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第十三話 たとえ弟子の素質がなかろうと


 コツコツ、と机の上を指で叩く音が静まり返った居間の中に嫌に響き渡る。口にしていたのは呆れだが、その態度の中には僅かに俺に対する怒りも含まれているようだ。チラチラと俺の顔を見ては、目が合ったかと思えばそっぽを向いて、ついでに頬を膨らせている。


 ……まあ、それも仕方のないことかもしれないな。


 片や何年も師匠のことを放っておく素養のない馬鹿弟子。そしてようやく光輝く新たな弟子候補が見つかったかと思えば、その後ろには色んな厄介ごとが尾ヒレのように付いて回っていたのだから。


 せっかくの金の卵が手に入らないまま、その代わりにもならない弟子を抱えているのが今の現状だ。しかも優しい師匠がそんなことをわざわざ本人、すなわち俺に言えるはずもなく、静かに自身に胸の内でその葛藤を抑え込もうとしているのだろう。


 その気まずい空気がしばらく続き、ようやく師匠(エフェリー)は心を落ち着けたようだ。


 こちらを僅かに睨みつけて、依然として重苦しい雰囲気を漂わせたまま、彼女は改めてその小さく可憐な口を開く。


「……まあ、よろしい。貴方の話した通りならばまた明日にも会うのでしょう。その時に今の話をしておきなさい。私が新たな弟子としてその子を欲していると」


 やはり諦めきれないのか、彼女は俺に改めて疾風(カタリーナ)をこちら側へ勧誘するよう告げた。


 その気持ちはもちろん俺も分かるのだが……。


「え、でも彼女の抱えている事情からしてそれは難しいって言いましたよね? それを言った所で結局彼女が首を盾に振るとは思えませんけど」


「そうですね。なので、その事情とやらも含めてまるっと貴方が解決して連れてくるのです」


 続けられたその思わぬ言葉に、俺は「へ?」と間抜けな声を上げてしまう。


「私が直接出向いてその四人組とやらの口を封じても良いのですが、例の病気の研究が現在忙しいのです。せっかく特徴を掴みかけてきたところなので、この調子の内に進められるだけ進めたいですし。それに、師匠の手を煩わせないことも弟子の義務の一つと言うでしょう。今日ツクヨバナを持ってこなかったことと私に嘘をついたことに関しては、それらで不問にしましょう。よろしいですね?」


 実質選択肢が一つしかない確認を突きつけられる。もちろんそこに残された唯一の答えは「無理です(よろしくない)」であるはずもなく、俺は流れるままに「はい」と頷くしかないのだった。


「では、今日の所はこれで終わりですね。まだ何かありますか?」


「あ……は、はい!」


 そのまま席から立ち上がろうとした彼女を、俺は慌てて引き留めた。


 鬱陶しそうに片眉を吊り上げるエフェリーに、俺は先ほどの報酬をそっくりそのまま彼女の手に握らせる。


「これは?」


「実は、これでこちらの実験器具を貸していただきたいんです。ちょっと欲しい薬がありまして」


「別に構いませんが、一体何を?」


「ええっと、今欲しいのは傷薬と保湿用の塗薬ですね。どっちも俺の生活には欠かせないものですが、やっぱり市販のものよりは師匠の調合法の方が効果が高いですから」


 そう言うと、彼女は自身の薬が褒められてうれしいのか「ふふん」と鼻を鳴らしながら、一度俺の顔をじろじろと覗き込んできた。


「ふむ、なるほど。確かにあれほど顔を大切にしていた貴方にしては、僅かに肌が荒れていますね」


「いきなり飛び出してきたので、タレント家の屋敷からは持って来られませんでしたから。……とはいえ手持ちの素材では少し足りないものがあるので、それらと、増血剤が残ってたら一緒に買わせていただきたいんです。もちろん今ので足りない分も、財布の中からきっちり支払いますので」


「ええ、良いでしょう。きちんと後片付けをするのであれば貸し出すのもやぶさかではありません。配置は昔と変わっていませんので――」


 と、彼女は一度言葉を切った。


 やはり許してもらえないのだろうか、と諦めかけていると彼女は視線を右往左往させた後、何かを思いついたようにキリっと目尻を吊り上げた。


「――いえ、やはり駄目ですね」


「そうですか。そうですよね……」


 長年離れていれば、自身の大切な器具を貸しだすことなんてできるはずもないか。


 仕方ない、それらはいずれ他の店で買いつけて自身の部屋で調合するとしよう。こういった器具は薬屋ギルドの人間ならば元締めの所で安く買えるが、俺は当然その一員ではないのでお高い裏の店で買うしかない。


 金に大分余裕が出来るのはまだまだ先の話だし、それまでは冒険者ギルドで売り出している粗悪品――とは言っても希釈しただけで効能はある――を買うしかないようだ。


 とぼとぼと足取りを重くして外へ出ようと背を向けると、


「待つのです」


「ぐえっ」


 襟元に何かをひっかけて、師匠は俺を引き留めた。


 ゴホゴホと喉元を押さえながら振り返ると、師匠は何処からか取り出した鉤付きの長い棒を取り出していた。動物の内臓を抜く際に口にひっかけて吊るす道具だ。当然その先端は、固い甲殻も貫けるように鋭く尖っている。


 常日頃から道具を誤った方法で使用するなと耳にタコが出来るほど言っていたのに、なんて危ないものを向けてくるんだ。


 もっともそれは師匠も振るった後に気づいたらしく、小さくぺこりと頭を下げた。

 

「あ、これは失礼しました。……で、エフォード。貴方は何か勘違いをしているようですね」


「勘違いですか?」


「別に私は貴方に道具そのものを使わせないと言ったのではありません」


 彼女は座っていた椅子からぴょんと飛び降りて、奥の研究室へと続く扉を開ける。


「駄目なのは貴方一人で調合をさせることです。ええ、貴方があの貴族の女性の下に行ってから、相当の期間が開いていますからね。その間に大事なことを忘れていないかどうか、私自身確かめなければ気が済まないのですよ。舌はともかく、その腕はまだ試験を課していませんでしたし。故に今日は私と一緒に、二人で作業を行いましょう。一人ではなく二人で、実験室の中で。これは師匠としての命令です」


「あー、なるほど。……ですが、あの病気の研究が忙しいのでは?」


 先ほど言っていた、例のアソコが危険な病気は放っておいて良いのだろうか。


 そう確認するも、彼女は迷うことなく即座に「大丈夫です」と告げる。


「そちらよりも貴方の身の方が重要です。間違った配合の薬を使って体調が悪化すれば、そちらの方がよほど時間を取られますからね。看病に加えて正しい薬の再処方まで、それらに比べれば最初から貴方に付きっ切りの方が効率的でしょう」


「……師匠が看病してくださるんですか?」


 またもや思いもよらぬ言葉を口にした彼女に、俺は思わず再確認してしまう。


「それはもちろん。だって貴方は聖術の素養がないとはいえ、間違いなく私の大切な弟子一号なのですからね」


 何を変なことを、とでも言わんばかりに彼女ははっきりとそう言い切った。


「もし二号が出来たのなら、そちらの方に更に時間を取られて貴方に構う時間が減ってしまいますし、今の内に二人きりでやれることを済ませてしまわなければ――そう、時間は有限なのです。そうでもしなければむしろ妹弟子が出来たとエフォードもそっちを可愛がるでしょうし……」


「なんです? なんか最後ブツブツ言ってましたけど」


「いえ、なんでもありませんよ」


「本当ですか? なんか急に瞳が暗くなったと言いますか……」


「なんでもないと言ったでしょう。色々あって幻聴が聞こえるほど疲れているのではないですか? ハイヤドリギ茶でも淹れて「い、いえ、大丈夫です! なにも聞こえてなどいませんでしたっ!」……そうですか。元気なのならそれで良いでしょう。それでは行きましょうか。と、その前に」


 あの俺が昨日取ってきたハイヤドリギのお茶は飲めば元気になるのが、いかんせんクソ不味い。師匠は大好きらしいが、俺の舌はどうしても受け付けられないんだ。だから反射的に返事を叫んでしまった。


 そんな俺に残念そうな顔をしながら、師匠は先ほど俺が差し出した報酬の入った袋を再びこちらの手に握らせた。


「こちらは返しておきますね」


「え、どうしてですか?」


「何故と言われても……。師匠()が課した試験をこなすことに、弟子(貴方)からお金を取るわけがないでしょう? そちらはまた別の大切なことに使いなさい」


 そう言って彼女は、先ほど出てきた扉の奥へと再び消えていった。


 その背を見つめたまま、暫しの間俺はズシリとした袋の重みを感じながら動けないでいた。


 許すとは先日きちんと言われていたが、『大切な弟子』とまで称されると改めて彼女に認められていることを実感させられる。


 そのことへの感謝と、未だに残る罪悪感が入り混じって、なんとも言えない重い気持ちが胸の中に渦巻く。


「――何をしているのですか、早く来なさい」


 だが、それで彼女を待たせるわけにも行かない。ただでさえ五年も待たせたんだ。これ以上師匠の時間を無駄にさせるもんじゃない――弟子として認めてもらえているのなら、なおの事。


 この矛盾する気持ちの固まりはそんなすぐに解決するものでもない。いや、解決なんてしないのかもしれない。どちらが欠けてもならず、ずっとこの両方を抱えて生きていかなければならないのだろう。


 そう心の悩みを胸の奥に押し込めて、扉の向こう側からいつもの調子で声をかけてくる彼女の高慢ちきながらも愛らしいその姿に、俺は慌てて続くのだった。



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