってはいられない。
何故なら彼女には、早ければ16才、遅くとも18才で身の破滅が待っているのだ。
どういうことかと言うと、彼女の役回りは悪役令嬢。
彼女が前世でやっていたゲームの主人公クララ・ハイデルベルクに婚約者を奪われたあげくに、殺されてしまう運命なのだ。
キャサリン・ノーベル。ファルマイト公国の公爵令嬢。
彼女の前世の名前は、明神さくら。
小さな頃から、読書好きで目が悪かった。
おばあちゃん子だった。
よくおばあちゃんは、彼女を膝に乗せて言ってくれた。
「さくらちゃん。
これからは、女の子も手に職を付けて、自分の道は自分で切り開くのよ」
数学が得意だったので理系に進んだが、メガネのリケジョで、異性には縁が無いと本人は思っていた。
でも、おばあちゃんの言う通り、理系なら手に職が付く。
自分の道は、自分で切り開いていた。
東海地方の大学の化学工学科を卒業して、某車載部品メーカーに就職した。
そこで、インフレーターまわりの開発をしていた。
当然、爆薬の開発が主だった。
だから、爆薬を作ることも扱うことも、お手の物である。
ついに自分の化学知識が日の目を見る時が来たと、ワクワクしていた。
※インフレーター
自動車が事故を起こした時に、エアバッグをふくらませるためのガスを発生させる装置。
エアバッグは、事故の瞬間に膨らんでいないといけない。
急速にガスを送るために、爆薬を使用する。
可愛く言ったのでは、らちが明かないと考えた彼女は、大声で言い直す。
「爆薬を運ぼうとしているのですから、障害物は爆薬で爆破すればよろしいかと」
「キャサリン。お前が賢い女の子なのは、十分わかっているよ。
でも爆薬は、ちょっとしたショックで爆発してしまうんだ。
特に、あの岩を爆破するくらいの量だと、とてもじゃないが岩の所に持って行くことすら出来ないんだ」
公爵は娘を諭すように、丁寧に説明した。
「言葉では、分かってもらえないようですわね」
そう言うと彼女は、ホールの真ん中に小さな石鹸のようなものを置いた。
10才の女の子の手の中に収まる程度の大きさ。
少し大きめの消しゴム程度のものだ。
その白い石鹸のようなものを中心に、木炭の棒で半径5メートルの円を描いた。
「皆さん、この線の内側には決して入らないで下さいね」
そう言うと、離れた所から魔法を詠唱する。
「火炎魔法 火弾」
小さな火の玉が、小さな手のひらから発射される。
火の玉が石鹸のようなものに着弾すると大爆発を起こした。
ドドーン
「キャーッ」
「なんだ、なんだあ」
女性の使用人たちが悲鳴を上げ、大騒ぎになる。
「今のは、爆薬を持ち運べるように固体化したものです。
ダイナミックなファルマイト産の爆薬。
ダイナマイトとお呼びください」
「こ、これは一体……」
公爵は言葉に詰まった。
騒ぎの後、人払いした公爵は娘に詳細を聞いた。
屋敷の近くでいくらでも取れる珪藻土に、ニトログリセリンを染み込ませたのだと言う。
※珪藻土
藻類の化石が堆積してできた堆積岩。
現実世界では、アルフレッド・ノーベルが珪藻土にニトログリセリンを染み込ませて、ダイナマイトを発明した。
それで儲けたお金を基金にして創設されたのが、ノーベル賞である。
「お父さま、このダイナマイトをタップリ作って持って行けば、あの程度の岩など木端微塵ですわ」
公爵は半信半疑だったが、ダイナマイトを一定数作ると、巨岩の下にセットした。
危ないので、娘は連れて行かなかった。
現場が邸から馬車で一日の距離で、遠かったこともある。
公爵直衛軍を連れて行き、作業や指揮は任せた。
雇った魔法使いの火炎魔法で火を点けて、爆発させた。
娘考案の導火線というものを付けているので、作業者は近くにいる必要が無い。
ズズーーーン
大地を揺るがす大きな音がしたが、岩はその威容を誇り続ける。
見かけは変わらないが、岩には大きな変化があった。
沢山の亀裂が入っていたのだ。
巨岩に入った亀裂に、娘の指示通りダイナマイトを挟み込んでいった。
ズズーーーン、ドドーン、ガラガラガラ
次の爆破で、巨岩は崩れて小さな岩の集まりになった。
指揮を執っていた小隊長は、感心して言葉を漏らす。
「しっかし、すげえ威力だな。
ウチのお嬢様は、本当にすげえ。
このダイナマイトの威力といい、同時に爆発するように仕掛けられた導火線といい、こんなことどうやって考えついたんだろうな」
「閣下、これなら2,3日で片付けられます」
後方で見守っていた公爵の所まで報告に来た小隊長が、笑顔で敬礼する。
配下の兵士たちが、作業に入る。
きびきびとした動きで、本当に3日とかからず片付きそうだ。




