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第七話 月夜を待つ、森のひととき


「――よし、がっぽがっぽだな」


 再び訪れた森の中でそう呟いた俺の背中は、まるで蟻のお腹のように膨れ上がっている。


 既に時間帯の制限があるツクヨバナ以外の欲しかったものは瞬く間に回収してしまったからだ。満足できる成果を確かめようと後ろ手でまんまるの背負い袋の尻を撫でながら、ホクホク顔の俺は周囲の地面や木々の様子を確かめつつとある痕跡を探して歩いていた。


 この森は訪れる者もロクにいないためにそこらに苔むした倒木や枯れ木が転がっている。その中から何かを探すなど難しいことのようにも思えるが、どんなものにも特徴はある。太陽が決して西から上がらないように、人もわざわざ歩いて怪我をするような道を選ぶことはない。それが僅かな損傷が命取りになる職業であるならば猶更だ。


 一見人の手が入っていないように見えても、ここに入る連中が全くいない訳ではない。俺のような素材目当ての冒険者も居れば、鍛錬の為に遠征を繰り返す騎士たちもいる。だが、森の中を鎧を

着て行軍するような連中がなんの考えもなしに歩き回るとは思わない。


 彼らはあらかじめ歩く道を決め、それとなくそこに印をつけておくのだ。


「……あったあった」


 例えば、決して花を咲かせない木に一つだけ咲いている花など。


 その周辺を探せば何回も踏みならされて他よりも固くなっている地面が見つかる。それを辿っていけば、彼らが道中に用意してある休憩所が見つかるというわけだ。


「よっし。これなら夜までゆっくり休めるな」


 予想通りの周囲と比べて一段深い地面の痕跡に安堵しながら進んでいくと、予想通り小隊一つが腰を下ろして休める程度の場所があった。


 しかし、だいぶ深くまで進んだものだ。途中でツクヨバナに特徴的な蔓も見つけたことだし、今日は採取が終わったところでここへ戻ってきて野営するしかないな。


 ひとまず近くから枯れ枝など燃えそうなものを集め、広間中央の地面を掘り返して見つけた竈の中にそれらを放り込む。ついでに動物の嫌いな臭いを発する薬草を適当な石で磨り潰しておき、休憩の準備は万端だ。


 食料は……まあ、朝にたらふく食ったしから例の干物で十分だろう。


 さて、ここは人目もないし広さも丁度いい。ついでに気になってたことも確認しておくか。


 袋を下ろし、身軽になった俺は早速太腿の双剣を引き抜き――そのまま振り返ると同時に左手のものを投擲。


 飛翔する銀の輝きは、背後の木の幹に擬態していた蜘蛛の土手っ腹をドスッと貫いた。


 普通なら命中したことを喜ぶべきなのだろうが、


「うーん……ダメだな」


 俺は自身の不甲斐なさに腹立たしさを感じていた。今目の前で絶命しているこの蜘蛛から採取できる糸はよく伸びて千切れないために優秀な素材として知られており、頭だけを縫い付けるはずが見事に糸を吐き出す部分が潰れていた。


 やはり、昔と比べて腕が落ちているとしか言いようがない。


 屋敷の庭を使っての体作りは欠かしていなかったものの、目立って練習することの出来なかった類の技量は悪化している。ティアには失礼かもしれないが、屋敷の他の人間に俺と言う存在が反感を買っていたのは薄々感づいていたんだ。そんないつ刃を向けるかもしれぬ相手には、剣技の癖を知られたくかったんだ。


 ずっ、と刃を引き抜くと体液がどろりと流れ出る。蜘蛛糸の素だ。もったいないと思いながらそれを近くの葉っぱでぬぐい取り、改めて俺は二振りの短剣(ダガー)をそれぞれ両手で構える。ただし左手は逆手で。そしてそのまま、軽い動きから始めていく。


 刺突に切り払いといった攻撃から、左右に伸びる鍔での打撃などと言った基礎的な動作を連結させるように繰り出す。更には宙へ円を描くように放り投げた剣を脇や膝裏で受け止める見世物のような動きも織り交ぜながら、俺はかつての自分と現実の体との差を確かめる。


 ティアに見せてと言われて渋々お披露目したときには剣舞のようだと評されたその準備運動を一通り終え、近場の倒木に腰掛ける。


 開いた五指で剣柄をくるくると上へ投げては受け止めるという遊びを繰り返しながら、俺は自身の体の所々にうっすらと出来た切り傷を見てため息をついていた。血こそ浮かび上がっていないものの、後で薬を塗っておこう。


「しかし、まあ……想定していたよりはマシ、なのか? 忘れていないわけじゃないが、思った通りの動きとはやっぱり違ってるな。最大の弊害は体の成長か。前とは全く剣の感覚が違うし」


 思えば俺の体は今十五から十六歳くらいだ。ティアに引き取られたのが五年前。丁度その間は人の体が最も大きく成長する期間と言われている。今日のこの体たらくはこれまで毎日続けてきていた腕立て伏せや走り込みなどでは気が付かなかった成長の差が、久々の短剣の扱いではっきりと浮かび上がったのだろう。


「思えば、ティアも「初めてこの屋敷を訪れた時から、だいぶ変わってしまいましたね」と言ってたっけ。……元気にしていれば良いんだけれど」


 ふと、頭の中にティアの太陽のような笑みが思い描かれる。


 別れてから今日で二日目か。言葉にすればたったそれだけだが、年を優に超える付き合いが急に離れてしまえば恋しくなってしまうのも仕方ない。


「いや、こんな黄昏ている場合じゃなかったな」


 こんなところを見られては、せっかく格好つけて出てきたというのに彼女を悲しくさせてしまう。


 それよりも五日後に顔を見せる際に、何とか良い成果の一つや二つはお土産として笑って報告できるくらいにならないとな。


 そのためにも今は、少しでも昔の剣の腕を取り戻せるよう鍛錬をしなければ。


 そう決意を新たにすると同時に――腹の中の鐘が情けない音を鳴らす。朝はたっぷりと食べたはずだが、もう体は次を求めている。


「……とりあえず、そろそろイカを炙り始めるかな」


 誰にも見られていないというのに急に恥ずかしくなりながら、俺は串に出来そうな枝を探しに近くの木々に目をやるのだった。


 頭の片隅に浮かぶ先日別れたばかりのティアは、苦笑を浮かべながらそんな俺を見ていた。


 ――しかし、この時ののんびりとしていた俺には思いつきもしなかったんだ。


 まさかこの後訪れる来客により、事態が急展開を迎えるなんて。



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