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第十九話 彼女の如何を問わず


 こちらの様子を窺いながら結論を出したカタリーナに、俺は問いかける。


「どうしてそうした方が良いと思ったんだ?」


「だってアタシ、その師匠って人と会ったことがないんだもの」


 彼女は答えを簡潔に言い切る。


「分かってるのか? そんなに時間はないんだぞ。それなのに本人と会って、じっくり話して決めるつもりか?」


「そんなには要らないわよ。今ここに居るアタシたちだって、一日も経たないうちに協力するってことを決められたんだから。それに、今アタシが信用してるアンタがその人のことを信頼してるってことは分かったわ。でも、一度くらいは顔を合わせておいた方が、その機会で判断しきれるかどうかは分からないけれど、少なくともこのままアンタの話をうのみにするよりは良いんじゃないかしら」


「……そうか、良い答えだな。昨日よりは成長してるみたいでなによりだ」


「うるさいわね。って、撫でるなぁっ!」


 思わず褒めようと頭に伸ばしたこちらの手が、ぴしっと払いのけられる。照れ隠しかね。


 顔を赤くしながら防御の姿勢を取る彼女の隙間をすり抜けてポンポンと撫でながらも、俺は少々申し訳ない気持ちだった。彼女は多分、「弟子になる」と言わなければ四人組のことを俺が手助けしないと考えているんだろう。


 ――だが、そもそも俺からしたら、今カタリーナが師匠の話を受け入れようが受け入れまいが、彼女の問題を片付けることは決定事項なんだ。


 ティアに怒られるからってのもあるが、それに加えてカタリーナが迷っている間に問題を片付けてしまえば、彼女が弟子になるかどうかを考える際の後顧の憂いが一つ消えるからな。むしろ、そのことを恩に感じれば弟子になる方に気持ちは傾くだろう。


 そんな俺の考えもつゆ知らず、変に年下として扱われることを拒むように話を逸らし、彼女はこれまでとは違う赤い顔で逆に本筋の四人組の問題の解決について聞いてきた。まったく、可愛い奴だ。


「それで、もしアタシが弟子になるとしてよっ? 問題解決って言ったって、どうするんのよっ?」


「ああ、そんなの決まってるだろ? あの地域での解決策って言ったら全員殺す以外になにがある」


 あっさりとそう答えた俺に、彼女は息をのむ。


 先ほどの褒める笑顔から一転して表情を真剣なものに変えた俺に、彼女も自然と緩んだ頬を引き締める。


「良いか、師匠と弟子の関係ってのは、曰く家族関係みたいなものなんだってさ。師匠は弟子に知識を捧げるためなら惜しむことはない。弟子同士でも同じさ。兄弟子にとって、妹弟子の不幸は自分の不幸みたいなもの。だから、いずれお前の体を使い潰すような無茶を押し付ける連中には、同じ無茶の結果を被ってもらうのが妥当だ。それに、そもそも生かしておく必要がない。なにせそいつらはお前のお母さんの何かしらの秘密を握ってるんだからな。生きていて、後で更に恨みつらみをぶっつけてきたら面倒だろう。違うか?」


 その説明に、彼女は不満そうに口を「へ」の字に曲げる。


「お前が気になってるのは、キレーなお姉さんのことだな?」


「……ええ。あの人だけは、私に優しくしてくれたの」


「だから殺すな、って言いたいのか。その人も奴らの一味だし、お前に無理を強いてる一員なんだぞ」


 分かっている、と言ったように彼女は俺の確認にコクリと頷く。


「昨日言ったみたいな良い人のふりをしてるだけ、って可能性もある。それでもか?」


「ええ。それでもアタシは、そう簡単にあの人の言葉を、ありがとうって言葉を嘘だなんて切り捨てられないの。それに、うまく言葉には出来ないけど、なんとなく……」


 彼女は視線を宙に彷徨わせ、何とか言葉を引っ張り出した。


「あの人だけは、単に追われてるってだけじゃないみたい。他の三人ともあまり喋らないし、むしろあのゴミたちとも距離を取ってるというか、お母さんとも……。周りの全部に怯えてるっていうか、誰も信用できてない、みたいな……」


「……だから、助けたいってのか? 自分みたいに」


「そこまでは言わないけれど、ただ……殺してしまうのは、アタシは間違っているかなって……」


「……ま、良いだろ。将来の妹の言う我儘だからな。だが、とりあえず残りの三人は確実に仕留める。良いな?」


「あ、そっちについてはどうでも良いわ」


 お姉さんのことについては真面目に語っていたかと思えば、残る三人に対してはあっさりとそう言い捨てるカタリーナ。「……そ、そうか」と、殺すといった張本人の俺も彼女の余りの豹変ぶりには口を濁らせるしかなかった。


「えっと、それじゃあ実行の計画だが。今の所決められるのは、四日後の朝ってことくらいだな。より細かい計画についてはお前に話を聞いた上で、改めて考える」


「四日後って、随分急じゃない。どうして?」


 首を傾げる彼女に、俺は指で天上を指示した。


「その前の日が、月が隠れる夜だからだ」


「えぇ、じゃあその日の方が良いんじゃないの? 暗い方が見えづらいし」


「そこらのチンピラ相手ならな。だが良いか。お前の話を振り返れば、そいつらは単に「食事を持ってこい」じゃなくて食えるものを手に入れて来いって言ったんだろ? でもそれくらいなら普通自分たちで回収してくりゃいいだろ。幾ら地の利がないって言っても、お前を使えば外への道くらいは分かるって普通なら考える。それに、貧民街の中にだって買い物できる場所くらいはある。割高だがな」


「……そう言えばそうね。風を使えることを知らなくても、普通道くらいは知ってるって思うわよね」


「ああ。それでもやらないってことは、他に奴ら自身があまり外に出れない事情があるんだ。つまり、他人の目に触れたくないんだろうな。特に、一人は筋肉達磨なんだろ? なおさら目立ちそうだ」


「そうね、加えて毛が一本もないハゲだもの」


「ぶっ……そうなのか。いや笑ってる場合じゃないな、ごほん。じゃ、なんでいきなり貧民街に現れた奴らが、姿を見られたくないんだと思う?」


「ここに居るって知られたくないからでしょ」


「そうだ。情報が洩れて欲しくないからだ。こっちの連中は隣人の情報でもはした金で売るからな。つまり追われてるんだよ。絶対捕まりたくない、外のどっかの誰かにな」


「なるほど、それで?」


 面白いように俺の推測を聞くカタリーナ。


「追われてるってんなら当然警戒するさ。新月なんてのは襲撃には最適の日だ。だがその次の日なら? 一番危ない日を抜けたら、誰しも気が抜けるもんだ」


「え、じゃあ、その日も警戒するって考えられるんじゃないの?」


「まあな。でも、そんなことを言ってたら奴らは結局毎日警戒しなきゃならない。そんなんじゃ疲れてどうしようもない。だからこそ、その辺りのメリハリはつけてるはずだ。交代制で見張りを立ててるとしても、少なくともその夜に起きていた一人くらいは寝不足になってるだろうな」


「へー。そんな事まで考えるんだ。それでそれで?」


 火の上から身を乗り出すほど、こちらの話に興味津々な様子だ。危ないから止めなさい。


「それ以外は情報が少なすぎるから、まだ決められない。とりあえず今日はこれから森の中を探索しながらその四人の情報を聞いて、足りないところがあったらまた明日確認してもらいたいところを教えておく。情報のない計画ってのは、机上の空論にもならないからな。――さ、大分話したな。そろそろ行くぞ。集める時間が無くなっちまう」


 そうなれば当然、彼女にとっても死活問題だ。


 用済みとなった火を消して、俺たちは森の奥へ足を踏み入れるのだった。



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