第21話 祭りに込められた想い
◇
そして午後九時。
いつもなら夕食をとっているはずのこの時間に俺達喫茶店メンバーは、人数のわりに小さなテーブルを囲んでいた。
何かを話し合うときは、こうして机を囲んでするのがこの喫茶店のルールらしい。よくわからないルールだ。
そして議題はもちろん、明日のことについてだろう。
椎名は皆が話を聞く体制になったのを確認すると、コホンと咳払いを一つした。
「えー、今日はこんな遅い時間にお集まりいただき、ありがとうございます!」
テレビのリモコンをマイク代わりに小指を立てる椎名は、イベントの主催者のようなことを言い出した。
おそらくツッコミを待っているのだろうが、俺は無視して話を聞くことにする。
「ここにいないメンバーも何人かいますが、お祭りも明日に控えてるということで、予定はあたしたちだけで固めていきたいと思います!」
俺が今の今まで明日の内容について聞かされていないのは言うまでもない。
他のメンバーは、表情を見る限りあらかじめ聞いていたようだ。
「いつもは強引にあたしが誘って、強引に連れて行っているわけですが!」
「それ主に被害者俺ですよね?」
「ですが! 今回は心を入れ換えて、ちゃんと予定を立てて、皆の納得できるような祭りにしたいと思っております!」
マイクを握る反対の手を胸に当てて、演技臭く喋る。
「だからあたしはちゃんと、皆さんの意見を取り入れて、文句ばかり言う人を黙らせようかと、そういう心意気でこの場を開かせていただきました!」
俺を見ながら『文句』の部分を強調する言葉には明らかに悪意がある。
というか俺かよ。
「……ツッコめばいいんですか? その喋り方にツッコめば俺へのヘイト値を下げてくれるんですか?」
俺がふてくされたように頬杖をつくと、小林がポンと俺の肩に手を乗せた。
「恭介……今回は文句は無しだ。お前も楽しみたいだろ?」
「お前まで何言ってんの? そんなに文句言ってないだろ!」
「はい川島君、文句一だよ!」
そう言って椎名はこちらに人差し指を突き付ける。
「い、いや、今のは文句じゃ……」
「川島君、文句はそのくらいにして椎名先輩の話を聞こ?」
「あんたら打ち合わせでもしてんのか!?」
いつの間にか敵に回る御島の発言に俺は思わず声を張り上げる。
すると椎名はまたこちらに人差し指を突き付けた。
「はい文句二だよ!」
「今のは違うだろ! 再審を要求します!」
「どうします? 御島裁判長?」
小林は顎に手をやりながら、小物っぽい事を言い出した。
「判決、有罪。小林君、彼を処刑台へ」
「イエス、マム!」
「再審どころか実刑下しちゃったよ! つか、文句言っただけで死刑ってどんなだよ!」
「川島君! これ以上罪を重ねないで! もう文句三だよ!」
「順調にポイント稼いできますね? それはもういいんで、早く話進めてください!」
俺が場を収拾するためそう促すと、三人は残念そうな顔をする。
「……じゃあ話進めよっか」
「嫌々かよ!」
口を尖らせて言う椎名にツッコミを入れると、ようやく話が進行した。
「えっと明日は夜の七時にはここに集合するつもりでいるんだけど、それで皆は大丈夫?」
俺達は顔を見合わしてコクリと頷いた。
明日は早めに店を閉める必要がありそうだ。
「じゃあ次は服装なんだけど……浴衣の方がいい?」
「はい! 浴衣がいいです!」
言うや否や、小林は身を乗り出さんばかりの勢いで手を挙げた。
「何でお前が反応してんだよ……。男の浴衣なんて地味で大したもんでもないだろ?」
そう言うと小林は「はぁぁぁ……」と盛大にため息をついて首を横に振った。
「……お前はなにも分かってねぇ! 着るのは俺達じゃあねぇ……女子達の方だ!」
「尚更おかしいだろ? 何でお前が反応するんだよ?」
言わんとしてることは分かるが、同類だと思われたくないのでとぼけて見せる。
「おまっ、祭りに女子ときたら……浴衣だろ?」
「ごめん。意味わかんない」
「ふん……まあいいさ。実際にお前も見れば理解できるはずさ……。この世の心理ってやつを……」
「椎名先輩。小林君は放っておいて次の議題に移りましょう」
「そだねー」
御島の提案に椎名は適当な感じで返事をして、次へと移行した。
小林はというと、御島にゴミを見るような目を向けられたのがショックだったのか、壁の隅っこで膝を抱え始めてしまった。
メンタルの弱いやつだ。
「次は花火を見る場所についてなんだけど……どこか良い場所知ってる人いない? 皆で見たいから、場所を決めておきたいんだけど」
そう言われて俺は御島の方へと視線を向けると、御島は首を横に振った。
次にこの手のことについて一番知ってそうな小林に視線を向けるも、今だに膝を抱え込んでしまっている。
「先輩、これダメです」
「みたいだね。うーん……場所については明日あたしが探しとくよ」
「分かりました。一応俺も小林が回復したら聞いときますよ」
「うん。よろしくね!」
そうして、この喫茶店のメンバーにしては比較的スムーズに話は進行していき、俺は一抹の不安を抱かずにはいられなかった。
だが、そんな俺の心情は他所に、椎名と御島は部屋へと戻っていき、俺も自分の部屋に戻ろうと立ち上がった。
「恭介、ちょっといいか?」
立ち上がったところで、いつの間にか復活していた小林に呼び止められた。
俺は眉をひそめて聞き返す。
「なんだよ?」
そう言って振り返ると、妙に真剣な顔をした小林がこちらを見つめていた。
それを見て俺は、もう一度その場に腰を下ろして聞く態勢をとる。
「恭介は……その、なんだ」
小林にしては珍しく歯切れ悪い。
いつもなら言いにくいことでもハッキリと言うのにどうしたのだろうか。
首をかしげていると、ようやく決意が固まったのか口を開いた。
「御島のことは、どう思ってるんだ?」
「……は?」
一瞬だが、俺の中の時が止まった。
どう思ってるかとはつまり、異性としてどう思ってるかとか、そういう話なのだろうが、いつも女と遊んでる小林にそんなことを聞かれるとは思わなかった。
これはなんて答えるべきなのだろうか……。
「やっぱ好きなのか?」
なかなか返事を返さない俺に、心配になったのか恐る恐るといった様子で聞いてきた。
俺は慌てて首を振って。
「あ、ああいや、えー」
俺が御島を好きかどうか?
そんなこと、考えたこともなかった。というか、疑われる余地がない気もする。
初めて会ったときは本で殴られそうになり……まあ後日殴られたわけだが……。
そのあともよく話すような間柄というわけでもなく、疑われる余地がない。それなのに何で小林はこんなことを聞くのだろうか?
俺は思ったことをそのまま伝える。
「良い友達だとは思ってる……でも、そういう風には考えたことはない」
「そっか……」
小林はどこか安心したように顔を綻ばせた。
その表情を見た瞬間、小林が御島に対して特別な感情を抱いている事を知ったのと同時に、椎名のことが脳裏に浮かんだ。
だから咄嗟に、聞いてしまった。
「でもお前、先輩はどうすんだよ? 先輩はお前の事を……」
言いながら俺は小林の表情を見て、思わず口をつぐんだ。
何故ならその表情には今まで見たこともないような、軽蔑と嫌悪の入り混じった表情で俺を睨み付けていたからだ。
俺は、俺が口出ししちゃいけないことを言ったと思った。
「お前……それ本気で言ってんのか?」
だが、小林の発言は俺の想像とは違うものだった。
酷く声の低いトーンで言う小林に俺は少し気圧されながらもなんとか聞き返す。
「どういう、意味だよ?」
だって椎名はあの日、小林の事が好きだって自覚したから告白しに行ったんじゃないのか?
彼女はそう言っていたじゃないか。
「意味がわからない……お前は先輩に告白されたんじゃないのか? なのに本当は別の人が好きだって言うのか?」
もし本当に別の人が好きだったのなら、何であの日椎名は、わざわざ俺に相談しに来て嘘をつく必要があった?
それじゃあ俺が相談に乗る意味がない。それに本来ならその嘘も、すぐにばれる嘘だ。
たまたま俺が変な気を遣って小林に聞かなかったからバレずに済んだものの、そんな場を乱すようなリスクを負ってまでやることとは思えない。
俺は一体、何を見落としてる?
必死に椎名が相談に来た日の事を思い出そうとするが、もう二ヶ月前のこと。なかなか思い出すことができない。
そうしていると、小林は深くため息をついた。
「……俺は告白なんかされてない」
「え?」
小林の言葉に思わず顔を上げた。
すると小林は俺から視線を外して、思い出すようにして口を開いた。
「俺はむしろな、相談を受けていた方だ。それも去年からずっとな」
「去年から? でも先輩は、お前と話すようになったのは最近だって……」
「そんなこと言っていたのか……まあ、急に俺に対してよそよそしくなったから何かあったんだろうなとは思っていたが……」
どうやら、この喫茶店では俺の知らないところで色々と会ったらしい。
だが少し意外だ。
気になった事があったら直球で聞いてきそうな椎名が、こうして色んな悩みを抱えている。
あんなに笑っていた椎名が実は、ずっと前から不安定な状態だと気づかなかった。
「椎名先輩はああ見えて繊細でな……ま、それに気が付いたら結構分かりやすい人だったよ」
「じゃあお前は、先輩の本心がどこにあるのか知ってるのか?」
「知ってるよ? でもそれは俺から言うことじゃないよな?」
外していた視線をこちらに戻して、小林は言った。
「椎名先輩はお前に本当のことを言わなかったんだろ? ならそれは、先輩なりに何か理由があったってことだ」
そう言った小林は、いつものチャラチャラした態度からは考えられないほど真剣だった。
「だからな恭介――」
そこで言葉を区切ると、小林は立ち上がった。
「明日の祭りで、全部はっきりさせようぜ?」
その小林の発言は、俺との決別を示したような気がした。
だからだろうか、居間を出ようとした小林を止めようと俺は手を伸ばす。だが、伸ばした手は虚しく空を切り、ドアはバタンと閉まった。
追いかければすぐに追い付く。だけど、何故か足が動かなかった。
俺は力が抜けたように、膝立ちになっていた態勢を崩した。
そして明日の祭りのことを考える。
俺はきっと何も知らない。
自分のことすらわからないんだ。そんな状態で他人のことを理解できるはずがない。
そして、それをほったらかした結果がこれだ。
望月と俺の記憶。
小林の御島に対する思い。
椎名の思い。
そして明日の祭りに込められた様々な思い。
それを、俺は何一つとして汲み取ることができていない。
だから良い機会なのかもしれない。
もし明日全部はっきりするのなら、俺がどうしたいのかわかる。
ようやく進むんだ。
俺の止まっていた時間が。




