第22話 上の空
◇
「……っしゃーせ」
次の日。
俺は寝不足の目を擦りながら、来客のベルを鳴らすギャルっぽい二人に怠そうに挨拶をした。
いつもなら下手な笑顔でハキハキと言うように心がけてはいるが、今日の俺にそんな余裕はない。
だが、そんな俺の心情など知る由もない二人は「なにこの店員?」と低評価。……と思いきや「超ウケんね」と二人してクスクスと笑っていたので意外にも高評価だったらしい。
俺は二人を席に着かせてお冷やを用意すると、いつもの定位置に戻り、深くため息をついた。
視界の端では、ギャル二人がこちらを見ているのが分かるが、俺は無視して昨日の事を思い出していた。
昨日小林と話して部屋に戻ってからは、ずっとモヤモヤとした気分だった。
そりゃあ、あんなこと言われたら考えるなって言う方が無理があるというもの。俺は寝る時間になってもちっとも眠くはならず、寝よう寝ようとすればするほど眠れない。
そうして目は閉じていても意識だけがずっと残ったまま朝を迎えた。おかげで今日は身体が全体的に気だるい。
こんな調子で本当に全てをはっきりさせることが出来るのか、かなり不安だ。
「すいませーん! 注文とりに来て欲しいんですけどぉ」
ボーッとしていると、妙に頭に響く声が俺の頭を多少覚醒させた。
俺は気だるい体にムチ打って、ギャル二人のもとへと駆け寄る。
「ご注文は何に?」
「えっとね……あたしはチョコレートケーキとね……えっとね」
何故か呼んでから注文をまた考え始めるギャルAに、俺は死んだ目で睨み付ける。
「えっとね……店員さんは飲み物何にした方がいいと思います?」
散々悩んだ挙げ句、何故か俺に聞いてきた。
何で俺に聞くんだよ。ギャルBに聞けよ、とはさすがに言えず、適当に答えることにした。
「はぁ……アイスコーヒーとか良いんじゃないですかね。チョコレートケーキと合うと思いますよ」
「じゃあそれでお願いしまーす! 唯はどうする?」
唯というのはきっとギャルBの名前だろう。
「あたしはチーズケーキとアイスコーヒーで」
唯という子はあらかじめ決めてあったのか、振られるとすぐに答えられた。ギャルAも見習ってほしい。
俺は注文内容をメモして、内容を確認しようとすると「ねぇ」とギャルAが話しかけてきた。
「店員さん大丈夫? すごい顔色悪いですよぉ?」
俺の態度が悪いと怒られるかと思ったが、かけられた言葉は意外にも心配の声だった。
ギャルA……ピアスと茶色に染めた髪からロクな人間じゃないだろうなと思っていたけど、案外良い奴なんだなとなかなか失礼なことを心の中で思う。
そして、そう思うと途端に今までの接客に罪悪感を感じた。
「店員さん? ホントに大丈夫?」
「悩みがあるんだったら聞くよ? 店員さん」
黙ってしまった俺の目の前でギャルBもとい唯が手を振り、ギャルAは心配そうな顔で俺の顔を覗き込む。
なんだよ……喫茶店の外にはこんなに優しい人たちがいるのかよ……ギャルだけど。
と、俺が目をうるうるさせているとギャルは若干引きぎみで、自分の発言を後悔している様子だったが、もう色々と遅い。
俺はギャルAの隣に腰掛けて、ギャルのお冷やを一気に飲み干す。
「あ……」
ギャルAは小さく声を漏らすと空になったコップを恨めしく見つめた。
だが俺はお冷やを入れ直すこともせず、話始めた。
「ちょっと聞いてくださいよギャルさん!」
「「誰がギャルだ!」」
二人は自覚がないのか、俺へのツッコミがハモる。
「実はですね、俺の周りが変なんですよ!」
「変なのはあんただと思うんだけど……」
「そうだよ! あたしのお冷や返して!」
気がつけばギャル達の目は先程のような優しい目付きではなく、怒りに満ちていた。
それを見て俺はようやく少し落ち着き。
「何を怒ってるのか分からないですが、うーん……まあいっか。それで話なんですけど……」
「流すな!」
「なんだよこの店員、目は死んでるし、人のお冷やは飲むし、マジ意味分かんないんだけど!」
「て、店長呼んで! あんたじゃ会話にならない!」
「店長は俺だけど?」
「「……は?」」
俺が胸に付けてるプレートをヒラヒラさせると、ギャル達は目を点にした。
そうしてしばらくすると、ギャル達は勢いよく立ち上がった。
「マジ意味わかんない! 帰ろ唯!」
何やら怒っているようだが、原因が全く分からない。何故だ?
俺はとりあえず落ち着いてもらおうと、立ち上がったギャルAの肩を掴んで無理矢理座らせる。
「まあまあ、お冷やでも飲んで落ち着こうぜ? な?」
俺はなだめるようにしてギャルBのお冷やをギャルAに渡す。
「ちょっと、それあたしのなんだけど!」
「君達、親友だろ?」
「「それ、あんたが言うことじゃない!」」
今度は同時に立ち上がったギャル達を指差して俺は口元を押さえながら笑いを堪えて。
「あ、またハモった。超ウケんね」
親近感を湧かせようと彼女達の口調を真似てみるが、彼女らは顔を真っ赤にしていた。何故だ?
「バ、バカにしてんのかぁ!」
「もう出るからどいて!」
反対側の席に座るギャルBの発言を皮切りに、ギャルAも俺の顔をバシバシ叩きながらテーブルから離れて出口に向かう。
俺はそれを呆然と眺め「謎だ?」と呟く。
「恭介君、何してるの?」
頭にはてなを浮かべていると、知っている声が聞こえた。
声のした方を向くとそこには、キョトンとした望月の姿があった。
「さっき不機嫌そうに二人出ていったけど……というか、何でテーブル席にいるの?」
「…………」
そこでようやく俺は我に返った。
今まで自分がやったことを思いだし、酷く後悔し、ものすごく恥ずかしかったと。
俺は望月と顔を合わせるのが辛くなっていき、そっと両手で顔を覆うと。
「俺はなにをしてんだぁぁぁぁぁぁぁぁ !」
くぐもった声でそう叫んだ。




