第24話 まとまらない人達
◇
「川島君! 早く早く!」
屋台の並ぶ雑踏の前で、椎名は花と蝶の柄が特徴の浴衣を揺らして俺を呼んだ。
これだけ聞くと何か仲の良いカップルぽく聞こえるかもしれないが、相手は変人を代表したようなやつだ。
それに……。
「あっ、見て見て恭介君! たこ焼きだよ! たこ焼き!」
少し視線を外すと、どこか興奮した様子の九頭が桜の柄の浴衣の袖から覗く指で屋台の一つを指を差す。
その目はどこかキラキラしていて、何か俺に良からぬ事を要求する前触れのようでもあった。
だから俺は先手を打つ。
「言っとくけど、奢らないからな?」
「ぶーぶー」
先手を打つ俺に九頭は頬を膨らませる。
食い意地の張ったやつだ。
九頭は俺が奢らないことが分かると、椎名の方へと走っていってしまった。
俺はそれを見送って、別のところへ視線を移す。
「御島ちゃんは何か食べたいのある? 良かったら奢るよ?」
小林が御島に言い寄っていた。
早速昨日言っていたことを実行しているらしい。
「えっと、自分の分くらいは払うけど……お好み焼きが食べたいかな」
「お好み焼きな。買ってくるから待ってて」
そう言って屋台の並ぶ雑踏の中へと駆けていった。
その時、一瞬俺の方をちらりと見た気がしたが、きっと気のせいだろう。
「ちょっと! だから自分の分は自分で払うって!」
駆けていく小林を追いかけるように御島も雑踏の中へと踏み込んでいった。
早速集団行動が出来てないみたいだけど、良いんですかね。
「賑やかだね」
声のした方を振り向くと、ちょうど俺の隣に並んだ望月が椎名と九頭の方を眺めていた。
その横顔には少し憂いがあるように感じる。口元は僅かに微笑んでいるようだが、やはりどこか寂しげだ。だが今はそれが、牡丹柄の浴衣の落ち着いた色合いと合って、いつもの明るいイメージとは別の魅力があった。
俺はずっと見てるのもなんだと思い、視線を前に戻した。
「お前は参加しなくて良いのか?」
「あたしはちょっと、遠慮しておこうかな……」
微妙そうな顔で望月は笑う。
こうやってみると、メンバーの中では望月が一番まともな気がする。
そうして二人で立ち止まっていると、椎名と九頭がこちらに戻ってきた。
「二人とも、何やってるのさ!」
「早く屋台回ろーよ!」
二人は駆け寄るなり、俺と望月の手をそれぞれ引っ張った。
俺達は引っ張られながら互いに顔を見合わせて思わず笑う。
たまには、こうやって振り回されるのも悪くない……か。
「先輩。回るのは良いですけど、小林達はどうするんですか? お好み焼き探しに行っちゃいましたけど?」
「なら、あたし達もお好み焼きを探せば二人に会えるね!」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよなぁ……」
相変わらずずれた返しをしてくる椎名にため息をつく。
まあ、後で連絡すれば良いか。と、納得していると、椎名が急に立ち止まった。
「あ、金魚すくいだ!」
そう叫ぶと、俺の手を引っ張ったまま目的とは別の屋台へと向かった。
「ちょっと、お好み焼きは!? 金魚すくいに小林達は居ないですよ!」
「いいや居るね!」
自信満々に椎名は言うが、どう見てもそれらしき人物は見当たらない。
「何でそんなに自信満々なんですか……」
「だってミッシーの浴衣、金魚の柄だもん!」
「それはあんたが着せたものでしょ! 別に御島が好きってわけじゃ……」
「あ、出目金だよ! 黒くて可愛いなぁ!」
「よりにもよって出目金!?」
言われて見てみると、黒くて目が飛び出したような魚が金魚に混じってゆらゆらと泳いでいた。見た目はなかなかグロテスクだが、可愛いと言われてみれば可愛い……のか?
俺はやはり、どれだけ見てもグロテスクな出目金に首を捻る。
そしてもう一つ、分からないことがあった。
「……何で鯉が入ってるんですか……ポイじゃ釣れないでしょこれ」
「おじさーん。ポイ一つくださーい!」
「えっ、やるのこれ?」
止める間もなく椎名は既にポイを一つ受け取っていた。
本当に人の話を聞かない人だ。
「さぁて、大物狙うぞ……と、その前に肩慣らし。まずは鯉からだね!」
「それ本番! ラスボス級ですよ! 始まりの街で魔王を倒しちゃうようなもんですよ!」
「それは大丈夫だよ川島君! あたし、ゲームでは難易度エクストラハードとかナイトメアから始める人だから!」
「エクストラハードでもナイトメアでも、流石に序盤から魔王は出さないと思いますよ! ていうか、物語終わっちゃうじゃないですか!」
そんな会話を繰り広げていると、いつの間にか後ろに列が出来てきた。
屋台のおじさんも心なしか迷惑そうにしている。
「先輩、やるなら早くやってください。次待ってますから」
「わかったよ……。文句の多い川島君だ」
そう言って目の前に視線を戻すと、ポイを構える。
その瞬間、椎名の周りに異様な空気が流れるのを感じた。
そしてそれは金魚すくいのおじさんも同じなのか、カッと目を見開いている。
緊張が走り、周りの人達もゴクリと喉を鳴らした。
これだけ人を引き付けるのは、なかなかの才能なんじゃないだろうか。
「それじゃあ、行くよ。川島君!」
「はい、いつでも行って……」
「そりゃあ!」
言い終わる前に、椎名は掛け声と共にポイを水槽の中へと突っ込んだ。
「最後まで言わせてくれないなら、確認なんてとらないでください!」
俺は椎名のあんまりにもあんまりな行動にため息をつく。
せっかくの祭りだというのに、なんだかため息ばかりついている気がする。
そこでふと、椎名以外の二人がやけに静かなことに気づく。
俺は視線を水槽から周りへと移すと、やっぱりというかなんというか、九頭と望月の姿が見当たらなかった。
「しまった。あいつらともはぐれちまったか……」
俺はそう呟き、連絡を取ろうとスマホを取り出したときだった。
『おおおおおおおおお!』
周りが歓声を上げた。
その視線は皆俺の背後へと集まっており、俺も自然と後ろを振り返った。
「て……えっ、ええっ!?」
そこには、魚の尻尾を掴む椎名の姿があった。
その姿はさながら、漁師のおっさんのようだ。
金魚すくいのおじさんも目を真ん丸にして、目の前の光景を呆然と眺めていた。
無理もない。きっとおじさんは観賞用で鯉を入れたのだろう。本来ならポイで鯉を掬うなんて不可能だからだ。
だがそこはさすが椎名。この人にはきっと、物理法則が通用しないんだろう。
「川島君、鯉って食べれたよね?」
しばらく手の中の鯉を眺めたあと、椎名はそんなことを言い出した。
それと同時におじさんの肩が震え、泣きそうな顔で俺の方を見てくる。
こっち見んな。
「あんたはこれを食べるつもりですか?」
「他にどうするの?」
椎名はキョトンと首をかしげた。
あれ、俺別におかしなこと言ってなかったはずなのになぁ。
「いや、普通鯉とかって観賞用じゃないんですか? そもそも、鯉ってあんまり美味しくないって聞きますし……」
「そうなんだ……」
あからさまにがっかりする椎名は、それでも食べてみたいのかどこか恨めしそうに手元の鯉を眺める。
少しすると、決心したように「うん」と頷くと、俺にキラキラとした目を向けた。
「でも、食べてみないとわからないよね? あたし食べるよ!」
「ひぐっ……」
椎名がそう言った瞬間、おじさんが目元に涙を浮かべていた。
よっぽど大事な鯉のようだ。
「先輩。もうその辺にしてあげてください。おじさん涙目ですよ?」
「え?」
ほら、と指を差すと椎名も今気づいたのか、振り返る。
すると水槽に手をついて、おじさんは必死に頭を下げた。
「頼む……はなちゃんを……はなちゃんを返しておくれぇ……」
「はなちゃんて……名前ついてんのかよ……」
俺は金魚すくいのおじさんに若干引きつつ、適当に流すことにした。
「まあいいや。先輩返してあげてください」
「うーん……」
椎名は返そうか悩んでいるのか、何事かを唸るとそっと鯉を前へ差し出した。
「本当に大切な魚みたいだし……返すよおじさん。でも、もうこの中に離したりしないでね? 今度あたしが捕ったら、食べちゃうから」
そう言って鯉を金魚の入っている水槽の横にある、小さめの水槽に鯉を放すとにこりと笑った。
それに対しておじさんはありがとうと何度もお礼を言ってくれるのを背後に、俺達は金魚すくいの屋台から離れた。
「そういえば、明日香ちゃんとあかりんは?」
屋台から離れてすぐに、椎名はそう言ってキョロキョロと周りを見渡した。
「もうとっくにはぐれてますよ。今から皆と連絡とるんで、大人しく待っていてください」
「はーい」
椎名は間延びしたような返事をする。
本当に分かっているのかかなり怪しいが、俺はスマホを取り出す。すると、画面には沢山の不在着信履歴がずらりと並んでいた。
「やっぱりかかってきてるよなぁ……」
俺はそう呟き、履歴の一番上にあった望月に電話を掛けた。
『もしもし?』
電話は何コールもした後、ようやく繋がった。
向こうもきっと、俺たちを探しているのだろう。
「もしもし、望月か? 今誰といる?」
『えっと、ついさっきまであかりちゃんと一緒にいたんだけど、はぐれちゃって。今は一人』
「まったくあいつは……分かった、とりあえず俺達は合流しようか。最初の場所に来てくれ。俺も他のメンバーに連絡を取りながら向かうから」
『分かった。最初の場所で待ってるね』
望月がそう言ったのを確認すると、俺は電話を切って次の人物に電話を掛けようとしたところだった。
「あれ? 先輩?」
椎名の姿がなかったのだ。
やはりさっきの悪い予感は当たっていたようで、椎名は大人しく待っていることはせず、その場から姿を消していた。
「ああ、もう!」
俺は乱暴にスマホを操作しながら、屋台の並ぶ道から外れた人の少なめの道へと出ると、祭りの入り口へと向かった。
祭りはいきなりのトラブル続き。
やはり変人達と団体行動をするのは無理なようだ。
こんな調子で、本当に俺達の関係はハッキリできるのだろうか。
そんなことを、走りながらしみじみと思うのだった。




